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YOASOBI「アイドル」が小学生からグローバルまで大ヒットできた理由に学ぶ、これからのヒットの鉄則

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:ソニー・ミュージックエンタテインメント)

2019年の結成以来、驚くべきスピードでヒットを生み出し、2020年のNHK紅白歌合戦にも出場したYOASOBI。
2023年4月12日に配信リリースした「アイドル」は、Billboard Global Excl. USという米国を除くグローバルチャートで日本語曲初の1位を獲得するなど、瞬く間にグローバルで活躍する存在へとなった。そこで今回、YOASOBIの舞台裏を支えるソニー・ミュージックエンタテインメントの山本氏と屋代氏に、海外でもヒットした楽曲「アイドル」にフォーカスし、曲づくりへのこだわりやUGC(ユーザー生成コンテンツ)への考え方について詳しく聞いた。

普段の2.5倍の活動量でUGCの創出を徹底

徳力 「アイドル」という曲は、ストリーミング配信が開始される前にアニメ「【推しの子】」第1話の先行上映として映画館で初公開されていました。デビュー曲の「夜に駆ける」に比べて、明確なプロモーションプランがあったのですか。

屋代 いえ、「夜に駆ける」の頃とそんなに変わっていないですね。

山本 ただ、好き勝手に取り組んだときは大体、すごい結果になると思っていました。「アイドル」はもともとAyaseが個人的に作品からインスピレーションを得て制作していた楽曲です。

Ayaseの大量のピュアなエネルギーが詰まった楽曲に、我々は議論を重ねながら新しいことを多く詰め込みました。音ひとつとっても比較的新しい選択肢を選んで制作し、ある程度バランスもとりつつ、面白く新しい曲ができたと思います。

徳力 異次元のヒットでしたが、特別に思い入れがあって特殊なことをした感覚はないということですか。

山本 そうですね。以前にも似たようなテイストの楽曲をAyaseが制作していたのですが、いまYOASOBIとしてその感じの曲を出しても、なかなかファンの理解を得るのは難しいだろうと思って出さなかったこともあります。でも、「アイドル」はタイミング的にそこがうまくハマったと思いますね。

ソニー・ミュージックエンタテインメント RED エージェント部ルームY チーフ山本 秀哉 氏 (出典:アジェンダノート)
ソニー・ミュージックエンタテインメント RED エージェント部ルームY チーフ山本 秀哉 氏 (出典:アジェンダノート)

徳力 屋代さんはどう感じて、どんなことに取り組まれたのですか。

屋代 ある程度認知されると、みんながその曲を使いたくなるので、そうなった場合に曲は長持ちしますよね。そういう文脈をつくれたことと、そもそも使いやすい楽曲にしていたことがひとつの要因だと思います。

私はこの曲に限らず、初動の跳ね方とそれ以降の売れ方は分けて考えるようにしています。「アイドル」は初動である程度跳ねていたので、「これはUGCを爆速で回転させることに振り切ったほうがいい」と感じました。そこで、UGCに対して「いいね」やコメントを返すなど、これまでの取り組んでいたUGC促進のアクションを100とした場合、「アイドル」では250くらいの量をやりました。

ソニー・ミュージックエンタテインメントデジタルコンテンツ本部GSチーム プロデューサー兼 RED エージェント部ルームY プロデューサー屋代 陽平 氏(出典:アジェンダノート)
ソニー・ミュージックエンタテインメントデジタルコンテンツ本部GSチーム プロデューサー兼 RED エージェント部ルームY プロデューサー屋代 陽平 氏(出典:アジェンダノート)

それまでも曲を使って、TikTokに動画を出してくれたら「いいね」して回ることはしていましたが、今回はリリース直後に上がっていた動画ほとんどにコメントを書いたり、動画をつくってくれた人をリストにしてまとめたりしました。そこまでやるかと思えるくらい動きました。

徳力 そこまで力を入れて取り組んでいたんですね。

屋代 広がりを考えると、YOASOBIのミュージックビデオだけが1000万回再生されるよりも、100万回再生されるUGCが10個あるほうがパワーがあります。その10個のUGCの先にそれぞれのファンがいるので、単独の1000万回よりもリーチは広いですよね。

