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千代大龍引退で思う「親方株不足」。照ノ富士も大関経験者も安泰ではない。次の空きは何と2026年

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
第2の人生に幸あれと願うには違いないけど(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 元小結・千代大龍が引退しました。日本相撲協会には残らないとの意向だそうです。ただ彼の実績は引退後、親方として第2の人生を歩める基準を軽くクリアしていました。

 今年は名古屋場所でも38歳の小結・松鳳山が親方とならず角界を去るという選択をして驚かれました。千代大龍は34歳。激しい格闘技である相撲ではベテランの域に達しています。

 そこで今回はご本人の意思にかかわらず、近い将来「親方になりたくてもなれない」深刻な状態が確実にやってくるというデータをご紹介して読者の皆様と考えていきたく思います。

現時点で空き株は2つ

 まずは千代大龍。部屋付き親方になれる条件である「小結以上を務めた」「幕内在位通算20場所以上」「十両以上在位通算30場所以上」をすべてクリア(幕内だけで58場所)しているから、こちらの方は文句なしです。

 ただ日本相撲協会で親方となるには105ある年寄名跡を獲得しなければなりません。現在、空き株は2つ。うち1つ(君ヶ濱)は現役の隠岐の海が所有しているので、残る「佐ノ山」株(協会所有)で襲名するのではないかという観測もあったのです。「佐ノ山」はかつて師匠の九重親方(元千代大海)が名乗っていた部屋ゆかりの名跡だったから。

 実はこうした好条件はもはや訪れない恐れが次第に高まっています。一度、年寄名跡を襲名すると、一時襲名を除いて65歳まで務められる上に、2014年から始まった再雇用制度で希望すれば70歳まで協会に残れるようになったので。

 かつては競技上の性質も相まって比較的早く死去する傾向もみられた元力士も近年は長寿をまっとうする方も珍しくありません。それ自体は結構な話なのですが、こと名跡の数に絞って考えると、この制度によって将来は間違いなく不足しそうなのです。

「一時的襲名」という裏技も浮動可は6席

 空き株2を除いた103の名跡は現在、誰かが襲名しています。うち「一時的襲名」という名の裏技で実際は借りて名乗っている親方が8人。うち2つは現役力士がすでに所有しているため、浮動する可能性があるのは6つです。

 うち3つ(桐山・出来山・大山)は再雇用期間を満了ないしは、ほぼ満了した所有者が21年~22年に退職していて正式後継者がまだ決まっていないという感じ。「井筒」は部屋を経営していた元関脇・逆鉾が19年に急逝し遺族が所有しています。現在、一時襲名している元関脇・豊ノ島も名力士でしたが井筒親方が育てた最高傑作たる元横綱・鶴竜が横綱特例の「引退後5年間は四股名のまま親方業ができる」を使用して待機中とも。

 「錦島」は所有者の元大関・朝潮が再雇用期間中に発生した高砂部屋の不祥事の責任を取って21年に慌ただしく退職した余波が残ったまま。残る「振分」も東関部屋閉鎖のバタバタが尾を引いている状態です。

 年寄名跡はできれば同じ部屋の弟子へ、かなわなくても部屋が属する5つの「一門」内で継承するという不文律があります。後述のように今後の年寄株の供給が需要を大きく下回るのが予測されるため、怪我に悩まされながら最高位に上り詰め、日本国籍も取得した元横綱・照ノ富士(伊勢ヶ浜部屋)が同一門の「桐山」を正式襲名するとの声も聞かれているのです。

大関経験者や実績十分の力士も椅子がない

 残りの95の名跡は正規取得者によって占められています。うち再雇用が7人。最も年長である「峰崎」「湊川」(いずれも二所ノ関一門)ですら再雇用期間の満了は2026年。つまり3年以上にわたって空きがない状態となります。

 現役力士のうち、すでに株を取得している遠藤、阿武咲、隠岐の海以外の現役にも資格十分あるいは今後の働きが大いに期待できる力士はたくさんいるから下手すると「親方になりたくてもなれない」が続出するかもしれません。

 横綱の次に位する大関は経験者も含めて現在6人。正代(31歳)、貴景勝(26歳)、御嶽海(29歳)、高安(32歳)、栃ノ心(35歳)、朝乃山(28歳)で貴景勝以外は案外と年を取っています(注:栃ノ心は外国籍ゆえ名跡を継げない)。近年引退した大関で比較すると豪栄道33歳、琴奨菊36歳。まあこれぐらいでしょう。

 例えば高安は幸いにも二所一門だから「峰崎」あたりが有望とはいえ26年5月10日までは現役を貫く必要があります。

 三役経験者でも帰化申請中で現役トップの通算勝利を誇る玉鷲(37歳)や国籍を得た碧山(36歳)も、その動きから「現役後も角界に貢献したい」意思があるのは明らか。玉鷲は二所一門とはいえ40歳ぐらいまでは現役続行が必要。碧山は出羽海一門です。現在65歳未満の親方が全員、再雇用を申請してまっとうしたと想定すると出羽の名跡は28年まで待たなければなりません。さすがに厳しいので一時襲名の名跡のうち3つある出羽株を取得するように動くのが現実的かも。

 他にも宝富士(35歳・伊勢ヶ濱一門)、妙義龍(36歳・出羽一門)といった立派な成績を既に残した力士はどう処遇するのでしょうか。妙義龍は碧山と同じ条件。宝富士は「桐山」を照ノ富士にあてがったとしたら27年に「間垣」が空くを待つほかなさそうです。

今後10年の残席数は?

 前述の通り親方がすべて再雇用の70歳まで勤めると仮定したら年寄名跡が空く数は以下の通りです。

2026年……2席(二所2)

2027年……5席(二所2・時津風2・伊勢ヶ浜1)

2028年……2席(出羽1・時津風1)

2029年……2席(二所1・時津風1)

2030年……4席(二所2・伊勢ヶ浜1・高砂1)

2031年……1席(二所1)

 大変狭き門です。高砂に至っては総帥部屋に九重部屋および理事長の八角部屋まで含まれて多士済々。伊勢ヶ浜も総帥部屋に幕内だけで6人も活躍しています。とても賄えるとは思えません。

 最大の問題は再雇用後も名跡を名乗らなければならないという謎ルールです。「参与」という肩書きを与えられて部屋経営や理事など役員にはタッチできず豊富な経験を生かして国技に貢献するアドバイザーのような嘱託です。ならば本名か現役四股名名で十分務まるのではないでしょうか。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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