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醜い?カッコイイ!? 若い世代にも見てもらいたいアバンギャルドなF1マシンたち

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ウィリアムズFW07D-Ford 【写真:LAT/Williams F1】

2014年・F1世界選手権で最初の走行チャンスとなる公式テストがスペインのヘレスサーキットで始まった。既に前回の記事「マクラーレンの新車MP4-29のノーズデザインにファンの衝撃走る!」で紹介した「マクラーレン」などいくつかのチームがニューマシンのルックスを公開し、ファンの間で話題となっていたが、ヘレステストの現場でもニューマシンが初公開されてファンにさらなる衝撃を与えている。

可夢偉も乗る、ケータハムの新車CT05 【写真:Catherham F1】
可夢偉も乗る、ケータハムの新車CT05 【写真:Catherham F1】

「アリクイノーズ」「エイリアンノーズ」などと呼ばれる今年のマシン独特のノーズ形状。これは先の記事にも書いた通り、2014年のF1車両規定の変更によるものだ。

現代のF1マシンは「空気力学(空力とも略される)」の技術進歩が目覚ましい。F1チームは「風洞」と呼ばれる風を当てて空力データを算出する実験施設を稼働させ、実車の大きさに近いモデルカーを使用してデータを収集している。F1に参戦するチームは「コンストラクター(マシン製造社)」として、それぞれのオリジナルのマシンを作ることを義務づけられているため、それぞれのノウハウやアプローチでデータを解析して、マシンをデザインしなければならない。風洞実験でコンピューターが弾き出した良い結果と規定を照らし合わせながらマシンをデザインしたら、結果として特異な形状のノーズを持った、実にアバンギャルドなデザインのマシンが誕生したというわけだ。

「アバンギャルド」という外来語の意味をすんなり理解できるのは40歳以上の人たちだと思う。日本ではもはや死語の横文字となっており、若い世代には伝わらないかもしれない。日本語に訳すと「前衛芸術」となるわけだが、要は既成概念にとらわれない新しいものという意味だ。今年のF1マシンのルックスに違和感を覚える人も多いと思うが、F1の60年以上の歴史を振り返ってみると、時代ごとにアバンギャルドなマシンが数多く存在する。今回はその一部をご紹介しよう。

マニアックなコンテンツだが、若い世代にもF1ファンではない人にも楽しんで頂きたく、細かい説明は割愛させて頂く。

1950年代 初期のF1は葉巻形

1950年に始まった「F1世界選手権」。もちろんそれ以前からフォーミュラカーによるレースは存在したが、正式な世界選手権としてヨーロッパを中心に始まったのが1950年のことだ。この当時から参戦を続けているのが「フェラーリ」。まずは基本形としてその時代のマシンをご覧頂こう。

1950年代の「フェラーリ」のマシン 手前は246F1(58年)、奥は166F2
1950年代の「フェラーリ」のマシン 手前は246F1(58年)、奥は166F2
ランチア・フェラーリD50
ランチア・フェラーリD50

この時代のフォーミュラカーはエンジンがドライバーの前にあるのが特徴。エンジンがドライバーの後ろに配置され、ミッドシップとなったのは50年代終盤から60年代初頭にかけてだ。ずんぐりした形から、空力を考えて徐々に流線型のフォルムが研ぎすまされていった。前方にラジエーターを配置したこの時代のマシンは「葉巻形フォーミュラカー」と呼ばれている。

この時代のちょっと変わったマシンが「ランチア D50」。両サイドのタイヤとタイヤの間にボディとは別のものが張り出して付けられているが、実はこの中身は燃料タンク。燃料が消費された時の重量バランスを考えたアイディア設計だ。このマシンは「ランチア」から「フェラーリ」に後に譲渡され5勝をあげている。

こんなF1もあった!メルセデスの特異なF1マシン

フロントエンジン、葉巻形フォーミュラカーが全盛の1950年代。実はこんなマシンもF1を戦っていた。現在はF1に復帰している「メルセデス」のワークスチームが54年〜55年に使用した名車「W 196」。通常は葉巻形のフォーミュラカーだが、高速サーキットに限っては「ストリームライナー」と呼ばれるタイヤを覆うスポーツカーのようなボディを使用したのだ。全くF1らしく無いが、この当時はタイヤは剥き出しである必要はなく、「ストリームライナー」は高速サーキットで圧倒的な速さを見せた。

左2台がメルセデスW196 【写真:Daimler】
左2台がメルセデスW196 【写真:Daimler】

紅茶を運ぶF1マシン?

時代が飛んで、1960年代後半になるとコーナリング時の安定性を求めて、下向きにマシンを押さえつける力(ダウンフォース)を得るためにマシンの前後に翼(ウイング)を装着するマシンが登場しはじめる。このトレンドに乗り、ウイングなどの空力負荷物の装着が当たり前の時代となる。ウイングを装着したF1マシンは、飛行機の翼とは逆の効果を得てコーナリング時の安定性が著しく向上し、スピードをドンドンと高めて行った。極端に高い所にウイングを装着するマシンも登場するが、加熱する「空力戦争」の中で思わず笑ってしまうルックスのマシンも登場した。

マーチ711
マーチ711

1971年に「マーチ」が走らせた「マーチ711」はF1史上最も醜いマシンのひとつとされる奇抜なルックスをもつ。ノーズの上に配置されたウイングはまるで紅茶を運ぶティートレー。本当に笑ってしまうデザインだが、このウイングは航空機エンジニアだったフランク・コスティンが航空機のデザインノウハウをF1マシンに活かしたもの。「スピットファイア」という戦闘機の翼のデザインに似ている事から海外では「スピットファイアウイング」とも呼ばれている。「マーチ」が翌年には大幅にボディのデザインを変えたことから、どこまでこの奇想天外なウイングから効果を得たのかは分からないが、このマシンでロニー・ピーターソンがシリーズランキング2位に輝いたことは事実だ。