作品に寄り添いつつ、アーティストにも貢献できるプロモーション

徳力 私たちが外から見ていると、あるひとりの天才がいてすべてを最初から狙ってつくっているのだろうと思ってしまうのですが、案外そうではないのですね。Ayaseさんが力をかけて楽曲を制作し、その熱量が広がるように取り組んだ結果として「歌ってみた」「踊ってみた」というUGCが量産されていくという流れだったのですね。

noteプロデューサー/ブロガー徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)
noteプロデューサー/ブロガー徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)

山本 はい、そうですね。たとえば、「踊る」ということは「体が動く」ということです。どういう音が聞こえてきたら、どう体を動かしたくなるのかを考えます。同じように、どういうボーカルやアレンジにしたら、みんなが歌いたくなるのか、などは思考を巡らせながら制作を進めていきます。

一方で、「TikTokでバズってほしい」という固有のSNSに合わせた展開までは考えていません。ただ、我々でも想定していなかったバズが起きたときは、なぜそれが起きたのかを振り返って考えるようにしています。

徳力 プロモーション的な文脈でいうと、狙い通りにうまくいった、予想以上だったなど、何かありますか。

屋代 「アイドル」は、「【推しの子】」側のプロジェクトの時系列がある程度決まっていたので、それを前提条件としてスタートしています。その作品にどれだけ寄り添えるかがYOASOBIの爆発力につながると思っているので、「【推しの子】」の時系列の中でどうプロモーションを配置すれば、爆発につながるかをかなり議論しました。

原作が強いと、作品側のロジックでいろいろ決まってしまったりしますが、そこもゼロベースで「こうしたほうが作品にとってよいのではないか」「YOASOBIとしてもこれだけやるので、一緒に盛り上げていきましょう」と、「【推しの子】」を制作していたチームの方々に毎回伝えるようにしていました。

その結果として、「【推しの子】」のプロジェクトでは作品の中身もそうですが、スケジュールなども事前に話して納得した上で進められているので、お互いに同じ目的に向かって頑張ることができていると思います。そのことがファンにもしっかりと伝わり、原作者の赤坂アカ氏と横槍メンゴ氏にまで伝わって、「みんなが楽しいね」「すごいね」という前向きなエネルギーで発信し続けられている気がします。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)

「アイドル」のヒットを支えた曲づくり

徳力 マニアな人から教えてもらって面白いなと思ったことは、「アイドル」はリリース直後のスタートダッシュがものすごかったということです。

屋代 実は「アイドル」を出す直前に、別の曲を2曲リリースしています。1曲目は「アドベンチャー」、2曲目は「セブンティーン」、そして3曲目に「アイドル」と、3カ月連続でリリースしたのです。

1曲目の「アドベンチャー」と2曲目の「セブンティーン」は、比較的若い人向けに行ったキャンペーンの曲でした。熱量高く発信してくれるファンに向けた曲が立て続けに出たときに、3曲目で「アイドル」が登場し、さらに「【推しの子】」のオープニング主題歌として出てきた。日を経るごとにファンの間に新しい情報と熱量が加速度的に広がっていったことが「アイドル」の初動につながったと思います。

徳力 凄まじい数字が、YOASOBIの新曲を待っていた人たちがいかに多かったかを表していると思います。「アイドル」は世代を超えて広がり、小学生でも踊っている子が多いですよね。

山本 はい、子どもに聴いてもらうのは、海外の人に聴いてもらうよりも難しいと思っています。そこに届いた要因としては、「体を動かしてほしい」というコンセプトでAyaseも私も丹念に楽曲制作をしたからかなと考えています。

徳力 最初から子どもをターゲットにしたわけではなく、結果的にそうなったということですね。もうひとつ、海外向けの視点についても聞かせてください。「アイドル」は、国際チャートで1位を取ったのが象徴的ですが、これも100を250にする努力の成果と考えていますか。

山本 それはどうなんですかね。我々としては、起こったことに対しての最善策を取ったということだと思います。もともと「アイドル」の英語版は出すつもりだったのですが、初動として想像以上に海外で聴かれていることが確認できたので、英語版のレコーディングとリリースを早めました。リリースのタイミングとしては、「いつ出すと海外のバイラルチャート(※)で換算されるか」といった細かな調整はしましたね。

※バイラルチャート(バイラルランキング):定額制音楽配信サービス「Spotify」で使われている言葉。SpotifyからSNSやメッセージアプリでシェア、そこから再生された回数などをもとに、Spotifyが独自に指標化したランキングのこと。

