Yahoo!ニュース

28万人をライブ配信に動員したYOASOBIに学ぶ、ネット時代の新しい音楽の拡げ方

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:YOASOBI公式ツイッターアカウント)

矢継ぎ早にYOASOBIが新しい取り組みを発表して話題になっています。

7月2日にユニクロとコラボした「YOASOBI UT」の発売を開始したかと思えば、新曲「三原色」と「夜に駆ける」の英語バージョン「Into The Night」もリリース。

7月3日の夜にミュージックビデオのYouTubeプレミア公開を実施したかと思えば、さらに本日7月4日の夜にはUTコラボを記念した配信ライブも実施。

ユニクロの有明オフィスからのライブ配信で、ドローンを駆使した映像に加えて後半は大阪桐蔭高等学校吹奏楽部とのコラボも披露。

なんと同時視聴数が28万人を超え、「#UTYOASOBIライブ」など、複数のキーワードがツイッタートレンド入りするなど大きな注目を集めていました。

ライブの後には、日本人アーティストとして初となるYouTubeプレミアムユーザー向けの限定配信も実施。

ユニクロやYouTubeが、YOASOBIを全面的にバックアップしていることが伝わってくるライブとなっていました。

参考:YOASOBI、ドコモ「ahamo」CMソング「三原色」を配信&MVをYouTubeプレミア公開 英語版「夜に駆ける」も配信リリース

真のネット発のアーティスト

今や日本を代表するアーティストの一つであることは間違いないYOASOBIですが、結成されたのは2019年10月と、実はまだ2年もたっていない新しいユニットです。

もともと、ボーカロイドプロデューサーとして活躍していたAyaseさんと、Ayaseさんがインスタグラムの弾き語りを通じて声をかけたikuraさんとが、「小説を音楽にするユニットをやりたい」というネットの小説投稿サイトのプロジェクトをきっかけにして結成されたという特殊な生い立ち。

文字通り、ネットやデジタルを使いこなす「Z世代」と呼ばれるデジタルネイティブによる、新しいスタイルの音楽ユニットと言えます。

Spotifyのような音楽ストリーミングサービスやYouTube経由で着実にファンを増やしながら、昨年5月の緊急事態宣言下での「THE FIRST TAKE」での配信が大ヒットへの大きなきっかけになるという、ネット発のアーティストならではのヒットへのステップを踏んできました。

参考:YOASOBI再登場で話題の「THE FIRST TAKE」に学ぶ、盛れないコンテンツの時代。

なにしろYOASOBIのテレビでの初歌唱は、いきなり昨年のNHK紅白歌合戦だったわけですから、凄い話です。

従来のアーティストの多くが、テレビの歌番組に何度も出ながらファンを増やして、紅白歌合戦の切符をつかんできたことを考えると、YOASOBIが全く異次元のヒットの仕方をしているのが良く分かります。

今回のライブ配信においても、あいまのMCトークのタイミングやYouTubeプレミアムのアフターパーティーで、YouTubeのコメント欄のコメントをリアルタイムに拾うというデジタルネイティブならではのライブ配信中のファンサービスを展開していました。

ライブのレポートを一般視聴者に開放

そんな中、今後注目したいのが、現在YOASOBIが実施している新しい挑戦の数々が、どれだけ日本の他のアーティストに拡がっていくかという点です。

例えばYOASOBIのネット発のアーティストらしい取り組みの一つとしてあげられるのが、ライブ中の写真を使用したレポート記事を誰でも書くことができる「ライブレポート募集企画」

参考:UT×YOASOBIコラボ記念 無料生配信ライブ『SING YOUR WORLD』ライブレポート募集企画実施

投稿先は現在のところはnote限定となっているものの、誰でも指定のハッシュタグをつければ、公式が撮影した写真はもちろん、自分でライブ配信中のスクリーンショットを使用して記事を書くことができるという企画になっており、前回も多様なレポートが寄せられていました。

今回もこれから様々なレポート記事がアップされてくると思われます。

日本ではまだまだ多くのアーティストが、リアルでもオンラインでもライブ中の写真撮影は禁止にしているケースが多いですが、海外ではライブ中の写真撮影どころか動画撮影もOKのケースが多くあります。

