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トヨタ、アウディ、ポルシェの対決は単なるスピード勝負ではない。新時代のル・マン24時間レース!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ル・マン24時間レース 【写真:FIA WEC】

中嶋一貴の素晴らしいドライビングで「トヨタレーシング」7号車がポールポジションを獲得した第82回ル・マン24時間レース。いよいよ決勝レースのスタートが日本時間6月14日22時(現地時間15時)に迫ってきた。WEC開幕からの好調ぶりをキープするトヨタ。予選で見せた速さは日本のファンの期待を大いに膨らませるものだった。

PPを獲得したトヨタレーシング7号車 【写真:FIA WEC】
PPを獲得したトヨタレーシング7号車 【写真:FIA WEC】

しかし、今年のル・マンは大幅なルールの変更が実施され、予選やテストでの一発の速さだけでは優勝チームを推し量ることができない。新レギュレーション(規定)をもとに、アウディ、トヨタ、そして新参のポルシェが最高峰「LMP1-H」クラスにエントリーし、24時間を戦う。面白いことに3メーカー共に異なるアプローチで作られたマシンの中で、総合優勝を飾るのはどのメーカーだろうか?

新ル・マンは燃料消費量30%削減を目指す戦い

今年、ル・マン24時間レースを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)は同レースにおけるレーシングカーの燃料消費量をこれまでの30%削減するコンセプトを掲げている。新規定もそれに基づいたものになっており、最高峰LMP1-Hクラスでは燃料消費量の削減をテーマに様々な変更が加えられた。

LMP1、LMP2のスタート 【写真:FIA WEC】
LMP1、LMP2のスタート 【写真:FIA WEC】

LMPとはル・マン・プロトタイプの略称。LMP1とLMP2があり、LMP1は総合優勝を狙う最高峰の規定に基づいたプロトタイプカークラスだ。その中で「LMP1-H」クラスはトヨタ、アウディ、ポルシェが参戦する自動車メーカーに向けた参戦枠で、H=ハイブリッド車での参戦を義務づけている。そして、プライベーター枠として「LMP1-L」クラスがある。

LMP1クラスは車両規定が大幅に変更され、これまで屋根のないオープンタイプも参戦できたが、今年からキャノピー付きのクローズドタイプ(クーペ)のみとなった。安全性を考慮してドライバーのコクピット周りの規定を厳しく定め、視覚を広げ視認性を高めたほか、クラッシュ時の安全性を高めた規定になっている。また車幅が100mm縮小され、タイヤもフロントタイヤが約5cm幅が狭くなった。

さらにLMP1-HクラスはERS(エネルギー回生システム)を搭載することが義務づけられハイブリッド車に。ERS+エンジンのパワーユニットは自由度が高く、今年参戦した3メーカーはそれぞれに異なるパワーユニットの車両を投入してきたことが大きなポイントだ。

3メーカー異なるパワーユニット方式

トヨタTS040ハイブリッド 【写真:FIA WEC】
トヨタTS040ハイブリッド 【写真:FIA WEC】

まず、「トヨタTS040ハイブリッド」は3.7L・V8自然吸気エンジンを搭載し、ブレーキングの運動エネルギーを回生するMGU(モータージェネレーターユニット)を前後に配置し、4輪のブレーキから得られるエネルギーを使うハイブリッドマシン。前後に搭載されたスーパーキャパシタのシステムによって4輪に伝わるモーターの力とエンジンを合わせた最大出力は1000馬力と言われる。

ポルシェ919ハイブリッド 【写真:FIA WEC】
ポルシェ919ハイブリッド 【写真:FIA WEC】

次に新参の「ポルシェ919ハイブリッド」は排気量が僅か2Lと小さいV型4気筒エンジンにシングルターボを搭載し、排気から得られる熱エネルギーを回収するシステムを持つ事が特徴。さらにブレーキングの運動エネルギーを回収するシステムをフロントに搭載し、水冷式リチウムイオンバッテリーに貯めた熱エネルギーと運動エネルギーを利用する。独自のアプローチで開発する複雑なシステムだが、その核となるのはポルシェにとって初のV4ターボエンジンで、ダウンサイジング化による低重心を実現することだ。

アウディR18 e-tronクワトロ 【写真:FIA WEC】
アウディR18 e-tronクワトロ 【写真:FIA WEC】

そして、王者の「アウディR18 e-tronクワトロ」は先の2社と違い、ディーゼルエンジンを採用する。V型6気筒ディーゼルターボエンジンの排気量は昨年までの3.7Lから4Lに変更され、フロントのブレーキングで回生された運動エネルギーがウィリアムズ製の電動フライホイールエネルギーシステムに蓄積され、逆のルートを辿りフロントを駆動させる。ターボだがポルシェと違い、熱エネルギーの回生システムは採用されなかった。

