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カンプノウを静めた乾貴士の2得点。「一生忘れられない」2ゴールがもたらすもの。

豊福晋ライター
得点後、チームメイトに囲まれる乾。(写真:ロイター/アフロ)

その夜、カンプノウは2度静まりかえった。

マラガの地で優勝を争うレアル・マドリードが得点を重ねたからではない。

乾貴士が、奇跡の逆転優勝をかすかに信じスタジアムに集まったバルセロニスタを凍りつかせたのである。

乾はバルセロナを相手に得点した初の日本人選手となった。しかも2得点。スペインリーグでの日本人得点記録も6点に更新した(これまでは大久保嘉人の5点)。記録ずくめ、でもある。

試合後は主役のひとりとして地元メディアからも取材を受けた。表情には満足感と試合に敗れた悔しさが混じっていた。

「もちろんこの2得点は一生忘れられないことなので、自分の思い出の中に残ることなのでよかったと思います。バルサ相手に2得点というのはすごく嬉しいことですし、名誉なことですけど、やっぱり差を見せつけられました。負けてしまうと喜びも半減してしまう。悔しいですね。ゴール以外で何かしたかと言われると、大して何もできていない。差を見せつけられた方が強いので、悔しい気持ちの方が今は強い」

試合は0−2となった後にバルセロナが逆転し、4−2で終わった。乾の2ゴールは、結果的に報われることはなかった。

しかし、シーズンの最後に乾が見せた美しいふたつのゴールは、スペイン全土に、とてつもなく大きなインパクトを残している。

マラガ対レアル・マドリードのテレビ中継でも、乾のゴールは途中経過で大々的に伝えられた。バルサ戦でも試合を通して現地のテレビカメラにその姿が何度も抜かれた。この夜、エイバルの8番はスペインで時の人となっていた。

誰もが驚いた1点目を、乾はこう振り返る。

「エリアの中で完全にバルサの守備の枚数が足りてなかったし、フリーだと思っていたので、ボールが来たらいいなと思っていました。バウンド的に難しくて、とりあえずしっかり合わせようと。当たったのはスネあたり。たまたまです、ラッキーですね。言わない方がよかった?いや、それも嫌なので。まぐれはまぐれなので(笑)。決めた後にスタジアムが静まり返ったので、入った実感はあまりなかった。でもチームメイトが喜んでくれて、センターサークルに帰るときに、入ったんだなあ、と」

バルサ戦のちょうど1週間前のことだ。乾はこんなことを話していた。

「優勝がかかったバルサは本気なので楽しみですし、そこで何かやってやりたいなと。俺はバルサファンですけど、そこは真剣勝負なので何かできれば一番ですし、頑張りたい」

彼が狙っていた“何か”はゴールだけではなかった。ゴール前だけでなく、サイドの局面でも、対面のセルジ・ロベルトやラキティッチをドリブルでかわしていった。

試合前、乾はある決意をしていた。縦に仕掛けることー。今季の乾は左サイドでボールを受けて中に切り込んでいく、いわば彼の「形」を見せる機会は多かったが、それが得点にはつながっていなかった。バルサはブスケツやラキティッチ、CB陣も含め中央の寄せも早い。中に切れ込んでいくよりも、目指したのは縦への突破だった。

「最初からいってやろうと思ってた。中に入っていっても、すぐにカバーが来るので難しいと。今日は縦に勝負、仕掛けようと思っていた」

そんな積極性は後半に入っても目立ち、乾が持つとスタンドはざわついた。そして、彼はまたしても観衆を静めることになる。

「2点目はいい感じの浮き球が来たので、思い切って打ってみようと。さすがにあのコースは狙ってないので、ラッキーはラッキーだけど、しっかりインパクトできて入ったので、それはよかったです」

チームメイトが駆け寄り、数選手が乾に敬意を示すかのように、満面の笑みでお辞儀をしていく。スコアは0−2。客席を見ると、優勝どころか、この試合も諦めたファンの一部が帰りはじめていた。

ちなみに2点目の場面、着地した瞬間に乾は右足を痛めている。後半途中にベンチに交代を求めたが、エイバルに退場者も出たからか認められず、最後までピッチに立ち痛みをこらえ走り続けたという。バルサはそこから怒涛の攻めを見せ、得点を重ねていく。そんなバルサ攻撃陣の脅威を、乾はピッチの上で目にしていた。

「メッシの4点目なんていうのはすごいとしか言いようがない。ボールを持ったら何人でも抜いていかれるし、ネイマールもフリーで持たせると難しいし、スアレスは裏への抜け出しがうまい。レベルの差がすごくあるなと・・・」

敗れはした。実力差は否めない。しかしこの90分間で乾が見せたもの、そして一選手として得たものは大きい。優勝争いの大一番でバルサ相手に決めた2得点によりスペイン中の注目を集め、彼への評価と知名度はさらに上がることになった。

いうまでもなく、試合後のスペイン各メディアの評価は軒並み高い。

“欧州に来てから最高の試合だったのでは?”という質問に、乾はこう答えた。

「そもそも1試合で2点をとったことが、J1を含めて、1部リーグでないんです。初めての2点がバルセロナ相手なので、まあびっくりですよね。全部の運を使い果たしたんじゃないかなって(笑)」

次に日本人選手がカンプノウでバルセロナを相手に2得点するのは、いつになることだろう。

「まだまだ、これから日本人選手がスペインにくると思うし、記録は塗り替えられると思う。ちょっとでも伸ばしておきたいなと思います。いいシーズンではありましたし、先発出場が増えたのでそこは自分にとっては嬉しいし、使ってもらったことに感謝しかない。その中で思うような結果が出せなかったのは悔しいし、来年はそこを向上させていきたい」

そう言い残し、乾はいつもより静かなカンプノウを去っていく。喝采の中でシーズンを終えた乾の目は、驚異の2得点のさらにその先を見ていた。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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