もちろん、一般人による写真撮影やスクリーンキャプチャは、肖像権の観点からすると、不正利用が増えるリスクがあります。

ただ、SNS時代においては一般人がシェアしてくれること自体が、ライブの話題や感動を共有できる機会が増えることになります。

YOASOBIはそうした海外のトレンドを日本なりの形で試している先駆者の一人と言えますし、クチコミによって結成1年で紅白歌合戦出場を勝ち取ったYOASOBIならではのファンサービスということも言えるでしょう。

特にYOASOBIのライブレポート募集企画で興味深いのは、2月に実施された配信ライブで一般視聴者としてレポートを書いていた「いち亀」さんが今回はオフィシャルレポーターに選ばれている点。

参考:YOASOBIライブ小説型レポート~YOASOBIが照らす千の一夜の物語~

アーティストのライブをみて、その感動をレポート記事に書いているファンに、オフィシャルな立場に選ばれる可能性を提供するというのは、ファンへの恩返しの要素のあるYOASOBIらしい素晴らしい企画と感じます。

YOASOBI的新翻訳の英語版も発表

さらに、今回の一連のYOASOBIの発表の中で、個人的に最も印象的だったのが、英語版の発表です。

英語版だと思って聞き始めたら、冒頭でいきなり日本語版を間違えてかけたかと錯覚した人は私だけではないはず。

ツイッター上でも多くの人が「空耳アワー」というキーワード共にツイートしていましたが、あえて日本語の歌の語感や発音を重視して、それに近い英単語を組み合わせることで、元々のYOASOBIの歌の世界観を維持したままのYOASOBI的新翻訳とでも呼ぶべき英語版となっているのです。

例えばこんな感じの転換です。

沈むように → Seize a move, you're on me

騒がしい日々に → Saw what got seen hid beneath

YOASOBI「夜に駆ける」 英語版楽曲「Into The Night」

作詞・作曲・編曲:Ayase

訳詞:Konnie Aoki

さらに興味深いのは、今回の「夜に駆ける」の英語版が明確に「英語版第1弾」と明記されている点。

あくまで、「夜に駆ける」だけを英語版にしたわけではなく、今後他の楽曲も英語版にしていくという姿勢が見える発表になっているのです。

ネット発で最初から世界を見据える

従来、日本のアーティストの海外進出というと、ある程度日本で人気が確立してから、満を持しての挑戦になるのが一般的でした。

韓国のアーティストが韓国の国内市場が小さいから最初から世界を見据えて活動しているのに対し、日本のアーティストは国内市場が大きいために、海外進出が後回しになりがちだともいわれてきました。

それがYOASOBIが結成してから2年足らずで、英語版配信にも手をつけてきたというのは、今後海外市場も明確に見据えて活動していくというメッセージでしょう。

これも従来のアーティストのように国内のCD販売を最優先にするのではなく、最初から海外でも聞けるYouTubeのプレミア配信で新曲を発表し、音楽のストリーミングサービスを通じてファンを増やすのが当たり前である、ネット発のアーティストならではのアプローチと言えます。

英語版を出す前から、すでに台湾や香港、シンガポールなどの東南アジアを中心に、既にYOASOBIの人気は拡がり始めているのです。

(出典:Googleトレンド 下は台湾の「YOASOBI」検索数推移)
(出典:Googleトレンド 下は台湾の「YOASOBI」検索数推移)

これは、Netflixのようなグローバルな動画配信サービスの登場によって、アニメ「鬼滅の刃」が国境を越えて多くの人に拡がっているのと同じ構造です。

参考:映画「鬼滅の刃」の海外での大ヒットで考える、日本アニメの新しいヒットの方程式

日本のアーティストも、YOASOBIのように、YouTubeやSpotifyのようなグローバルな音楽配信サービスで最初から世界に向けて公開していけば、海外進出をすると決めて準備をしてから進出しなくても、クチコミでファンが増える可能性が拡がっているわけです。

しかも、今回YOASOBIは、YOASOBI的新翻訳とでもいうべき、元の日本語のメロディーを重視した新しい日本の歌の英語版の出し方をセットで提案してきてくれました。

デジタルネイティブであるYOASOBIの新しい音楽の拡げ方は、すでに従来のJ-POPの常識を越えて、世界標準の拡げ方になっているとも言えます。

私たちが世界の人たちと、コンサート会場で日本語と英語で同時にYOASOBIの歌を歌う日は、そんなに先の未来の話ではないかもしれません。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

徳力基彦の最近の記事