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NvidiaによるArmの買収の背景にあるもの

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 9月13日の日曜日に、NvidiaがArmを400億ドル(約4兆2000億ドル)で買収するというニュースが半導体業界を駆け巡った。孫正義氏は錬金術師になってしまったのか、と思うと同時に、先月からソフトバンク(SB)グループがArmを手放すというニュースや噂が報じられていたことが事実だったことが確認できた。8月2日に、Armビジネスが理解できていればArmを1ユーザーに売却することは大きな損失になる、ことを伝えた(参考資料1)。

 Armがこれほどまで急速に成長してこられた最大の理由は、1000社に上るエコシステムを構築してきたからだ。Armが持つRISC CPUのファームウエアやミドルウエアを書いてくれるソフトウエアハウスが数百社にも上る。Arm発展形態は完全水平分業になっているからで、餅は餅屋のことわざにあるようにソフト開発が得意な企業、周辺ハードウエアが得意な企業、製造が得意なファウンドリ企業、EDAツールベンダーなど、さまざまな業種のプレイヤーたちの協力関係ができていた。Armはユーザーごとにソフトを開発する必要はなく、CPUの開発に専念できた。

 ArmはCPUコアを使ってくれる半導体メーカーにライセンス提供すると同時にライセンス料をいただき、量産できるようになったらロイヤルティ料金ももらうという2本の収益モデルが主体のビジネスだった。顧客には、ファブレスも、IDM(設計から製造まで垂直統合の半導体メーカー)もたくさんいた。それがNvidiaという一つの顧客の傘下に入るのだ。これまでどの半導体メーカーにもライセンス提供ができるというビジネスモデルが崩れてしまう恐れがある。

 Nvidiaは、Arm買収に当たり、Armのオープンライセンスモデルと中立性を維持したうえで、Armのライセンスポートフォリオを拡充する、と一言だけ述べている(参考資料2)。Armが持っているGPUコアのMaliはおそらくNvidiaのGPUに取って代わるだろう。

 今回の買収劇のそもそもの発端は、参考資料1で述べているように、ソフトバンクグループが株式の一部を持つSVF(ソフトバンクビジョンファンド)が投資に失敗したことにある。SVFは、さまざまなスタートアップやAIに関係する企業に投資する組織であるが、特に顕著だったのは、WeWorkという貸しオフィス業のスタートアップに1兆円もの投資を行ったことにある。スタートアップは、投資されたお金は社員の給料などに目に見えて減っていくが、WeWorkのキャッシュはこれまでのスタートアップと比べあまりにも急速に減少したため、銀行やファンドは躊躇していた。しかし孫正義氏はそれにもめげず更なる投資を行い、とうとうSBグループは2019年度(2020年3月期)に1兆3646億円もの営業赤字を計上した(図1)。通信業を営んでいるソフトバンクの9233億円の黒字を食いつぶして一気に大赤字に陥った。

図1 2020年3月期に1兆円を超す大赤字に 出典:ソフトバンクグループ
図1 2020年3月期に1兆円を超す大赤字に 出典:ソフトバンクグループ

 その四半期後の2020年4~6月期には1兆2557億円の黒字に回復させたが、これはSprint・Tモバイルの株式交換益とTモバイルの売却益などによるものが大きい。要は、企業買収しながら投資に失敗すると、これまで大事に育ててきたはずの事業を売却し、キャッシュを確保するというファンドの錬金術を行っているだけにすぎない。しかも、損益は、投資額と現在の時価総額との差で表現しているだけである。時価総額が多ければ利益、投資額の方が多ければ損失、として表現している。

 孫正義会長は、1年前はAI革命を標榜し、これまでのITから飛躍しAIがさまざまな産業に影響を及ぼしていくと述べており、AIのスタートアップや企業には積極的に投資していく、と語っていた。投資先はUberやGrab、DiDiなどをはじめ100社近くにも渡る。Brain Corpや10X GenomicsなどAI関係やバイオ関係のスタートアップはいるが、WeWorkのようなAIと直接関係のないスタートアップも多い。

 孫会長がArmをNvidiaに売却したのは、実はSVFがNvidiaの株式も持っているからだ。ただし10%以下に抑えていると述べている。ArmをNvidiaに売却してもArmを組み入れたNvidiaをSBグループが抑えていることになる。自分のグループの中で所属を移動させているだけにすぎないと見える。

