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梅毒感染が過去最悪を更新予測。マッチングアプリ説などを追うと見える多様化・少子化という現実

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
疑わしきは診断を(提供:イメージマート)

 梅毒の患者報告数が現在の方法で統計を取り始めた1999年(※注1)以来最多を記録した昨年を上回る最悪ペースを記録しています。15年頃から顕著に増加して、19、20年に一時減るも20年から再び増えているのです。

 昨今の増加理由はハッキリとわかりません。というのも梅毒は性的接触で広まる(先天性を除く)性感染症で高度なプライバシーを含むため疫学調査での解明が難しいから。とはいえ公開されているデータからおおよそを察するぐらいはできそうです。試みてみました。

低年齢化と異性間での接触が主な経路と強く推察される

 国立感染症研究所によると全体と男女別の増減はほぼ相関しています。感染経路は男性の場合、同性間が目立ったのが15年頃から異性間に逆転されて今は圧倒。もともと同性間が少なかった女性は大半が異性間です。

 つまり近年の感染は異性間での接触が主な経路と強く推察されます。

 次に患者数の男女比。14年は男性約8割:女性約2割。現在は約7対3。「率」だけの比較だと小さな変化のようですが「数」は分母が元から小さく、かつ増加傾向という現象を織り込むと女性が約6倍増と男性の約3倍増を有意に上回っているのです。

 年齢分布では男性だと以前は40代→20代→30代であったのが低年齢化が進んで今では20代がトップ。やや下降しつつ50代まで広まっているのに比して女性は20代に集中しています。

 このデータだけから読み解くと近年の増加は20代女性が顕著に感染し、ほぼ同世代から50代ぐらいの男性が連動しているとなりそうです。

性風俗産業だけで因果関係をつかむのが難しい訳

 感染歴別では男性が性風俗産業利用歴「あり」が35%で女性は性風俗産業従事歴「あり」が37%。おぼろげながら男性が女性から接待されておカネを払う産業構造が感染原因であるとの推測が成立するものの利用歴・従事歴で男女とも「なし」「不明」「記載なし」の合計が大きく上回るため有意とまでは言い切れません。

 そもそも男性が女性から接待されるのは伝統的な性サービスゆえ、一因とまで指摘できても、それだけで近年の大幅な増加傾向は説明できないのです。

 今年はともかく昨年までのコロナ禍にあって感染者が高止まり、ないしは上昇しているのを性風俗産業だけで因果関係をつかむのも難しい。経営が苦境に陥って不適切なサービスを従業者に強いたという例は報告されているものの、そもそもコロナ禍が同産業へ大打撃を与えているわけで緊急事態宣言に伴う休業要請を受け、解除後も小池百合子東京都知事が「夜の街 要注意」のボードを掲げて記者会見していた時期に大いに性的接触を促進する営業などできるはずもなかったといえます。

マッチングアプリ説を単純に当てはめるのは早計

 ここで「マッチングアプリの普及」が特に女性の患者数増に関係しているのではないかという想像が一定程度の説得力を持って語られ出したのです。

 財務省総合政策課のリポートによると国内のオンライン恋活・婚活マッチングサービス市場規模は17年の約200億円から23年は約900億円(予測値)と大幅に拡大。新たな出会いの場を提供しています。

 他の調査でもアプリ利用率は20代が最も高く定額制で在来の従量課金サービスより割安で、会員を増やすべく提供側が女性無料の設定をしているケースも目立つのです。確かに因果関係を求めたくなる状態ではあります。

 ただマッチングアプリが人気化する要因は期待する条件を満たした相手を探せる点にあり、目的も「恋活・婚活」のはず。いくら気軽でも20代女性が会った相手とやみくもに性交渉し、かつ相手が原因菌の保有者であるという図式を単純に当てはめるのは早計でしょう。

 男性の感染者がやや年配まで広がっているため、こちら側に性行為のみを目的とする利用者(ネットスラングの「ヤリモク」)が相当数いると仮定しても年の離れたオッサンと20代女性がたやすくそうなるかというと甚だ疑問。

 とはいえ真面目な「恋活・婚活」と性行為を切り離して論じるのも変な話。気に入ればそうなって今日の我々が存在するのだから。

広義の「性産業」が多様化してフリーランスも

 性交渉相手が保菌者でなく、自らも異なれば梅毒には感染しません。蓋然性の問題として不特定多数の異性と行為を重ねただけ保菌者になりやすい。ネット上で「ヤリモク男」(忌避の対象として多く用いられる)の語が氾らんしている時点で実態不明ながら一定数はいるのでしょう。彼らにとってアプリが目的達成の手段に有効なのは間違いない。

 他方、20代女性が不特定多数と性交渉する場合、広義の「性産業」が多様化している点が挙げられそうです。いわゆる「パパ活」は昔からある「愛人」より男性1人の拘束性および負担が弱く、金銭のみを目的とする売春より交際性が高い。10月に警視庁が取り締まり状況を発表した「立ちんぼ」も4割はホストクラブなどへ注ぎ込んだ高額な支払いに稼ぎを充てていたというから遊興目的となります。

 両者に共通しているのはフリーランスである点。パパ活に関してはネットの存在が活動を可能にしたといえ、立ちんぼは店舗に中抜きされず全額を自由に設定できるのです。ケツ持ちを気取っていた組員のヒモは暴力団自体が締め上げられて雲散霧消。

 その代わりに梅毒など性病の危険回避も自己責任で負わなければなりません。店舗に属していたら店側が最大の経営リスクである性感染症対策を立てていて血液検査も定期的に受けさせるほどだから。

未婚化抑制に好ましい結果を残している側面

 このリスクとメリットの管理を怠ると女性もスプレッダー化する恐れが出てきます。男性から感染して次の相手に今度は自分が移してしまう。近年の傾向として地方の感染増が問題視されていて佐賀県や宮崎県、香川県、石川県および熊本県が現時点で過去最多を更新。男女問わず出先の大都市から持ち帰ったのかもしれません。特定のパートナー(夫婦や恋人)としかセックスしない人にまで広がってもいるのです。

 ではマッチングアプリやホストクラブを規制すればいいのかというと、ことはそう簡単ではありません。アプリで婚活して結婚にまで至った者の数および率はいずれも「ネット系サービス」が既にトップ。政府は未婚化が少子化の原因と認識しているから(※注2)アプリは好ましい結果を残しているのです。

 東京都区内で我が物顔で走るホストクラブの派手なアドトラックをみるたび、筆者などは「諸悪の根源! なくしてしまえ」と思ったりするものの大金を投じる女性と、それに見合うサービスを提供しているホストが納得ずくならば第三者がとやかくいえません。

見逃せない何の罪もない赤ちゃんの先天梅毒増加

 だからといってまん延を放置していいはずがないのも事実。今後特に不安視されるのが先天梅毒の増加です。今月に入ってアメリカ疾病対策センター(CDC)が新生児ベースで過去10年で10倍以上に増えたと公表して注意を促しました。日本も過去最悪を今年、更新したのです。

 梅毒は治る病気とはいえ長期に渡って消えたり現れたりする特性を持っていて妊婦健診で初めて罹患を知るケースもしばしば。感染後に妊娠したら母体こそ完治しても赤ちゃんの方まで防げるとは限りません。

 梅毒はその性質上「自業自得だ」とみなされがちだし、確かにそういう側面もあるとはいえ赤ちゃんには何の罪もないのです。

※注1:同年から感染症法上の「5類感染症」とされ全数把握が義務づけられた。

※注2:筆者個人はそう考えていません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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