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『表彰台の真ん中でうれし泣きがしたい!』 W杯シーズンに意気込む新鋭・原田海[クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
昨年のボルダーW杯重慶で5位となった原田海(c)Eddie Fowke/IFSC

 ボルダリング・ワールドカップ(以下W杯ボルダリング)の2018年シーズンが、4月13日(金)・14日(土)のスイス・マイリンゲン大会で幕を開ける。

 今シーズンは各国が2年後の東京五輪に向けて本格的な強化に乗り出すのに加え、9月にはスポーツクライミング界最大のイベント『世界選手権』が控えるため、W杯は例年以上にハイレベルでの争いになることが予想される。

 その開幕戦のスイス大会と第2戦ロシア大会に、日本からは男子12選手・女子9選手が出場する。世界屈指のボルダリング大国となった日本勢にあって、成長著しい19歳の原田海(はらだ・かい)に意気込みを訊いた――――。

2018年はボルダリング・ジャパンカップ4位、The North Face CUP優勝と、進化を続ける19歳

 原田は今季最初の国内公式戦となった2月の『ボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)2018』で、自身4度目の出場で初めて準決勝の壁を破って6名で争う決勝戦に進出して4位になった。翌月の3月には日本最大規模のイベント・コンペ『The North Face Cup 2018』で、楢崎智亜や昨年のBWC年間王者チョン・ジョンウォン(韓国)などを抑えて初優勝を飾った。

 ボルダリングで国内トップに躍り出て、リードやスピードでも結果を出したことで4月からは第2期五輪強化選手に選出された。飛ぶ鳥を落とす勢いの原田は、弱点の改善に取り組んだ手応えをつかんで国際大会シーズンの幕開けを迎える。

「去年は初めてW杯ボルダリングの全戦に出場して自分に足りない部分がいっぱい見つかって。メンタル、フィジカルの両面でもっと成長しないといけないなと感じたんです。それでシーズンオフは、その部分の強化に力を入れて取り組んできました」

4度目の出場で初めて決勝に進んだBJC2018。優勝した藤井快、2位の村井隆一、3位の楢崎智亜に次ぐ4位となった (c)アフロ/日本山岳スポーツクライミング協会
4度目の出場で初めて決勝に進んだBJC2018。優勝した藤井快、2位の村井隆一、3位の楢崎智亜に次ぐ4位となった (c)アフロ/日本山岳スポーツクライミング協会

 昨季の原田は日本代表選考会の『BJC2017』で10位になって、W杯ボルダリングにフル参戦。開幕戦は29位で予選落ちしたが、第2戦で初めて決勝に駒を進めて5位。しかし、その後は準決勝の壁を一度も超えられないままシーズンを終えた。

「去年の開幕前はやる気満々で調子が良くて2戦目で決勝に残れたけど、その後はケガしたこともあってシニアの大会で戦う難しさを痛感しました。W杯ボルダリングの課題は、国内大会やユース大会での強度と全然違いました。予選はなんとかなっても、準決勝では対応できなくて。もっとフィジカルを強化しないと国際大会では通用しないと感じたんです」

頂点に立つために。独学で試行錯誤しながら弱点を克服

 昨夏にW杯ボルダリング・シーズンを戦い終えた原田は、9月はオーストリア・インスブルックで開催された『世界ユース選手権2017』に出場した。同じカテゴリーで出場した緒方良行(原田より1学年上)がリードとボルダリングで優勝し、コンバインドで2位。リード、ボルダリングともに2位だった楢崎明智(原田より1学年下)がコンバインドで優勝した。一方で、原田はボルダリング11位、リード13位、コンバインド5位と目立った結果は残せなかった。

「もともと世界ユースは出たくなくて。その直前まであったW杯ボルダリングで精神的にすごく疲れていたし、フィジカル面の課題がいっぱい見つかったのに、それを改善しないまま次の大会に臨むのがイヤで。でも、欠場はできなくて、試合前から決勝進出は難しいと思っていたんですけど、やっぱり目の前で緒方くんと明智が活躍したのを見たら悔しかったですね。ただ、いま振り返ると、去年の世界ユースはいい経験になったと思っています」

