Yahoo!ニュース

新型コロナ対策用の人工呼吸器開発に世界中が参加

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 新型コロナウイルスによる人工呼吸器不足が世界中で起きつつある。米国では緊急事態となっており、人工呼吸器を供給しようというエレクトロニクスメーカーも出ている。新型コロナは最終的に肺に炎症を起こし、肺の機能を低下させるウイルスだから、重症患者には肺の機能を助ける人工呼吸器が欠かせない。しかし1台300万円もする。戦争並みの危機的状況でさえ、日本では厚労省が認可手順を変えない、と4月11日の日本経済新聞が報じた(参考資料1)。欧米は、人工呼吸器が増産できるように医療機器の規制を緩めている。

 感染者が最も多い米国では人工呼吸器不足が深刻で、MIT(マサチューセッツ工科大学)が中小企業と協力して、安価な人工呼吸器の開発を進めている。部品代だけなら5万円でできるとしている。さらに別の中小企業は10万円で使い捨ての(呼吸数が25万回程度しか使えない)人工呼吸器を試作した。人工呼吸器の大手、アイルランドのメドトロニクスは、人工呼吸器の設計仕様を公開した。

カギは制御用半導体

 人工呼吸器の新たな開発に世界中の企業が参加している。人工呼吸器には、患者の呼吸を支援する空気の流れを正確に、しかも連続的に制御しなければならず、このための重要なコントローラとして半導体チップが使われている。この半導体チップを製造するのに通常は製造に2カ月ほど要するが、台湾のファウンドリメーカー(半導体製造だけを請け負う専門業者)UMC(図1)が1カ月に短縮し、人工呼吸器の供給を早めることに貢献した(参考資料2)。

図1 台湾UMCの半導体工場 出典:UMCホームページPress Centerから
図1 台湾UMCの半導体工場 出典:UMCホームページPress Centerから

 UMCは、人工呼吸器のチップを設計するデザインハウスのファイソン(Phison)社からの緊急注文に応えた。通常、人工呼吸器用の半導体チップは要求数量が少ないため、半導体ビジネスとしてのうまみは少なく、後回しにされることが多い。つまり製造期間は数カ月かかるのが普通だ。これをわずか1カ月で製造することに成功した。今回の新型コロナを成功裏に収めた台湾としては、これから世界を支援する側に回るのである。

 UMCでは、通常、緊急性のある製品ロットをSHR(Super Hot Run)と定め、やや急ぎをHR(Hot Run)、通常品をNR(Normal Run)と定めてさまざまな種類の製品を流している。今回の製品はSHRとして最優先でラインに流した。半導体生産ラインでは一般に、数量の少ない製品は8インチウェーハを流し、半導体回路を構築するが、今回のように緊急性を要する製品は8インチで流すことが12インチ(300mm)ウェーハで流すよりも機敏に生産できるようだ。

新型コロナ対策は戦争

 今回のような欠かせない医療機器で最も重要な機能を実現するのはやはり半導体チップである。しかもそのリードタイムをいかに短縮するかで、重要な医療機器の提供期間が縮まる。だからこそ、米国半導体工業会のSIAと半導体製造装置・材料の世界的な協会であるSEMIが全米16州と各国に半導体産業を「欠かせない事業(Essential Business)」であるという認定を4月に求めた。幸い日本でもSEMIジャパンの貢献と経済産業省の協力により、半導体が欠かせないビジネスであるという認定を即座にいただいた。

 米国では新型コロナウイルスを人類の健康の敵との戦争と捉えている。元陸軍特殊フォースオフィサのチャッド・ストーリー(Chad Storlie)氏は、「新型コロナウイルス対策は戦争と同じだ」と捉えており、戦争に勝つためには味方をがっちり守ることが最優先だ、と述べている(参考資料3)。味方が減れば戦力が落ちるからだ。このため新型コロナにはまず医療関係者のチームがやられないように最優先で防護服やマスクなどの対策を徹底し、敵(新型コロナウイルス)をやっつけることだと指摘する。

 だからこそ、米国は、人工呼吸器不足に対して戦時中に発動した「国防生産法」を適用し、FDA(日本の厚労省に相当)と協力し、人工呼吸器の不足解消に努めている。これに対して、日本の厚労省は、従来通りの期間で許認可を行うという。これでは人工呼吸器を例えメーカーが開発したとしても、認可までに1~2年はかかる。厚労省には新型コロナに対する現在の危機感は全くないことがよくわかった。

 かつて1980年代後半のバブル時代に、国民から集めた年金が余っているからとして「グリーンピア」などの保養所を建設し、赤字のまま投げ出した厚労省は何の責任も取ってこなかった。今回の人工呼吸器不足が原因で死に至らしめることが、もし起きたとしても無責任のまま変わらなければ遺族はいたたまれないだろう。厚労省の無責任体質は未だ変わっていないようだ。

参考資料

1. 人工呼吸器 参入に壁――日本、緊急事態でも規制変更なし、車業界「協力」止まり、日本経済新聞、1面、2020年4月11日

2. Taiwan’s Chip Maker Speeds Up Production of Key Components to Meet Urgent Orders for Medical Devices Used in the Fight Against COVID-19, Reports TrendForce, 2020年4月10日

3. The Fight Against COVID-19 Is a War: Companies Adopting Military Principles to Defeat the Virus, Connected World, 2020年3月31日

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

津田建二の最近の記事