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軍事技術は民間技術と区別できるのか

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

2019年3月25日、国立茨城大学は、軍事研究に対する基本方針を定めた。ここでは、「研究者の自主性・自律性を尊重した研究環境を整えるとともに、世界の平和、人類の福祉、ならびに自然環境の保全を脅かすことにつながる軍事研究は行わないこととします」と述べている。

大学における軍事研究に関する論争は、過去に何度も行われてきたが、今回の動きは、2015年に防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」を創設し、防衛技術にも応用可能な民生技術の開発に係る研究助成公募を始めたことをきっかけにして起こった。日本学術会議は1年間議論し、2017年の春、軍事目的の研究を行わない従来の姿勢を継承する方針を固めた。ただし、軍事目的の研究の定義は依然としてあいまいだった。

軍事目的の研究は、第2次世界大戦ではさまざまな殺傷兵器の開発を中心に行われた。当時のような軍事目的の研究は禁止すべきであろうが、戦後でも1980年代後半から1990年代にかけてオーム真理教のような新興宗教教団がサリンやVXガスという化学兵器を製造していたことがあった。軍事目的の研究とは、こういったテロリスト集団や国家が兵器開発のために行う研究であり、それらから身を守る防衛技術とは別物ではないだろうか。

例えば迎撃ミサイルは、敵の都市を攻撃するものではなく、飛んでくるミサイルを打ち落とすものである。このため、使われるテクノロジーは似て非なるものだ。迎撃ミサイルは、高性能なコンピュータを積んでおり、敵のミサイルの位置、速度、向きを常に計算し、得られた結果を進んだ距離ごとに計算し直し、打ち落とせる距離に近づくまで計算を何度も繰り返す。しかし、攻撃のミサイルでさえ、高速コンピュータを搭載しており、常に自分の位置を計算し標的の都市に正確に爆撃できるほど近づくまで計算を繰り返す。

では、高性能コンピュータは軍事技術だろうか、という議論になる。かつては、大陸間弾道弾を製造するための軌道計算用にコンピュータが発明された。しかし、多くの人がパソコンやスマートフォンのようなコンピュータを持つ時代になると、コンピュータを軍事技術という人はもういないだろう。

もっと別の用途もある。例えばソーラー発電機を軍事技術と思う人はいないだろうが、GaAs(ガリウムひ素)半導体を利用した超高効率のソーラーパネルは、高コストだが米国陸軍が使用している。携帯電話のCDMA技術は、軍事で開発された拡散スペクトル通信技術をクアルコム社が民間の携帯電話に使えるように改良した技術である。材料の分野でも、水を100%近くはじく特殊な繊維でできた服を英国陸軍が防水用に使っている。カーナビゲーションシステムに使われているGPSは、軍事衛星を使って自分の位置を知るための技術を利用している。自動運転や自動ブレーキに使われるレーダー技術は、もともと敵の位置を知るための技術だった。5G通信で使われるMIMOアンテナは、軍事用のフェーズドアレイレーダー用のアンテナである。

こうなってくると、何が軍事研究で何が非軍事研究といえるのだろうか。軍が使っているからといって、それを軍事技術とはいえない。

防衛装備庁の研究助成公募を始めたことが即、軍事研究ではない。この助成制度に採用された防毒マスク用の繊維の研究は、明らかに軍事研究ではない。きめ細かい繊維のマスクはインフルエンザ対策にも農薬散布用のマスクにも応用として考えられる。

その意味で、茨城大学が、世界の平和、人類の福祉、並びに自然環境の保全を脅かすことにつながる軍事研究は行わない、とする規定は、軍事研究を明確に定義している。こう定義してさえいれば、防衛装備庁の研究助成公募は、大学の研究者にとって新たな研究資金源となり、軍事研究とは別物だと言えよう。逆に防衛装備庁の研究助成金にも待ったをかけるようでは、米国やイスラエルのようなハイテク技術で日本が遅れをとるようになる可能性も高まる。

また、国家が大学に対して軍事研究をせよという指令が来た場合に備えて、「研究者の自主性・自律性を尊重した研究環境を整える」と述べており、大学が自主的に軍事研究か否かを判断できる仕組みを訴求している。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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