徳力 以前から海外への思いは強いと聞いていますがいかがでしょうか。

屋代 はい、チャンスがあれば海外に行きたいと思っています。ただ、海外を意識しすぎて国内をおろそかにしてしまったら、将来的にアーティストの可能性を狭めてしまいます。そうはなりたくないので、しっかりとタイミングは見極めないといけないと思います。

徳力 YouTubeの再生数でも、YOASOBIは海外の割合が継続して高いですよね。それも狙っていたことではないのですか。

山本 はい、それは狙えないと思います。海外向けに広告を出したことはありません。ただ、そもそもアニメーションのミュージックビデオや、ボカロP出身というだけで、もちろんAyaseに限らず割と海外から人気があります。

「アイドル」の曲の特徴でいうと、たとえばブラジルを象徴するサンバを聴いたら我々もテンションが上がりますよね。そのような感じで、みんなで楽しく音楽を共有すること自体、グローバルで大きな違いがあるわけではないと思います。Ayaseは楽曲のグルーヴを大事にするタイプで、「アイドル」もそこを意識して制作しています。

今後もJ-POPや海外など関係なく、みんなが聴いて楽しくなれる曲をつくろうと考えています。

過去の成功方法に縛られないためには

徳力 従来からあるマス向けに大きく展開する方法と、ファンからファンへと広がっていくという価値観のギャップの狭間にいる世代が多い印象です。特に大企業では、経営陣が過去の成功体験を持っていて、若い世代が新しいことに挑戦しようとすると、リスクが大きく見えて止められてしまうケースがあると思います。山本さんと屋代さんは、いままでそういう面で悩んだことはありますか。

山本 悩んだことはないですね。そもそも従来のA&R(アーティスト・アンド・レパートリー)然としたことは、良くも悪くもあまり教わってこなかったので、ある程度自分なりのやり方で、日々アップデートしながら進めているという感じです。

他の人の意見を参考にするかは、どれだけこの事象に対して時間を使って考えているかという軸をもとに判断します。まったく違う角度から来た意見には「なるほどな」と思うことももちろんあります。

ソニー・ミュージックエンタテインメント RED エージェント部ルームY チーフ山本 秀哉 氏 (出典:アジェンダノート)
ソニー・ミュージックエンタテインメント RED エージェント部ルームY チーフ山本 秀哉 氏 (出典:アジェンダノート)

徳力 たとえば、まだ自分に自信がないときに直感的にはAというやり方がいいと思っているけれど、上の人から「従来のBというやり方がいいのでは」と言われたときはどうしていますか。

山本 そのときは、1度その意見に従って、結果を見てみます。そこで合っているのか、外れているのかを判断することを積み重ねていくイメージです。小さなことでも一つひとつ知見にしようと思いながら仕事をしています。

屋代 私は幸いにも、あまり言われてこなかったのと、基本的に新規事業開発を求められる部署にいたので、人を傷つけたり誰かに迷惑かけたりしなければ、失敗してもいいし、それで成果が出たら素晴らしいという環境で取り組んでいます。

ソニー・ミュージックエンタテインメントデジタルコンテンツ本部GSチーム プロデューサー兼 RED エージェント部ルームY プロデューサー屋代 陽平 氏 (出典:アジェンダノート)
ソニー・ミュージックエンタテインメントデジタルコンテンツ本部GSチーム プロデューサー兼 RED エージェント部ルームY プロデューサー屋代 陽平 氏 (出典:アジェンダノート)

極論ですが、私は常に「やらなくてもいいことをやっている」という感覚なので、上の人から何か言われても、なにくそとも思わないですし、無理なら無理でいいと思っています。その中で、自分が正しいと思ったことに対しては、丁寧に話して理解してもらっています。

YOASOBIとしての話題の“総量”を意識

徳力 ここまで話を聞いて、2人はマーケティング手法から入っているのではなく、まず考えてから実行し、その結果手法に行きついているということを理解できました。つい、マーケターは再現性のある手法があるのであれば、知りたいと思ってしまうのですが。

noteプロデューサー/ブロガー徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)
noteプロデューサー/ブロガー徳力 基彦 (出典:アジェンダノート)

