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あのコカ・コーラのCMに出演する前髪パッツンの少女・白石阿島が、ついに世界最高峰の舞台にデビュー。

津金壱郎フリーランスライター&編集者
世界ユース選手権2016の白石阿。Photo:IFSC/Eddie Fowke

クライミング界が注目するふたりの天才が初激突! 16歳の白石阿島が女王ヤーニャの牙城に挑む

新世紀ベビーがスポーツの常識を打ち破る!?

 いつの時代も稀代の才能が、その世界のレベルを大きく引き上げていく。

 将棋界には史上5人目の中学生棋士になった藤井聡太が現れ、公式戦デビューから29連勝という棋界の新記録を打ち立てた。

 中学生棋士の先人である加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明といった棋士たちはその後、棋界最高峰のタイトルである名人位や竜王位につき、ライバルたちと切磋琢磨しながら棋界のレベルを飛躍的に高めてきた。藤井四段もまたそうした存在になっていくのだろう。

 天才の出現によってレベルが大きく高まるのは世の常だが、それがクライミング界にはふたりもいる。

 ひとりがスロベニアの18歳ヤーニャ・ガンブレットだ。スポーツクライミングの申し子として早くから注目され、昨季からシニア大会にレギュラー参戦するや、期待に違わぬ活躍で瞬く間に女王の座まで登りつめた。

 ふたり目はまだシニア大会にデビューしていないにもかかわらず、「女王とどちらが強いのか」と世界中が真剣にシミュレートする存在。

 それが白石阿島だ

 彼女は徳島県出身の父と福島県出身の母の間に、2001年4月3日にニューヨークで誕生した。ちなみに、この2ヶ月後の6月4日にバルセロナのカンテラ育ちで日本サッカー界の希望の星・久保建英が生まれている。

 6歳のときにセントラルパークでクライミングに出会い、10代前半から世界中の岩場でのフリークライミングで、リードとボルダリングの高難度課題を次々と登ってきた。その活動が認められ、2015年にはアメリカ・タイム誌の『最も影響力のあるティーン30人』に、ノーベル平和賞を受賞したパキスタン出身のマララ・ユスフザイさんらとともに選ばれた。

 現在もニューヨークで暮らす白石阿島には、アメリカと日本の国籍選択の権利があり、「東京五輪を目指して日本国籍を」と望む声もある。だが、彼女が敬愛してやまないコム・デ・ギャルソンのオーナーデザイナーの川久保玲氏のように、既存の価値観にとらわれない決断を白石阿島が下す可能性は大いにある。

 名前を聞いてもピンと来ないという方は、この7月から北島康介氏と一緒にコカ・コーラのCMに出演している前髪パッツンが印象的な少女と言えばわかるだろうか。

シニア大会デビュー戦で優勝争いが期待される理由

 その白石阿島が年齢制限のない国際大会、ワールドカップに初参戦する。世界が待ち望んだデビュー戦は8月25日・26日にイタリアで行われるリード・ワールドカップ・アルコ大会。

 初出場ながら優勝争いを期待されているが、そもそも岩場でのフリークライミングと、そこから派生したスポーツクライミング競技では似て非なるものだ。

 岩場では自分のペースで課題と対峙できるが、スポーツクライミングではルールのなかで課題に適応しなければならない。

 では、白石阿島の場合はどうか。

 2015年、2016年とIFSCユース世界選手権の年代別カテゴリーにアメリカ代表として出場し、リード種目とボルダリング種目でダブル優勝。

 岩場で磨いた登攀能力だけではなく、スポーツクライミングという競技への対応力の高さも発揮した。

 しかも、ライバルのレベルにバラつきのあるユース大会にあって、2016年のリード種目はブルック・ラバトゥ(2位・アメリカ)やローラ・ロゴラ(3位・イタリア)、学年はひとつ下になる伊藤ふたば(9位)といった高いレベルの選手が揃うなかで、決勝課題を白石阿島だけが完登して実力の違いを見せつけた。

 結果もさることながら、その内容が秀逸であったことことから、世界中がすぐにでも年齢制限のないシニア大会で優勝争いに加われると期待し、女王ヤーニャとの対決を待ち望んできたのだ。

世界ユース選手権2016 YouthB 1:04:00頃から白石阿島が登場

リード・ワールドカップの楽しみ方

 白石阿島の参戦で注目される女子リードWCは、現在スポーツクライミング競技で最も手に汗握る勝負が繰り広げられている激アツな種目だ。

 リード種目について簡単に説明すると、高さ12m以上の人工壁に設定された課題を1度のトライで、制限時間6分以内に最も高く登った選手が優勝となる。

・スタートはどのホールドからでもOK

・登りながらロープを確保支点のクイックドローにクリップ

・最上部のTOPホールドではなく、最上部にある最終クイックドローにロープをクリップしたら完登

 ロープを通す確保支点は2mほどの間隔で上部まで設置されているが、最終クイックドローとその手前との間だけは4mほどの距離がある。落下距離の大きさは観ているだけで身がすくむが、アルコ大会にも出場する日本代表男子のホープ・波田悠貴でさえ、「終了点でクリップできずに落ちるとめちゃめちゃ怖いですよ。あれに慣れることは一生ない」と苦笑いするほどだ。

女王の連勝を止める存在になれるか

 7月から始まった今シーズンのリードWCはすでに3戦が終わり、ヤーニャが圧倒的な存在感を発揮している。

 今季のボルダリングWCでも年間3勝をあげた彼女の主戦場こそがリードWC。2015年に16歳でリードWCに初参戦して2位になり、レギュラー参戦1年目の昨年は年間女王に登りつめた。

 今年5月に彼女に取材した際、「ボルダーは課題のバリエーションを楽しんでいるだけ。私が勝負を意識するのはリードWCだけよ」と語った言葉通り、今シーズンはリードWCの開幕から比類なき登攀力と抜群の勝負勘を発揮して無傷の3連勝をマークしている。

 その若き女王が圧勝しているだけなら、これほど女子リード種目が盛り上がったりはしない。ベルギーの21歳アナク・ヴァーホーヴェンと、韓国の元女王キム・ジャイン(28歳)という強力なライバルと、高次元での一手二手の争いが凄まじいのだ。

 前腕が張りはじめてからもゴリゴリと押していける持久力を持つアナク、力感のないムーブで常に同じリズムを刻むキム。両選手とも優勝しておかしくないパフォーマンスを見せているが、それでも表彰台の中央にはヤーニャが立ち続けている。

 そうした熾烈な争いをしている3強のなかに、白石阿島はデビュー戦で割って入れるのか大いに注目される。そして、アルコ大会以降も、ふたりの天才が女子スポーツクライミングの競技力をどこまで引き上げるのか目は離せない。

《3強+白石阿島の身長》

153cm キム・ジャイン

155cm 白石阿島

163cm アナク・ヴァーホーヴェン

164cm ヤーニャ・ガンブレット

リードWCアルコ大会 準決勝

リードWCアルコ大会 決勝

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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