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【エイジテック革命】第2回 海外のエイジテック事情 ーアメリカとイスラエルのエイジテック

斉藤徹超高齢未来観測所
テクノロジーが高齢者を救う(写真:アフロ)

エイジテックに積極的な国々

連載第1回では、エイジテックの概要についてお話しいたしました。今回は、エイジテックの主な国別の状況について見ていくことにします。

エイジテック企業の多くはいわゆるスタートアップに属します。スタートアップとは、革新的なアイデアや独自性で新たな価値を生み出す企業のことで、短時間のうちに急速な成長とイクジット(IPOもしくはM&Aによる他社への売却)を狙います。こうしたスタートアップ企業が数多く存在するのは圧倒的に米国で、次いで中国、欧州、インド・東南アジア諸国が続きます。残念なことに日本のスタートアップ企業は、さほど多くはないのが現状です。

米国調査会社CB Insightsによると、世界にあるユニコーン企業(起業10年以内で未上場のベンチャー企業のうち、10億ドル以上の市場価値がある企業)の総数は900社を超えていますが、日本は6社にとどまります。こうした流れと同様、エイジテック企業も米国、欧州企業が多い状況です。

米国、欧州にエイジテック領域のスタートアップが多いのは、これらの国々でも高齢化が進行し、ビジネスチャンスと考える人々が多いためでしょう。特に医療や健康分野を成長領域と考える人々にとって高齢者テーマは切り離すことができません。

中国は、ヘルスケア・医療分野のデジタル革新は活発ですが、高齢者テーマで取り組む企業はまださほど多くないのが現状です。中国の高齢化率は12%(2020年)にとどまっており、高齢化がまだ深刻な課題として捉えられていないためでもあるでしょう。

CESとエイジテック

エイジテック分野のスタートアップ企業が発表の場として選んでいるのが毎年1月にラスベガスで開催される全米民生技術協会 (CTA) が主催するエレクトロニクスの見本市CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)です。

2022年のCESはコロナの影響を受け、多くはオンライン開催となりました。エイジテック領域に高い関心を持ち、長年バックアップしているのが全米最大の高齢者NPOであるAARPです。

AARPは1958年に設立された教員退職者のための団体(旧称アメリカ退職者協会(American Association of Retired Persons))を母体とするNPO団体で、50歳以上の人々が参加資格を持ち、現在全米で3700万人以上の会員を持ち、高齢者のための権利擁護に向けたさまざまな活動を行なっています。

2016年からAARPはCTA財団と協力して、CTAファウンデーション・ピッチ・コンテストを開催。積極的に高齢者分野のイノベーションにチャレンジするスタートアップ企業を支援しています。

AARPプロダクト・イノベーション・バイス・プレジデントのリチャード・ロビンソン氏は、高齢者向け新製品開発着目のポイントとして、「エイジング課題に多角的に取り組むための製品開発」「新興企業とのコラボレーションによる世代を超えたイノベーション」「人々のニーズに応えるための新しいデザイン思考」を挙げ、高齢者向けのアクセシブルな技術ソリューションの需要に着目したベンチャーキャピタリストや起業家に大いにチャンスがあることを強調しています。

2022年のコンテストでは、高齢者が自立した生活を維持し、可能な限り長く自分自身で生活しながら、安心感を高めることを可能にするプロアクティブ・モニタリング・ソリューションを開発しているケアギバー・スマート・ソリューションズが、審査員賞を受賞しました。

ケアギバー・スマート・ソリューションズの受賞風景(写真提供:CTA)
ケアギバー・スマート・ソリューションズの受賞風景(写真提供:CTA)

ベンチャーファンドの注目

AARPに加え、エイジテックを格好の投資対象と考えるベンチャーファンドも生まれつつあります。

ヘルスケア分野やシニアリビングに深い興味を持つ投資銀行のジーグラーリンク・エージ・ベンチャーズが組成したファンド、ジーグラー・リンク・エイジ(Ziegler Link Age)は、長寿化社会に焦点を合わせたファンドです。同ファンドの最高投資責任者ジョン・ホッパーは、「この市場では何千もの企業が高齢者を追いかけている。また、高齢者の中には、より長く活動したい、自宅で老後を過ごしたいと考える人が増えている中で、テクノロジーは、高齢者層が求めるサービスを提供するためのパズルの大部分を占めると考えている」と語っています。

4Gen・ベンチャーズも高齢者市場に注目したベンチャー・キャピタルです。同社は、金融サービス、保険、小売、不動産、健康・ウェルネス、レジャー、交通、仕事の未来など多様な分野で、長寿に関連した各種課題解決能力と事業拡大意欲を持ったアーリーステージ企業への投資を行っています。