 また最近、Armとソフトバンクグループの関係はややギクシャクしていた。今年の6月に、「Arm ChinaのCEOが利益相反の開示を怠り、従業員規定に違反するなど、深刻な不適切行為」をしているとして、Arm本社がCEOの解任を発表したが、中国側が反発し通常業務を行っている、との声明を出したことがあった。実は、Armが設立したArm Chinaの株式をSBグループが中国側に51%売却していたのである。この結果、Arm Chinaの主導権は中国側に移り、ArmはArm Chinaをもはやコントロールできなくなっていた。図1のArm China一時益1763億円がそれである。

 もう一つ、SVFが投資先に選んでいた企業は、中国が圧倒的に多い。孫氏はチャイナリスクを過小評価していた節がある。だから安易にArmの株式を中国側に売却し、Arm Chinaの経営権を中国側に51%という形で渡したのであろう。

 ではNvidiaがArmを手に入れたかった理由は何か。日本のスーパーコンピュータ「富岳」は、富士通がArmのIPコアを集積した半導体SoC(システムオンチップ)を設計し、性能と消費電力の点で世界の頂点に立った。IntelやAMDのチップではなく、ArmのスケーラブルなCPUコアを多数集積したチップを大量に並列処理することで最高性能が得られることを富岳が示した。もちろんベクトル演算ならCPUよりも性能が高いGPUをNvidiaは使える。これまで以上のスーパーコンピュータをNvidiaは開発できる実力を持てるのである。

 しかもNvidiaはGPUでAIの学習を可能にし、推論もできるといったAI技術のトップを行く。GPUの力を最大限に発揮するのには、そのコントローラというべきCPUが必要である。ArmのCPUがNvidiaのGPUを制御して、スパコンだけではなくAI技術をさらに高めていくことがNvidiaの狙いだ。しかもArmのCPUコアの特長は低消費電力である。

 Nvidiaは昨年Mellanox社を買収している。これはGPUを大量に並列演算するためにもはやバス方式では使えなくなっており、スイッチ方式の配線アーキテクチャを導入しなければならなかったが、Mellanoxはスイッチ方式のエキスパートだからである。この買収により、Nvidiaは、GPUを大量に並列接続しても性能が飽和しないようになる。つまりスパコンのような大規模なシステムを設計できるようになるのだ。富岳が1位を取ったスパコンランキングで2位と3位に入ったシステムは、IBMのPowerプロセッサとNvidiaのGPU、Mellanoxのスイッチ技術を使っている。Mellanox買収で大規模システムをNvidiaは手に入れた。

図2 Nvidiaのジェイスン・ファンCEO 筆者撮影
図2 Nvidiaのジェイスン・ファンCEO 筆者撮影

 NvidiaはArmを手に入れることによって、英国のケンブリッジにAI研究所を設立することを表明している。Armの拠点がケンブリッジにあるからだ。開校800年の歴史を持つケンブリッジ大学は、万有引力の発見だけではなく微分積分を生み出したアイザック・ニュートンや、種の起源でキリスト教との対立にもめげず進化論を発表したチャールズ・ダーウインの出身校である。メモリとALU(算術演算器)を利用する汎用コンピュータの概念を創出したアラン・チューリングもケンブリッジ大学に一時いた。Nvidiaのジェイスン・ファンCEO(図2)はケンブリッジが画期的な発見や発明を生み出すことをよく知っており、ケンブリッジにNvidiaの研究センターを設立することに意欲を示している。

 2019年におけるArmの売上額はたかだか2000億円にすぎないが、Nvidiaの売上額は109億1800万ドル(約1兆1460億円)もある。仮にArmのビジネスが中立性を失い、今のような売り上げが多少落ちたとしても、ArmのCPUとNvidiaのGPUのコンビにより、AIビジネスの発展から将来、さらに大きな売り上げを見込めるはずだ。NvidiaはAIビジネスをクラウドからフォグやエッジまでに展開することを目論んでいる。そのためにはArmの低消費電力技術が欲しいのである。AIの製品ポートフォリオを拡大していくための研究所がケンブリッジに設立する狙いだと私は見ている。

参考資料

1. Armビジネスを理解していない企業がArm売却をもくろむ(2020/8/2)

2. NVIDIA to Acquire Arm for $40 Billion, Creating World’s Premier Computing Company for the Age of AI(2020/9/13)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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