 ようやくシーズンを終えた原田は、W杯ボルダリングで気づいた自身の課題改善に着手する。11月からの2ヶ月間は国立スポーツ科学センター(JISS)に週3回通ってフィジカルを重点的に鍛えた。

「ベンチプレスを上げるようなトレーニングではなく、全身の最大筋力をバランスよく鍛えることに重点を置いてやっていました。全身を上手く使えれば偏ったパワーは要らないので。あの2ヶ月間は登るよりも筋トレの時間の方が多かったくらい。年が明けてからも週1回はJISSに通っているんですけど、パワーの出力の仕方がわかってきた感じですね」

他者を気にせずに自分のパフォーマンスを発揮する

 今年2月のBJC初日の予選後に原田を取材すると、準決勝進出が決まったに過ぎないのに、まるで決勝進出が決まったかのような強気なコメントが続いた。この時点で原田のBJC過去最高順位は前年の10位。国際大会でも原田よりも実績を残す選手たちが、決勝進出枠の6人以上も残っていた。しかし、原田は強がっているでも、自らを奮い立たせようとしているでもなく、自信が溢れ出ているように感じられた。

「あの時は絶対に決勝に行けるっていう感覚だったんですよね。実際に決勝に進めて、初めてBJCの決勝で登っていた時も全然緊張しなくて、ただただ登っているのが楽しかったんです」

 昨年のW杯ボルダリングは「全試合で予選から緊張していたけど、今年は試合でまったく緊張しなくなった」という原田は、そのきっかけになった人物として体操の内村航平選手の名を挙げる。

「フィジカルを鍛えたことで登りの調子が良くなって、それが気持ちの変化に繋がったのもあると思うんです。でも、それ以上に内村航平さんの影響がありますね。

 ボクは去年までは他の選手がやっているウォーミングアップを真似ていて。でも、自分の意志じゃないから中途半端になって調子を落として、結果が出ないからメンタルが崩れるという悪循環にハマってしまった。

 シーズンオフにどうしたらいいかと考えていた時に、アスリートで一番尊敬している内村さんの動画を見たんです。そうしたら、クライミングは対人競技ではないから、他人に影響されるのって無駄だなって気づいたんです。

 そこからは他人に勝ちたいっていう気持ちよりも、自分のパフォーマンスを最大限発揮することにだけ意識が向くようになって。それで緊張はしなくなりました。

 ただ、ぼくは影響されやすいタイプなので最近は封印しています。取り入れ過ぎちゃうと、またブレそうな気がするし、やっぱり自分自身で考えた方がいいと思ったので。これからも壁に当たったら失敗もあると思うんですけど、いろいろ試しながら成長していきたいですね」

 自己を内観するようになったのは、生活環境の変化が大きかったと原田は語る。

「去年は大阪から上京して一人暮らしをして大学生活が始まり、その上で初めてW杯ボルダリングの全試合に出て。それまでは大会当日でも母親に叩き起こされるまで寝ていたのに、自分ひとりで何でもやらなくてはいけなくなった。

 1年目だったから変化に対応しきれなかったけど、いまは一年間やってきた経験があるし、その中でいろいろと考えるようになった。大人になった感じですかね(笑)」

W杯ボルダリングに出るために「金曜は授業を入れず、月〜木の4日間に詰め込んで」と語る原田。海外遠征前は欠席する授業の先生の元を訪れて断りを入れるが、「好きなことのためなので苦労じゃないですね」と笑う (c)Ichiro Tsugane
W杯ボルダリングに出るために「金曜は授業を入れず、月〜木の4日間に詰め込んで」と語る原田。海外遠征前は欠席する授業の先生の元を訪れて断りを入れるが、「好きなことのためなので苦労じゃないですね」と笑う (c)Ichiro Tsugane

