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円安による物価高でまたもや巻き起こる「日銀、諸悪の根源」論の正当性と危うさと

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 円安が問題視されています。輸入価格を押し上げ、特にエネルギーや食料品のコスト上昇は生活全般を直撃し、「値上げの秋」が訪れて庶民を苦しめているのです。

 背景にアメリカの急激なドルの利上げ(9月時点で上限3.25%)でゼロ金利のままの日本との差が大きく開き、円を売ってドルを買う流れが強まっている点が指摘されています。ドルはアメリカに止まらない基軸通貨だから影響は甚大。そこで「日本も金融政策を転換して利上げも視野に入れるべきだ」との声があがってきたのも当然でしょう。

 しかし過去の金融政策を振り返ると容易ではありません。

政策金利を上下させる伝統的金融政策の終えん

 一般に日本で「金利」と呼ばれているのは短期金利。「無担保コール翌日物」といって金融機関が資金の過不足を調整する市場を指します。伝統的金融政策と呼ばれます。

 「市場」といってもどこかの場所で建物があって……というわけではありません。銀行など金融機関は、その日その時たまたま資金の過不足へ陥るのは当たり前。お互いさまなので担保(借金のカタ)を取らずに(=無担保)電話一本で「何とかしてよ」と仲間に頼むといったイメージ(=コール)で貸し借りして翌営業日(=翌日物)には返す約束をする行為を指すのです。日本銀行が定める、この市場での誘導目標が短期金利。最も安全かつ短い市場での金利であるため、すべてに影響を及ぼし得ます。

 ただし、この市場での金利は近年だと07年2月に0.5%を付けたのが最高で08年9月の「リーマンショック」で金融システム崩壊の危機にさらされて翌年12月に0.1%まで下げた後、10年10月、今も続くゼロ金利へと移行したのです。

 当時の日本は長らく続く物価下降状態(デフレ)に苦しんでいました。金利をゼロにしても資金需要は低迷。定食屋さんで例えるとタダでも食べてくれない状態に近いのです。

「黒田バズーカ」で大転換したお札の量での刺激策

 そこで日銀は同時に「包括緩和」をスタートさせました。これを大胆に拡充したのが13年4月からの量的・質的金融緩和。通称「異次元緩和」ないしは就任したての黒田東彦日銀総裁の名から「黒田バズーカ」などとも呼ばれた政策変更で非伝統的金融政策です。

 ここで金融政策は「金利」操作から資金の量へと大転換。タダでもダメならば食事を口に突っ込んでしまうような方法といえます。

 資金の量、つまりお札の量を増やす政策ですから、当然、為替は円安に振れるのです。「異次元緩和」を為替からみれば円安誘導以外の何ものでもありません。

 それでも当初の消費者物価指数を前年比で2%上げるという目標になかなか達しません。そこで日銀はさらなる深掘りを繰り出すのです。

 16年1月には金融機関が日銀に預けているお金の一部にマイナス金利を導入。16年9月からは長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)をスタートさせました。本来、日銀が直接操作できない長期金利(代表例が10年満期の新規発行国債の利回り)を0%に誘導するという内容で今日、主要国のどこも採用していない奇策といえます。

もはや芸術の域にあるイールドカーブ・コントロール

 以上をまとめると時系列に以下の通り。

①10年 ゼロ金利

②13年 「異次元緩和」で本格的に金融政策が金利から資金量へと変更

③16年 1月、マイナス金利導入

④    9月、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)スタート

 ここで冒頭の「日本も利上げを」を実現するには④③②を解消してやっと①のゼロへとたどり着き、さて……という順番となるはずです。修正するには原則として新たに設けたハードルから解消しないと金融政策自体が矛盾してしまってメチャクチャになりかねません。

 とりあえず③と④を止めるとして、実際はなかなかに難しい。長短金利操作に至っては「イールドカーブを寝かせる」などと表現され明確な因果関係が誰にも説明できない世界。政策とか方針というより芸術に近いのです。マイナス金利も名が示すとおり存在自体が矛盾しています。ザックリいえば「あってはならない状態」。

 ③④を何とか消化しても大難問が②の取りやめです。現在、国の借金である国債(発行済み)の約半分を日銀が保有していますが、その流れを断ち切れば国債の金利が暴騰して日銀は大赤字。債務超過も必至です。政府の借金返済(国債費)支出も連れて膨れ上がり財政を死活的に追い詰めるでしょう。

アメリカのメリハリをつけた量的緩和と利上げ

 米欧も似た政策を採りながら何とか利上げにこぎ着けています。違いを観察してみましょう。

 アメリカの中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)も危機的状況の時に量的緩和策(QE)を過去3回試みました。ただしズルズルと引き延ばしません。自国が震源地であったリーマンショックによるデフレ不安で発動したQE1は08年11月から10年6月まで。QE2も10年11月から11年6月。最後のQE3は日本と同じく物価目標2%に設定し「雇用環境が著しく改善するまで続ける」と宣言して12年9月から始めましたが、2%に達しない状況下でも失業率がリーマン前まで回復とみなすや14年10月に終えています。その上で15年12月、ゼロ金利を解除して18年12月には2.50%まで上げました。その後の米中貿易戦争やコロナ禍で20年3月、実質的なゼロ金利を復活させるもトンネルを抜けたとみるや今年4月に0.5%まで利上げして以降5月、6月、7月、9月と立て続けに引き上げて今や3.25%を付けています。

 先の日本のケースだとアメリカは①と②しか行わず、②も期間限定で手仕舞いして今や①を超えて伝統的な金利政策でインフレ退治にやっきです。

日本に近い欧州中央銀行のコントロール

 ではユーロを管理する欧州中央銀行(ECB)はどうでしょうか。こちらの方が日本に近いので参考になりそうです。

 まずはマイナス金利からスタートしました(14年6月)。やや遅れて15年1月から量的緩和を始めます。終えたのは今年1月。同月にはマイナス金利も取りやめました。

 つまりECBは①→③→②の順で緩和し約7~8年維持した後に解消したのです。そして7月に政策金利を0から0.5%へ、さらに9月、1.25%に引き上げています。

 すなわちECBの量的緩和は15年1月からで、マイナス金利が14年6月、日本の「異次元緩和」が13年4月からでマイナス金利が16年1月と似通っているのです。

日銀だけが悪いのか

 気をつけておきたいのは円安を始めとするさまざまな経済現象を日銀の金融政策のみに帰着させる危うさ。政府が立案・執行して国会が承認する財政政策や法などを根拠にする規制のあり方などを総合的に勘案するべきです。

 経済の方向性が不安定になると必ず出てくるのが「日銀、諸悪の根源」論。現在批判の的となっている異次元緩和も、そこに踏み込まない日銀を「諸悪の根源」とみなした勢力によって導入されたともいえます。緩和しない日銀が悪い、緩和政策を続ける日銀が悪い。諸悪の根源だという論法は一面的なのです。

 「日銀、諸悪の根源」論を唱えていれば責任が回避できる面々は誰か。目をこらしておきたいポイントといえましょう。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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