山本 そういう意味では、最近は特にYOASOBIの話題の「総量」を把握することが重要だなと思っています。それをもとに、たとえば「この曲はコメントの熱量がすごく高いけれど、まだ話題になっていない」という状態であれば、YOASOBIがメディアに出るときにその曲を推したり、逆に「この曲はもう出すぎて一過性の流行りとして捉えられてしまう懸念があるので少し露出を減らしていこう」と調整したりします。メディアの露出もSNS投稿も、全体を俯瞰しながらYOASOBIとしての話題の総量を調整しています。

徳力 どうしてもバイラルチャートで人気の曲で考えてしまいがちですが、そうではなくYOASOBIとしての総量を見ているんですね。

屋代 そうなんです。新曲は話題にあがりやすいので、そのときに既存の他の曲がどう動いているかもよく見ています。単に情報がないから動いていなかったのであれば、そこに動線を引いてあげると、リリースからしばらくして売れることもあります。

基本的に、どの曲もポテンシャルは同じだと捉えているので、まだ多くの方に届き切っていない曲に関して、新しい情報を乗せてあげることは、日々考えています。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)

徳力 音楽市場においてストリーミング配信が一般化して、さまざまなデータが取れるようになったのは大きいですよね。従来はCDの販売数しかわからず、実際に家でどのくらい再生されているかは見えなかったのが、現在はYouTubeやSpotifyの再生回数を見れば、誰がどのくらいどんな曲を聴いているかが見えてきます。

屋代 そうですね。我々はアーティストのブランディングにしっかりと取り組んでいかないといけない上で、ある1曲だけが大ヒットしても、アーティストのブランディングにまったく寄与していない状態であれば、あまり良いとはいえません。

「アイドル」をさまざまなところで露出していくときにも、「YOASOBIとしてのブランドがどう上がるか」という視点を常にもって出し方や見せ方を考えました。最近気づいたことは、YOASOBIは「アイドル」だけのアーティストだと思っている人が想像以上に多いということです。そこに気づけると、たとえば「『アイドル』を聴く人は『祝福』も『怪物』も聴くポテンシャルがある人たちだから、これらの曲もオススメしてあげよう」となり、また一気に広がる可能性がありますよね。

徳力 なるほど。最後にひとつだけ、マーケターの人に2人のような視点に到達できるためには、どうすればよいか教えてください。

山本 視野を広げることではないでしょうか。選択肢が3個しか考えつかないか、10個考えつくかで、成功する確率は変わると思います。たとえば徳力さんのような人からはどう思われているのか、ファンの人からはどう思われているのか。それらを踏まえて、いまはどういう選択肢を歩むべきかなど、自分以外のいろいろな人を想像して、できるだけ多くの選択肢を考え出します。その上で結論を出すことで、他の人よりもいいものが選べる確率は上がるでしょうし、同じ選択をする場合でも、選択肢が多いほうが自信を持って突き進めると思います。

制作をしている当事者だと、自分がめちゃくちゃ頑張ったとか、こんなに時間をかけたというバイアスがかかってしまい、選択を歪めることがありますが、我々は実際に音楽やクリエイティブを制作しているわけではありません。そのため時間をかけたかどうかだけで考えることなく、純粋にクリエイティブの良し悪しを判断できると思います。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)

徳力 私から見ると山本さんは業界のプロなのですが、山本さんはあえてプロになりすぎないような視点をもっているということですか。

山本 そうですね。割とひとつの事象に対してフラットの視点を意識して見るようにしていますね。バイラルチャートを見ながら「この曲はこういう動きをするのか」などを見て、「現代の人たちはこういう音楽を聴きたいのか」「世の中ではこういう音楽が流行っているのか」など、世の中に対しても俯瞰するようにしています。

徳力 屋代さんはいかがでしょうか。

屋代 私は「マーケティング」という言葉をほとんど使いません。マーケティングのことをきちんと学んでいる人であればあるほど、用語を使った瞬間に手法やセオリーに縛られてしまう可能性が高いと思います。

たとえば「マーケティング」という言葉を自分の中でNGワードにすることで、選択の幅が広がり、ゼロから物事を考えられるかもしれないですね。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)

徳力 貴重なお話をたくさんいただきました。本日は、ありがとうございました。

※この記事は、徳力基彦とアジェンダノートの共同企画として実施されたインタビュー記事を転載したものです。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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