W杯の魅力を隅々まで満喫したい

 スイス・マイリンゲン大会で開幕するW杯ボルダリングは、翌週4月21日(土)・22日(日)に第2戦ロシア大会が行われる。その後、中国で5月5日(土)・6日(日)の第3戦、5月12日(土)・13日(日)の第4戦と2試合があり、第5戦が6月2日(土)・3日(日)に東京・八王子(チケット発売中)で開催される。

 原田は今シーズンのW杯ボルダリングでの目標を次のように掲げる。

「今シーズンの一番の目標は世界選手権なので、W杯ボルダリングは「やってやる!」というよりは、単純に楽しみたいと思っています。

 去年はW杯に出場することで一杯いっぱいだったので、今年は試合の雰囲気や課題、自分の登りといった部分だけではなく、クライミング以外の滞在中の食事や海外選手との交流とかも楽しみたい。

 そのうえで、去年は中国での大会で決勝に1回残りましたけど、ヨーロッパラウンドでの決勝は他の大会よりも難しいので、決勝に進めれば自信に繋がるので狙っています」

 スイス大会、ロシア大会と8月中旬にある最終戦のドイツ・ミュンヘン大会は、他大会に比べて出場選手数が増加する。開幕戦のスイス大会の男子は26ヵ国110選手がエントリーし、前年年間王者のチョン・ジョンウォン(韓国)やアレクセイ・ルブツォフ(ロシア)といったトップクライマーも名を連ねる。なにより決勝進出の最大のライバルは日本代表のチームメイトだ。

「確かにそうですけど、ほかの選手のことは気にせずに自分のパフォーマンスに集中すれば決勝には行けると思っているし、自信はあります。自分が楽しむためにトレーニングを一生懸命やってきたので」

初めて母親が観戦に訪れる八王子大会へ

 原田は小学5年生で家の近所にあったジムでクライミングと出会い、高校1年から本格的にスポーツクライミングの競技会に出場するようになった。高校2年時の2015年には『世界ユース選手権アルコ大会』のボルダリング・ユースAで2位(優勝は緒方良行)になり、同年9月のベルギー大会でリードW杯にデビュー(38位)した。

「母はこれまで一度もボクの試合を観に来たことがないんですよ。「好きなことは頑張りなさい」って放任なのがよかったんですけど、高2のときに「世界ユースに出場が決まったよ」と伝えたら、「そんなレベルにいるの!?」と驚くほど、ボクのクライミングのことは無頓着で。その母を今年6月のW杯ボルダリング八王子大会に「観に来ない?」って誘ったんですよ。そうしたら「行くわ」と言ってくれて。だから、八王子大会だけは絶対に欠場はできないんですよ」

 原田が語気を強める理由は、昨年の苦い思い出があるからだ。昨年はW杯ボルダリングに全戦エントリーしながらも、八王子大会はウォーミングアップ中の捻挫が原因で欠場。悔しさを味わっただけに今年は6月の八王子大会でのリベンジを期している。

「初日、二日目と観客席から観ていた悔しさをぶつけます。絶対に決勝に行きます。大会に出ていて一番楽しいって思えるのは優勝なので、できれば優勝したいですね。表彰台の真ん中に立ったら、泣いちゃうでしょうね。ぼくは映画を観ても泣くほど涙もろいし、うれし泣きを1回はしてみたい。絶対にいい気分になれると思うんで」

 W杯での活躍を目標にして成長を遂げてきた原田が、今季の国際大会で数多く快進撃を見せてくれるはずだ。

原田 海(はらだ・かい)

1999年3月10日生まれ、大阪府岸和田市出身/169cm・58kg/小学5年でクライミングを始める。中学時代はローカルコンペに出場経験はあるものの、スポーツクライミングの競技大会の存在を知ったのは高校1年の時。現在は神奈川大2年。

スイス大会&ロシア大会の出場する日本代表

[男子]

楢崎智亜、藤井 快、原田 海、緒方良行、土肥圭太、渡部桂太、杉本 怜、石松大晟、村井隆一、藤脇祐二、高田知尭、渡邉海人

[女子]

野口啓代、伊藤ふたば、野中生萌、小武芽生、尾上彩、中村真緒、倉 菜々子、菊池咲希、金子桃華

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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