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ルネサスがグローバル企業に変身中

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 ルネサスが大きく変わってきた。グローバル企業へと変身を遂げようとしており、その一端を、8月6日に開催したアナリスト向け最新戦略(Strategy Update)ウェビナーで見ることができた。これまでは、大企業同士の合併による典型的な後ろ向きのリストラ効果しかない合弁企業だった。加えて、会社の屋台骨を揺るがすような無謀な投資で米国企業の買収を行って、借金地獄から抜け出せない危険な状況にはまってしまったかに見えた。それが、災い転じて福と為す、というべきか、人間万事塞翁が馬、というべきか、米国企業の手法を戦略の中心に据えるようになってきたのだ。成長を続けるシリコンバレーの半導体企業と同じ手法を使うようになりつつある。

 ルネサスエレクトロニクスの意識が日本企業からうまく脱皮し、グローバルな考え方を導入するようになった。最も顕著なことは、成長するITをうまく取り込み、自社の製品ポートフォリオに合わせていこうとしている点だ。今やITの成長分野であるIoT、AI、5Gをテクノロジーの核に、クルマやロボットなどの具体的な製品に落とし込むのである。あれっ?5Gのような通信技術は捨てたはずではなかったか。

 かつて、ルネサスは、LTEのベースバンドモデム技術をNokiaと共に開発するR&Dのファブレス半導体会社、「ルネサスモバイル」を設立したものの、製品化に至る前に解散を強いられた、という苦い経験があった。経営者のしっかりしない方針で生まれた会社だから、残念ながら振り回された、という感じだった。ファブレス半導体企業は少なくとも2~3年は売上が立たない。このことすら、経営者は気が付いていなかったのだ。

 ルネサスには通信技術がないのになぜ5Gを狙うのか。ルネサスは、マイコンを主体に一部のアナログやセンサインターフェイスなどのICを持っているが、買収したIntersilの持つ電源用IC(パワーマネジメントIC)などを、5Gの基地局に潜り込ませるのである。しかも5Gのエッジ基地局は無線通信技術そのものであるため、化合物半導体を捨てたルネサスは弱いが、5Gの基地局作りが大きく変わり始めたことをよく認識している。つまり、基地局の仮想化とO-RAN(Open Radio Access Network)インターフェイス技術がチャンスになることを知っている。基地局の作り方がデータセンターと同じ仮想化システムで、ソフトウエア定義のネットワーク(SDN)やデータセンターに変わろうとしているのだ。

 図1 5Gエッジ基地局はどこにでも設置できる 写真のEricssonの製品、筆者撮影 写真は本文とは関係ありません
図1 5Gエッジ基地局はどこにでも設置できる 写真のEricssonの製品、筆者撮影 写真は本文とは関係ありません

 しかも、エッジ基地局とコア基地局との間のインターフェイスがO-RANでオープン化され、世界共通のシステムになろうとしているのである。この市場にいち早く参入しようとしていることが、インフラ・産業・IoT担当のSailesh Chittipeddi氏のプレゼン内容から読み取ることができた。

 コア基地局がデータセンターのように仮想化し始めたことは、旧IDTが得意なタイミングデバイスやメモリインターフェイス、Rapid I/Oインターフェイス、Intersilの電源ICなどを活かすことができ、システムの制御をルネサスのマイコンで行う、という基地局ソリューションを提供できるようになる。もちろん演算用のチップはIntelやArmのSoCになるだろうが、メモリがDDR5に移ろうしていることで高速メモリインターフェイスの需要に向けたICや新しいPMICも提供できる。

 これまでの専用基地局では、日本勢は海外のEricssonやNokiaには全く歯が立たなかったが、ハードウエアを汎用にし、ソフトウエアでカスタマイズする汎用基地局に変わろうとしている今、世界標準に沿ってICを提供できるようになる。ルネサスにとってこのチャンスは逃さない、というChittipeddi氏のメッセージが伝わってきた。

 ルネサスのもう一つの主力となる車載分野でもインドと中国の大手OEMの受注を今年の上半期に勝ち取っている。これに関しても米国企業を買収した効果がある。筆者は5~6年ほど前、インドから来た組み込みシステム業者を取材したことがある。彼らはルネサスのマイコンを使っていたが、どうやって入手したのかを聞いてみるとルネサスヨーロッパ経由だという。この事実を日本のルネサスは誰一人、知らなかった。インド市場へは日本から全くリーチできなかったのだ。米国企業を買収してグローバル化が進むにつれ、いつの間にかインド市場のクルマOEMから受注できるようになった。その経緯を聞くことができなかったが、ルネサスは結果として、直接インドと中国の大手OEMから受注できるように変身していたのである。

 車載分野でも、IDTのリソースを活かそうという動きも見られた。車内でのスマートフォンやタブレットのワイヤレス充電だ。IDTはワイヤレス充電規格「Qi」に準じたバッテリマネジメントICを持っているが、これを自動車グレードに仕様をアップグレードすればよい。ここにもIntersilのPMIC、さらにはルネサスの制御マイコンと共にソリューション提供できる。

 新型コロナ時代になって、人工呼吸器のトップメーカーであるアイルランドのMedtronicが人工呼吸器仕様を世界に公開して、真っ先にルネサスが人工呼吸器用の電子回路ボードを試作し、その半導体ソリューションを提供した。この回路ボードにはルネサスのマイコンに加え、IntersilのPMIC、IDTの流量センサを搭載したソリューションとなっていた。この時、3社のコラボが生きた初めてのケースであり、ルネサスが変身したのか、単発のソリューションなのか、区別がつかなかった。

今回の最新戦略発表によって、ルネサスがグローバル企業への変身を進めていることが明らかになった。ようやく日本の半導体企業がグローバルな市場へ積極的に行けるようになりつつある。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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