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インフィニオン取材で改めて感じた日本企業の甘え

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
買収されたインテルのロゴは何か

9月下旬、数年ぶりにミュンヘン郊外のインフィニオンテクノロジーズ社を訪れた。インフィニオンは、元々ドイツの老舗企業シーメンスから半導体部門が独立した(カーブアウト)会社である。かつて、NECから「独立」したNECエレクトロニクスと同じように見えるが、その独立の内容が全く違う。NECエレクトロニクスにはNECとその関連会社が株式の80%以上を持ち、独立とは名ばかりの子会社そのものだった。

日本の半導体企業が世界の企業と全く違う特徴の一つに、「親離れ」「子離れ」が全くできていないことを以前から指摘していたが、今回、インフィニオンの本社から確認して、そのことを再認識した。日本の半導体部門は、セット部門(OEMあるいは電子機器を製造する部門)の親会社から全く独立していないことが、世界の半導体企業とは全く違うという点だ。日本企業は親も子も甘えている。これでは世界との競争に勝てない。

セットメーカーが半導体部門を持っているところは日本だけではない。欧州でも米国でもあった。米国ではフリースケールセミコンダクタとオンセミコンダクタは通信機器のモトローラから独立し、アバゴはヒューレット-パッカード(H-P)からカーブアウトしたアジレントテクノロジーから独立した。欧州では、NXPセミコンダクターがフィリップスからカーブアウトした。ところが、これらの企業はいずれも親会社の資本を今はひとつも持っていない。完全独立、自己責任の経営スタイルなのである。ここが日本とは全く違う。

元々半導体産業は、H-Pやフェアチャイルド、テキサス・インスツルメンツ(TI)、IBM、モトローラ、RCAなどセットメーカーから始めた所と、インテルやアナログ・デバイセズなど半導体専業メーカーから始めたところが多かった。それでもセット部門から独立して半導体専業メーカーになった所も多い。さらに、リニアテクノロジーやマキシムインテグレーテッド、サイプレスセミコンダクター、ラティスセミコンダクターなど半導体専業メーカーとしてスタートしたところはきりがないほどたくさん生まれた。

日本の半導体メーカーはいまだに親離れ、子離れができていない。ここが海外企業との最大の違いであろう。セットメーカーと半導体部門が一緒になっている企業は今やサムスンぐらいしかいない。サムスンも世界の半導体から見ると特異点なのだ。いまだに大量生産できるメモリを扱っているから、投資環境の点で垂直統合型でも生きていけているといえる。しかし、メモリ産業を手放すと、半導体ビジネスの環境はがらりと変わってしまう。

余談だが、サムスンがもしこのままメモリビジネスを手放すと日本の半導体と同じ運命を辿る。しかし、メモリを捨ててもファウンドリビジネスに集中するのであれば、日本とは違う運命を切り開くことができる。今さらロジックやプロセッサのファブレスでビジネスを行うのは極めて難しい。

日本の半導体が失敗したことは、メモリビジネスをやめたのにもかかわらず、大量生産のメモリと全く同じ投資を行うビジネスを続けたことがある。経営的には、親離れしていなかったこともある。逆に親会社は子会社を独立させなかったことの裏返しでもある。

かつて、アバゴがアジレントから独立した時にたまたま訪問したが、社員たちは一様に、これからは自分の責任で自分らの道を決めていく、と興奮気味に話していた。フィリップスから独立したNXPを取材した時も、これから自分たちの責任ですべて決めていくことができると興奮していた。完全独立だと、社員は退路を断ち切られ、自分の責任で自分の好きなように会社の進路を決められる。責任の重みを感じながらも自分たちの将来に大きな期待をしていた。日本の半導体メーカーにはこのような自由と責任がない。

例えばインフィニオンは、1999年の独立当初からシーメンスからの出資はゼロだったと先日聞かされた。2007年ごろ、10%程度はシーメンスが持っていると聞いていた。いずれが正しいのかわからないが、現在はゼロであることは間違いなさそうだ。独立した1990年代後半当時の実力は、パワー半導体が強いものの、DRAMやマイコン、VoIPやVDSLなど通信用半導体なども手掛けていた。

2006年にインフィニオンは、DRAMビジネスをキモンダ社として分離独立させた。ただし、株式の大部分を持っていた。分離させた理由は、DRAMビジネスでは1000億円単位の投資が必要になるのに対して、メモリ以外のビジネスはソフトウエアや人に投資しなければならないが、両極端のビジネスを一人の経営者では判断できないからだ。そこで、DRAMだけの経営者と、それ以外の半導体の経営者に分けるために分離した。この点も日本のメモリ企業とは違う。

2007年からサブプライムローン問題、続くリーマンショックの金融恐慌に巻き込まれ、巨大な投資を必要とするキモンダは2009年1月に経営破たんした。キモンダにはインフィニオンも出資していたため、キモンダの経営破たんはインフィニオンにも大きな影響を及ぼした。インフィニオンは、倒産したキモンダとの連鎖を避けるためにキャッシュフローを第一に考える経営にフォーカスすると同時に、自らの強み・弱み・将来性などを内部で議論した。その結果、現在の体制、すなわち「エネルギー効率」「モビリティ」「セキュリティ」の3分野に絞り、通信部門をインテルに売却した。

今回訪問した時に、インテルのマークの付いた建物を見つけた。聞いてみると、インテルに売却した部門はそのままミュンヘンに残しているという。通信部門の所有者がインフィニオンからインテルに移ったが、従業員は同じ場所で同じ仕事を継続している。この仕事のスタイルはインテルが元インフィニオン従業員の仕事のスタイルを理解していることを示している。

かつて英国のサッチャー時代に経営不振に陥っていたロールスロイス社をBMWに売却した時、英国国民やメディアからは「英国魂をドイツに売るのか」という声が上がったとサッチャー回想録で語っている。今回のドイツ出張で、最終日にBMW博物館を見学した時、ロールスロイスの高級車を展示しており、「ロールスロイス」というブランド名を未だに使っていることに驚いた。買収した企業の従業員の心を大事にする企業文化はむしろ日本が学ぶべきことではないだろうか。次回は、インフィニオンがいかに女性や従業員を大事にしているかについて述べよう。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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