タイヤが6つの6輪F1マシン

タイトル画像で思わず記事をクリックした方、お待たせしました。F1の歴史の中で最も奇怪なマシン、6輪のF1は1970年代後半に登場する。1976年、77年と「ティレル」が採用した前輪4つ、後輪2つの合計6輪としたマシンは往年のファンには思い出深いものだ。しかし、まだ20代のF1ファンや最近F1を好きになった人に見せると、必ず驚かれるのが6輪車だ。

ティレルP34。6輪F1マシンは76年、77年のF1を走った。
ティレルP34。6輪F1マシンは76年、77年のF1を走った。

6輪F1マシンがなぜ登場したのか?それはタイヤの大きさにひとつの理由がある。大きなフロントタイヤを小さなタイヤ4つにすることで、マシン前面の面積が少なくなり、空気抵抗を減らすことを考えたのだ。当時、F1マシンのタイヤは4つでなければならないという規則はなかったが、常識としてF1では4輪車が当たり前だった。誰も思いつかなかった発想で規則の抜け目を見つけて作ったマシンは初年度の1976年に優勝を飾っている。

ウィリアムズFW07D 【写真:LAT/Williams F1】
ウィリアムズFW07D 【写真:LAT/Williams F1】

ティレルP34は77年をもって姿を消し、その後、6輪F1は姿を消したが、F1のタイヤは4輪という規定が明記され6輪車が禁止になったのはずいぶん後のこと。トップ画像にも載せている後輪が4輪になった6輪車は「ウィリアムズ」が1982年シーズンに向けて作ったテスト車両。

当時はグラウンドエフェクトカー(ウイングカー/ベンチュリーカーとも呼ぶ)が全盛の時代。グラウンドエフェクトカーとはボディの底を後方に反らす構造を持ち、マシンの底の空気の流れを利用し、ボディ下面を翼(ウイング)のような形にし、強烈なダウンフォースをマシン全体で得るもの。後輪4輪+前輪2輪の「ウィリアムズFW07D」は空気抵抗の軽減を狙っただけでなく、底が反った部分を延長することでさらに強大なダウンフォースを得ようとした。しかし、1983年には4輪車と規定され、グラウンドエフェクトカーも禁止されたので、デビューすることはなかった。非常に珍しいマシンだ。

1970年代から80年代はマシンの後方に巨大なファンを装着した「ブラバムBT46」や、ツインシャシーと呼ばれる構造で強烈なダウンフォース獲得を狙った「ロータス88」など、技術者たちがアイディアを頭の中から絞り出した面白いマシンが多数登場した時代だった。

革命的なハイノーズとウイング

ティレル019。ドライバーは中嶋悟。
ティレル019。ドライバーは中嶋悟。

1980年代後半になると、風洞実験による合理的なマシンのデザイン手法が取り入れられ、テレメトリーと呼ばれるマシンとピット間のデータ通信が登場し、いよいよF1はコンピューターに頼る時代になっていく。そんな中、1990年に登場した「ティレル019」は昨今のF1マシンの主流である「ハイノーズ」を採用したマシン。

マシンの底に空気を流すためにノーズを高くする構造で、翌年以降はこのアイディアを多くのチームが取り入れるようになり、今では当たり前の考え方になった。人間の頭が産んだ最後のアイディアマシンかもしれない。この「ティレル019」はまさにF1ブームのまっただ中に中嶋悟とジャン・アレジが乗ったことでもF1ブーム期のファンに人気が高い。昨年の鈴鹿サーキットファン感謝デーではデモンストレーション走行も披露している。非力なフォードV8エンジンでアレジが表彰台、中嶋がポイント獲得を果たした。

セイウチノーズのウィリアムズFW26 【写真:Williams F1】
セイウチノーズのウィリアムズFW26 【写真:Williams F1】

1990年代以降は良いアイディアを採用したマシンが好成績を残すと、それに他のチームが追随し、翌年以降は似たり寄ったりのマシンばかりになるパターンが続いている。かつては下位チームも技術者のアイディア次第でトップチームを食うことができるかもしれないという機運があったが、コンピューターでのデータ解析技術が進み、F1マシン製作に関わる従業員の数が何倍にも膨れ上がった現状では、なかなか奇想天外なマシンで下克上を狙うというのも難しい。ここ最近で最も特徴的だったのは「ウィリアムズ」が2004年のFW26で採用した「セイウチノーズ」。しかし、成績はそれほど向上せず、このデザインはこの年限りで姿を消している。

「マシンに特徴が無い(実際にはそういうわけでもないのだが)」「どのマシンも同じに見える」とオールドファンが嘆く時代が長く続いたが、今年はマシンに個性があって面白い。これだけチームによって個性豊かなマシンが出そろったのは久しぶりのこと。実際にはこのフロントノーズの形状の違いよりも、マシン後方の細かい空力アイディアが勝負の分かれ目となるのだが、普段F1を見ない人には特徴があって面白いと感じるのではないだろうか。コンピューターを多用した空力デザインの時代に、(ターボ新規定も含めた)大きな規則変更でアプローチが分かれ、奇想天外?奇抜な?デザインがいろいろ登場したのは良い事ではないか。それを含めて楽しもう。速いマシンはじきに格好良く見えるようになるはずだ!!(といっても、フロントのデザインは何とかして欲しいけどね)

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モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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