4Gen・ベンチャーズの共同経営者のひとり、ドミニク・エンディコット(Dominic Endicott)は、「現在のエイジテックは2007年頃の「フィンテック」を巡る状況に似ている」「当時、フィンテックが金融サービス産業に与える影響はごくわずかで、この言葉を知っていたのはごく一握りの起業家や投資家だけだった。しかし現在、フィンテック抜きに金融サービスの未来を語ることができないまでになっている。これと同様に、高齢化社会におけるデジタルイノベーションの動きは、今後のヘルスケア、医療・介護業界のみならず、高齢社会に関わるあらゆる産業に大きな影響を与えるようになっていくだろう」 と彼は語っています。

ビル・ゲイツの妻であるメリンダ・ゲイツが設立した投資・インキュベーション企業であるピボタル・ベンチャーズ(Pivotal Vencures)と、起業家を支援するベンチャー・キャピタル、テックスターツ(Techstars)は共同で、高齢者分野のスタートアップ企業を支援するプログラム「テックスターズ・フューチャー・オブ・ロンジビティ・アクセラレーター(Techstars Future of Longevity Accelerator)」を2020年7月に開始しています。こうしたエイジテック企業へのアクセラレーターも今後加速していくことでしょう。

イスラエルとエイジテック

また、米国に次いでエイジテック領域に熱心な国として注目されるのがイスラエルです。

「中東のシリコンバレー」と呼ばれるイスラエルですが、天然資源などの少ないこの国では、かねてより旧ソ連からの移民に科学者や研究者、医師などが多かったこともあり、先端テクノロジー領域への投資、人材育成に積極的でした。国内総生産(GDP)に占める国内企業や大学などの研究開発費の割合は主要国トップで、特にアラブ諸国との紛争などを経て、国防に必要なサイバーセキュリティー分野の技術は世界最高水準とも言われています。

こうした動きを積極的に推進したのが、自分自身がMITやハーバードで学び、経営コンサルティングでもあった前ネタニヤフ首相です。彼は各種の規制緩和を進めることでイスラエルを「起業大国」として一躍著名にしました。防衛上の必要性からセキュリティ技術は世界トップクラスにありますが、デジタルヘルス分野でもその技術はトップクラスにあります。

同国のデジタルヘルス産業の強みは、国の医療データを幅広く活用できることにあります。イスラエルでは、医療保険制度を担う4つの保険機構のいずれかに国民は加入していますが、それらの医療データは全てデジタル化して管理されています。これらのデータを利用したい企業は機構と提携し、匿名化された医療記録をビッグデータとして活用することができるのです。デジタルヘルス分野のスタートアップ企業は2021年8月時点で723社に上ります 。

スタートアップの育成に多大な貢献を果たしているのが、2013年に設立された「8200 IMPACT」で、これはイスラエルの中央諜報機関の上級同窓生によって設立されたインパクト・テック・スタートアップのためのアクセラレーション・プログラムです。

デジタルテクノロジー分野の人材が米国や欧州で豊富である理由について、その背景に冷戦の終結に伴う軍事産業のリストラがあったと日本総研の寺島実郎は語っています 。

冷戦期に軍事産業を支えた物理・数学・工学などを専攻した理工科系の人材が、軍需産業のリストラの中で、金融の世界に入り、「金融工学」の世界を拓き、その後の「金融資本主義」の基盤を築きました。加えて、現在のインターネットの基礎となったのも、冷戦期においてペンタゴンで開発された「分散系・開放系情報ネットワーク」であるアーパネット(ARPANET)の民間転用で、こうした過去の軍事技術を基盤とした技術と人材の転用が現在の「金融資本主義」、「デジタル資本主義」の背景にあったと彼は語っています。

このように考えると、データサイエンス領域のイノベーションであるエイジテックに一日の長があるのが米国とイスラエルというのは非常に腑に落ちる話であると言えます。

【参考文献】

フレデリック・アンセル、鳥取絹子訳『地図で見るイスラエルハンドブック』(2020・原書房)

朝日新聞2021年8月22日13版「遠隔医療 先端走るイスラエル」

能力のレッスン「新しい資本主義」への視界を拓く-日本経済・産業再生への道筋(下の1)「世界」2021年12月号

【エイジテック革命】第3回 高齢化が生み出す新しい高齢者市場 に続く

【過去の連載】

【エイジテック革命】第1回 エイジテックとは何か

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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