難しい話になったが、3メーカー共にアプローチがエンジンにしろ、回生システムにしろ、エネルギーの貯蔵方法にしろ、全く異なっている点が今年のル・マン24時間レースの総合優勝をかけた最大のポイントだ。もちろん、パワーユニットだけに限らず、燃焼消費削減のために最低重量も引き下げられ、燃料タンクも小さくなった中で、車体の空力面、ドライバビリティ、効率的なエネルギー消費などを全て合わせて、これが最適な形とそれぞれに考えた3種類のマシンが戦うのだ。マシン製作の競争としてはもはやF1を凌駕する、とんでもない戦いがル・マンで展開されるということである。

燃料消費削減の肝、燃料流量コントロール

「燃料消費量を30%削減」というテーマは昨年までと同じ24時間レースというフォーマットを戦う中で、参加するメーカーに非常に高いハードルを突きつけていると言える。単純にマシン製作に対するアプローチを自由にしただけでは、マシンによって大きな差が生まれてしまうかもしれないし、性能調整をしなければ面白いレースでなくなってしまう。そんな中で、燃料消費量の削減というテーマ、目標に基づき、LMP1のマシンに搭載されるのが「燃料流量計」だ。

ル・マンはさらに厳しい燃費との戦いに 【写真:FIA WEC】
ル・マンはさらに厳しい燃費との戦いに 【写真:FIA WEC】

それぞれのマシンには燃料流入量がハイブリッドによるエネルギー放出レベルによって規定される。昨年は3.5MJ(メガジュール)のエネルギーをハイブリッドシステムで使用できたが、今年はトヨタとポルシェが6MJ、アウディが2MJのエネルギー放出を登録した。MJの値が大きいと燃料流入量の規制が厳しくなるが、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンではこの規定が異なり、ディーゼルを採用するアウディは2MJと少ないながらもさらに厳しい燃料流入量を求められる。アウディのリリースによれば、ガソリンエンジンよりも距離100kmあたり6.16Lも少ない燃料で走行しなければならない計算となるそうだ。

この燃料流量計が算出したデータはテレメトリーシステムによってレースの競技本部となるコントロールタワーで監視される。この流入量は3周ごとに計算され、その平均値が規定の流入量を超えてしまった場合、ストップ&ゴーペナルティのお仕置きを食らうという何とも厳しい規則が設けられる(当然、大きなロスとなる)。つまりは「燃料消費量の削減」というテーマを無視して燃料を好きなだけ消費して猛追することを許さないのだ。すなわち、それぞれの哲学をもとに作られたハイブリッドシステムを効率よく使って24時間先のゴールを目指さなければならない。

全てにおいて効率と総合力が求められる戦い

30%少ない燃料で競争し、24時間先のゴールを目指す。実に厳しい課題だ。しかし、ここに今年のル・マンの最大の面白さがある。エネルギーのマネージメントだけでなく、戦略面やレースの流れを読む事、そして何より大事な信頼性も問われる戦いだ。

「ル・マン24時間レース」のサルトサーキットは1周約13.6kmの長いコースであり、WEC(世界耐久選手権)のサーキットの中ではダントツに速い超高速サーキット。制限される燃料で速く走る効率の良さが求められる。そこに必要なのはチームの技術だけではない、ドライバーの燃費消費を考えたドライビングの工夫も大いに必要になってくる。

そして、24時間の戦いの場面では激しいバトルになることもあるし、その中で周回遅れとなるLMP2のマシン、さらに速度域の低いGTクラスのマシンをいかにうまくかわして行くかも重要なポイントだ。クラス違いのマシンをパッシングする際のリスクは常につきまとい、彼らと絡むアクシデントは絶対に避けなければならない。なおかつ効率の良いドライビングも求められるわけだから、ドライバーは大変だ。

ピット戦略は耐久レースの要 【写真:FIA WEC】
ピット戦略は耐久レースの要 【写真:FIA WEC】

それだけではない。アクシデント発生時にはセーフティーカーが導入され、レースが度々、中立状態になる。その後のレース展開の判断力、チームクルーたちの仕事ぶりは大きくレースの行方を左右する。チームの指揮系統がしっかりしていなくてはならないし、眠る暇もないメカニック達の集中力も必要。総合力、経験など様々な要素が絡み合い、レースが動いて行く。

もちろん、24時間走り切るための信頼性は何より大事な事は言うまでもない。しかし、新規定化のル・マンにそれぞれのアプローチで挑む3メーカーの中でどれが正解なのかは今の時点では全く分からない。これまでのノウハウでレースに挑み、淡々と走り続ける事になるLMP1-Lクラスのプライベーター「レベリオンレーシング」の2台にも表彰台に立つチャンスは巡ってくるかもしれない。

写真:FIA WEC
写真:FIA WEC

これでもか!という程に多くの課題をメーカーに突きつける今年のル・マン24時間レース。速さで今季のWECを席巻するトヨタか、16年のブランクを野心的な新技術で埋めようとする耐久王ポルシェか、これまでにない低燃費のディーゼルハイブリッドと勝利への鉄則で突き進むアウディか?日本時間の15日(日曜日)22時、笑っているのは果たしてどこだろう?

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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