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騒然とするイスラエル・パレスチナ問題の基本用語を指差確認してみた

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
混迷の度は深い(提供:イメージマート)

(続編タイトルが「イスラエル・パレスチナ問題の基本用語の指差確認続編。関係国・地域や「三枚舌外交」など」。合わせてご覧下さい)

 7日、パレスチナ自治政府ガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」がイスラエルへ大規模な奇襲攻撃を加えました。多くの死傷者を出したイスラエル側は直ちに空爆で応酬。「(ハマスを)地上から一掃する」と地上戦開始の危機も高まるばかりです。

 背景に横たわるイスラエル・パレスチナ問題は国際情勢を知るうちで複雑怪奇な「最大の難問」の1つ。そこで今回は混迷著しい課題を大胆に捨象して基本用語に焦点を当てる試みをしてみます。

パレスチナとパレスチナ人

 「パレスチナ」は地域の呼称です。今回の紛争の当事者であるイスラエルとガザ地区に加えてヨルダン川西岸地区などを含みます。

 「パレスチナ人」は当地に先祖代々住んでいたアラビア人(アラブ)を指す言葉です。アラビア人とはアラビア語を話す民族で、多くがイスラム教徒。パレスチナ周辺に存在する多くの国の多数派民族でもあります。

 「パレスチナ」は長らくオスマン帝国の支配下に置かれていて、帝国が第1次世界大戦で敗れて勝った側であるイギリスの委任統治領(実質的には植民地)となったのです。

ユダヤ人

 ユダヤ人は一般的にはユダヤ教徒を指す言葉です。キリスト教における旧約聖書を、より具体的にいえば、そこに出てくるモーセの教えに忠実な人々。

 ただユダヤ教徒の子はユダヤ人との見方も当然視されていて必ずしも敬虔な教徒とまでいえない者も含まれるのです。

 というのも民族名がおおよそ言語で規定されるところ「ユダヤ人」は宗教。古代に亡国したユダヤ人は迫害を受けながら世界中で生きてきました。海外ではアメリカに多く、彼ら彼女らの多くはアメリカ人。「アメリカ人のユダヤ人」が多数いるというわけです。

イスラエル

 長らく国を持たなかったユダヤ人にとって建国は悲願でした。ユダヤには以前よりパレスチナを「約束の地」(旧約聖書による)と考え、そこに国を造ろうとする運動が盛んでした。

 第2次世界大戦終了後、できたばかりの国際連合は47年、パレスチナにおけるイギリスの委任統治を終わらせ、面積で約6割弱をユダヤ人に、4割強をパレスチナ人に分割して独立させる決議を採択。おおむね賛同したユダヤ人側が決議にしたがって建国したのがイスラエルです。

ガザとヨルダン川西岸

 他方、当地に先祖代々住んでいたパレスチナ人は到底「そうですか」と受け入れません。それは同一民族の周辺アラブ国家も一緒でイスラエルとの第1次中東戦争へと発展。

 多勢に無勢でイスラエルの敗色濃厚だったところパレスチナ人の処遇よりも自国領拡大の野心を抱いたエジプトやヨルダンの動きもあって全アラブの足並みがそろわずにまさかの敗北。結局イスラエル領は8割にまで拡大してしまいました。

 67年に発生した第3次中東戦争もイスラエルがアラブに圧勝。エジプトからガザ地区を、ヨルダンからヨルダン川西岸を、それぞれ占領したのです。

PLOとファタハ

 かくして先祖伝来の地を失ったパレスチナ人が自立・独立をめざすために集った組織がパレスチナ解放機構(PLO)。いくつかの派閥のなかで最大のファタハを創設したアラファトが69年にPLO議長へ就任します。

オスロ合意

 イスラエルはパレスチナ・ゲリラなどから攻撃されて日常生活を脅かされる状況を、パレスチナは自国民の領土確立をそれぞれ願っているという見方(平和と土地の交換論)から、イスラエル首脳が紛争解決に独自のノウハウを持つノルウェーを仲介にしてパレスチナ側と首都オスロで秘密交渉を開始したのが93年

 その結果、両者は相互承認を行い、それを受けてアメリカのクリントン大統領もPLOをパレスチナの唯一の合法的代表と認め、ホワイトハウスでイスラエルのラビン首相とアラファト議長との間で「パレスチナ暫定自治に関する原則宣言」(オスロ合意)が同年に調印されたのです。

パレスチナ自治政府

 翌年からガザ地区とヨルダン川西岸でパレスチナ自治政府が始動。96年の総選挙でアラファト大統領選出、議会の圧倒的多数をファタハが占める結果となりました。

 自治政府としては西岸地区の多くにイスラエル軍が警察権や行政権まで行使している現状を改善したい。ユダヤ人の入植(移住)が進んでいるのも反対していて火種としてくすぶり続けているのです。

ハマス

 今回、イスラエルへ奇襲をかけた「ハマス」という組織はPLOに属しません。1987年にガザ地区でイスラム指導者のヤシン師が創設して以来、イスラエルの生存権を認めず自爆攻撃を繰り返してきた一方で福祉、医療、教育活動を熱心に展開してパレスチナ人の草の根に浸透していきました。アメリカはハマスを「テロ組織」に指定。

 2004年、アラファト議長が死去し、盟友のアッバス・ファタハ議長がPLO議長へ、次いで大統領に就任。しかし06年の評議会(国会)議員選挙でハマスに大勝を許してしまうのです。

 ファタハ政権ではパレスチナ人の多くが希望する入植の凍結や自治区内からのイスラエル軍の撤退などがなかなか改善しないのにいら立ち、自治政府の無力ぶりにあきれてハマス路線を支持しました。結果をイスラエル側からとらえれば「交換」で得たはずの「平和」にほど遠いと強硬姿勢がさらにエスカレートしていくサインとみなされたのです。

イスラエルの今後の出方

 07年にハマスがガザ地区を武力占拠して以降の自治政府は事実上「アッバス議長率いる西岸地区」と「ハマスのガザ地区」へと分断されてしまいました。アッバス政権そのものさえハマスは正統性を認めていない状況です。元来の強硬姿勢が今回の紛争を招いたといえましょう。

 イスラエルの安全保障における基本は「煽るな」との批判を承知で敢えて申せば「倍返し」。建国以来数次の戦争を戦い抜き、いったん大打撃を受けても、それに数倍する苛烈な戦闘で巻き返してきました。今回も奇襲で受けた被害が大きい分だけ強力な反撃に出るのは間違いなし。「(ハマスを)地上から一掃する」も文字通り取ってよさそうで戦闘激化は避けられそうもなさそうです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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