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「お祭りムードに流されないように」。テネリフェをプレーオフ決勝へ導いた柴崎岳の冷静さ。

豊福晋ライター
決勝点を決めた柴崎は右手でガッツポーズを見せた。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

テネリフェのスタジアムの一角、選手通用口から柴崎岳がひょっこり顔を出すと、深夜の町に歓声があがった。

日付は変わろうとしていた。すでに照明は消されていたけれど、サポーターの多くがスタジアム周辺を埋めていた。

「ガク!」

「グラシアス!」

「次も頼んだぞ!」

ファンは次々と写真を求め、テレビカメラは夜道を歩く柴崎の背中を追う。

柴崎はその夜の主役だった。彼が決めた、この試合で唯一のゴールにより、テネリフェは1部昇格プレーオフ決勝進出を決めた。

準決勝第一戦を1−0で落としていたテネリフェには勝利が義務付けられていた。町は試合前から緊張感に包まれていたが、柴崎自身はいつものように冷静だった。

9試合連続の先発、この日のポジションは4−4−2の左サイドハーフ。ロサーノとアマトという二人のFWを同時起用する攻撃的な布陣で、前がかりになりがちな展開の中で、中盤でパスをつないでいった。アタッカータイプが多い布陣の中、考えていたのはゲームを落ち着かせることだったという。

決勝点を呼んだ冷静な状況判断

柴崎にチャンスが訪れたのは前半34分のこと。

右サイドをスソが抜ける。その瞬間、柴崎は相手DFとチームメイトの動きを観察しながら、するするとエリアの中に入っていった。狙ったのはファーサイドだ。

ゴールシーンを、柴崎はこう振り返る。

「中にいっぱい人がいたので、ちょっと離れて見てようかなと。うまく流れてきた。何も考えなかったですね。ニアサイドや中にはたくさん人がいたので、こぼれ球、流れを待ってたら上手くボールがきた。決められてよかったです」

右手でガッツポーズをし、チームメイトとゴールを祝ったが、それでも冷静さは失わない。ピッチの上では、むしろ他の選手の方が喜んでいたくらいだ。

それは延長戦が終了し、プレーオフ決勝進出を決めた後も変わらなかった。

「試合終了後も次のことが浮かびましたし、中二日しかないので、早く休まないとなと思っている。あまり満足せずにというか。お祭りムードになっていますけど、それに流されないように頑張りたいと思います」

試合終了と同時にサポーターがピッチに乱入した。

旗が揺らめき、スタジアムはまるで昇格を決めたかのような騒ぎになった。ファンに囲まれた柴崎はそれでも、両手を上下するジェスチャーを繰り返した。まだ何も決まってない、と訴えかけるように。

テネリフェのマルティ監督も、柴崎の冷静さについてこう話している。

「ガクが決めてくれたが、なんということもなく自然に淡々としていた。チームの仕事をこなしてくれるし、どんなときもナーバスになることがない。素晴らしいクオリティがあり、試合の流れを落ち着かせることができる選手だ」

「島にガクの銅像を建てるべきだ」

1部を夢見るサポーターの前で決めた決勝点は柴崎を島のスターにした。

ヒールパスなど、トリッキーなプレーもファンを喜ばせる。運動量も多く、タックルでボールを奪取した場面では歓声が沸いた。指揮官が求める流れを落ちつかせる配球、スペースやエリア内への飛び込み、そして120分を走りきった運動量など、攻守両面でもはやテネリフェのサッカーにおいて欠かせない存在になっている。

地元メディアの評価も相変わらず高く、この試合に取材に来ていたメディアは総じて柴崎をマンオブザマッチとした。

チームメイトの評価も興味深い。

主将も務めるアイトール・サンスは「彼は信じられないクオリティーの選手。最高の喜びを与えくれるし、もうテネリフェに銅像を建てるべきだ」と笑う。

しかし、1部への道のりはまだ残されている。

決勝の相手、ヘタフェはテネリフェとは違い経験のある選手が多い。前日に準決勝を戦っており、休みも1日多い。テネリフェは延長戦まで戦っており、再び長い移動もある。H&Aの2試合のどこかで、蓄積された疲労が影響するかもしれない。

その一方で好材料は、苦しい戦いを勝ち抜いたことで得た自信とホームの勢いか。柴崎も昇格を目指すチームの中で鍵を握る存在になっている。

4−2−3−1のトップ下としても、あるいはこの日のように攻撃的な4−4−2の左サイドでも機能。マルティ監督は「柴崎の飛び込んでいく力を出したかった」とも語っているように、ロサーノ、アマトと共に、現チームの得点源になりつつある。

「パフォーマンスを上げていきたいし、水曜日もまたゴールを決めたい」と柴崎。

もちろん、サポーターもそれを期待している。

深夜のスタジアム前、主役への拍手はやまない。カメラのフラッシュが、帰路につく柴崎の背中を照らし続けていた。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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