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【エイジテック革命】第3回 高齢化が生み出す新しい高齢者市場

斉藤徹超高齢未来観測所
高齢化の視点が新たな市場を産むだす(提供:イメージマート)

世界で高齢化が進展する理由をM.I.Tエイジラボの所長ジョセフ・F・コフリン氏(Joseph F. Coughlin)は、著書『長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)』で、「多くの国で平均寿命が伸び、長寿化したこと」、「21世紀以降、低所得国を中心に出生率の急激な低下が起きたこと」、「第二次世界大戦に参戦した多くの国で起こった戦後のベビーブーム」の3点を挙げています。そして高齢者の増加により、「長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)」と呼ばれる新たな市場が創出されるが、その内容は明らかに今までの若者壮年層を中心とするものとは異なり、「高齢者介護・医療費、年金制度」などに加え、「新しい(高齢者)の労働市場」や「(見守りニーズや高齢者が快適に過ごせるための)スマートホーム技術」などの新たな需要の高まりが生じると語っています。

ジョセフ・F・コフリン『長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)』
ジョセフ・F・コフリン『長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)』

同じく、米国最大の高齢者NGO組織であるAARPもレポート『長寿化経済の展望(The Longevity Economy Outlook)』(2018)で、高齢者人口の増加が経済にもたらすポジティブな側面について報告しています 。

同レポートでは、米国内の高齢者人口増加により、高齢者の、①米国経済への貢献、②コミュニティへの社会的貢献、③税金への貢献、④雇用維持への影響性がそれぞれ高まると語っています。なかでも同レポートが主張しているのは、高齢者が単に消費金額の増加をもたらすのみならず、「新たな市場創造を促す」という指摘です。

「(高齢者数の増加は)革新、創造的な市場ソリューション、そして市場成長を必要とする重大な機会を提供することになる。そして、現在および将来の成長市場に対応するためには、公共政策、企業文化、製品・サービスの設計・提供、広告戦略の調整が必要となる」。そして、「高齢者の増加は社会の活力を奪うという一般的な先入観とは異なり、この長寿経済の見通しでは、50歳以上の人々が今後も社会に貢献し、経済成長、イノベーション、新たな価値創造の原動力となる」と結論づけています。新たな高齢者の増加が、従来のシニアマーケットにポジティブな変化をもたらすというのです。

両者の内容を整理すると、①高齢者の増加で消費者としての高齢者の存在感が高まること、②その消費の内容も(従来の若者中心の消費とは異なる)高齢者特有のニーズに変化していく可能性が高い、③新しいニーズに対応するための製品開発やイノベーションの機会が高まる。加えて、④高齢者の増加により消費市場のみならず、公共政策、労働市場など幅広い領域へ影響を及ぼす、という4つのポイントにまとめることができるでしょう。

ただ、ここで一点留意しておかねばならないのは、一口に高齢者市場と言ってもその内実は大きく異なるという点にあります。仮に65歳以上を高齢者市場と捉えても、65歳と85歳では健康状態や生活ニーズは大きく異なります。単純にシニア(高齢者)と括るのではなく、より細やかな分け方が必要です。日本では、医療保険制度上の区分から、前期高齢者(65歳以上75歳未満)、後期高齢者(75歳以上)という分け方がなされますが、海外の研究では、ヤング・オールド(65歳以上74歳未満)、ミドル・オールド(75歳以上84歳未満)、オールデスト・オールド(85歳以上)という分け方が一般的になされています。

このような年齢(加齢)の違い、世代意識の違いにより、それぞれの高齢者の支持する市場の中身は異なってくるでしょう。ヤング・オールドは、健康状態もさほど悪くなく、アクティブに活動したいという意識も高い。この年齢層は趣味やフィットネス、スポーツ、旅行などの各種アクティビティに積極的な支出を行おうとする意識も高いでしょう。しかし、加齢が進みミドル・オールドになるにつれて、徐々に健康状態に不安が生じ、高齢由来の慢性疾患も抱えがちです。そうなると、アクティブな活動に支出というよりは、健康維持や医療のための支出の比率が自ずと高まるようになります。さらに、オールデスト・オールドとなり、自立生活が困難になれば、介護という形で誰かの手を借りながら生活する必要が生じ、そのための支出が必要となります。

年齢の各段階において、消費の内実は少しずつ変わっていくのです。高齢化が進み続けるということは、日常生活の困難を抱えた人が実数として増加することを意味します。そして、こうした高齢者の困難を軽減、解消していくための解決策がエイジテックなのです。

また、これを別の側面から見れば、高齢者の増加は、いずれ訪れるかもしれない生活困難を避けようとする予防意識を持つ人々が増えてくることをも意味します。つまり、極めて潜在的な課題解決ニーズの高い市場ということも出来るでしょう。

高齢に伴う老化を止めることはできませんが、出来るだけ健康であり続けたい、人に迷惑をかけず自立した生活を続けたいという欲求は、日本のみならず世界全体の高齢者共通の望みでしょう。そうしたニーズが高まる中で、解決方法のひとつとして期待されるのがイノベーティブなテクノロジー活用です。従来、常時把握が困難であった検診データが、センサー技術によりリアルタイム情報として可視化される。AI(人工知能)とビッグデータの活用で、将来フレイルとなる可能性が予測データ化される。エイジテックにより、こうしたことが実際に可能となりつつあるのです。

【参考文献】

JOSEPH.F.COUGHILIN THE LONGEVITY ECONOMY (2017)

【過去の連載】

【エイジテック革命】第1回 エイジテックとは何か

【エイジテック革命】第2回 海外のエイジテック事情 ーアメリカとイスラエルのエイジテック

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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