なぜ今頃になって読売新聞が「桜」疑惑を報じ出したのか。「関係者」とはだれか。起訴か不起訴か略式起訴か。似たケースは過去にあるか。安倍晋三前首相の関与・不関与はどのようにして証明されるのか……などをまとめてみました。

決して意外ではない読売の「桜」スクープ

 読売新聞のスクープは意外感を持って受け止められました。「政権寄りの読売が」と。いち早く後追いしたNHKに対しても。

 しかしこと「桜を見る会」に関して読売は当初から厳しく批判していたのです。

・(前夜祭について)「首相が代表を務める政治団体の政治資金収支報告書に記載がないとして問題視している。首相側には説明責任が生じよう」(2019年11月14日社説)

・「長期政権のおごり」「公私混同との批判が出るのも無理はない」(同日[よみうり寸評)

・「『桜を見る会』にげんなりする」(15日[編集手帳])

・「たとえ資金面の問題はなくとも、慎重な催しとは言えまい。会の参加者は約800人だという。長期政権の傲(おご)りだろう」(19日[編集手帳])

・(「桜を見る会」の)「趣旨に反して、首相の事務所は、地元の後援会員らを多数招待していた。長期政権の緩みや驕(おご)りの表れと言えよう」(20日社説)

 しかも今回のネタは先頃まで首相を務めていた人物が東京地検特捜部に目をつけられて関係者が事情を聞かれており、その内容も具体的に知り得ています。こんな極上情報をつかんで「書かない」とあきらめる記者はいません。むしろ紙面化してくれなければ辞表を叩きつけるでしょう。

 一般に朝日・毎日・東京が反政権で読売・日経・産経が政権寄りとみなされます。でもそれはあったにしてもオピニオンの違い。現場は特ダネを競って日々明け暮れているのです。毎日だから朝日にシンパシーを抱き、読売に嫌悪感を持つなどない。皆がライバルです。

「関係者」「安倍氏周辺」とは

 「情報源の秘匿」は報道する者にとって最低にして最高のモラルですから一般論として考えてみます。

 一連の読売報道のうち特捜が安倍前首相の公設第1秘書など20人以上から任意で事情聴取してホテル側からも明細書などの提出を受けて分析中という第一報は「関係者の話」で「差額の計800万円超を安倍氏側が補てん」も同様。一方で「ホテルへの支払い不足分を事務所側で補填していたと認めた」のは「安倍氏周辺」で「読売新聞の取材に対し」としています。

 補てんの事実や金額などをさほど詳細に知っているのは捜査当局と「公設第1秘書」など限られた「安倍氏周辺」ぐらい。他にあるとすれば「桜」疑惑が発覚して時を経ているので公職選挙法違反を主に担う都道府県警察やその情報を知り得る警察庁(およびそこに連なる官僚組織)ぐらい。「安倍氏周辺」でも単なる支援者程度ではここまで明確にわかりません。

ベラベラと記者にリークする検事はいない

 であれば主たる情報源は特捜と断定していいか……というとそう簡単ではないはずです。「特捜部のリーク」などと述べると検事が知り合いの記者に歩み寄ってきて「こーんなどでかいネタがあるよ」とコッソリ教えてくれるみたいな絵をイメージしがちでしょう。まずありません。彼らはいつも仏頂面ですから。

 捜査検事と記者クラブによる「地検と飲む」といった会合で宴たけなわとなり検察官が秘蔵の情報を提供してくれる……といったケースがなくもないのですが、ガチで捜査中の主要案件は絶対といっていいほど披露されません。あったとして無理筋で諦めているけど「もし立件できたら面白いよね」ぐらいの話。しかも知るのは記者クラブ全員なので読売以外が酔いつぶれていたという特殊な環境でないと特ダネにはならないのです。

 ただここから敷衍して推測するのは可能です。「桜を見る会」疑惑で安倍前首相自身を立件するのは後述するように非常に難しいので「諦めたネタ」として教えてくれたと。それでも公設秘書の立件だけで政治的にはとてもインパクトがあるのは周知の事実だから、やはりベラベラしゃべるとは考えにくい。

 一方で報道側が独自に疑惑を追うのは日常茶飯事です。捜査権こそありませんが疑いの核心に迫っていく過程は当局と極めてよく似る形となります。ある程度固まってきたら「事件性あり?」レベルで報道するかどうかは当局にその情報を当てて反応を見て決めるのが普通。その際に無言であったりアイコンタクトで「いけてるかもよ」程度の反応が得られれば「当局も重大な関心を寄せている模様だ」といった文末で書けます。

 「桜を見る会」疑惑の傍証は意外と取りやすい。約800人の参加者の大半が領収書を持っているはずなので(首相答弁が事実ならば)片端から聞くもよし、数次にわたって告発されているので弁護士グループから話をうかがう(たくさんしゃべってくれる)もよし。ホテル側から絶対匿名を条件で「どうよ」と取材する手もあります。20人もいたならば1人ぐらい「特捜にこんなことを聞かれた」と教えてもくれましょう。

 こうした地道な取材を積み重ね「桜」疑惑の一番攻めやすい政治資金収支報告書への不記載(事実)と前夜祭で「参加者約800人、1人当たり会費5000円を安倍事務所は集金しただけで、そのままホテルに渡した」というファンタジーのような首相答弁との齟齬を突いていった結果、当局も黙認したというあたりが中心ではないでしょうか。むろんそうさせた何かが政治的に存在した可能性はありますけど。

捜査スタート時は合点がいく

 特捜部の捜査は10月頃から本格化したようです。これも合点がいきます。まずカレンダーから

2020年7月17日 林真琴氏が新検事総長に就任

    7月31日 新河隆志氏が新東京地検特捜部長に就任

    9月16日 安倍首相が退任

 現職首相は憲法75条「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」の定めによって「訴追」(ほぼイコール起訴)はできません。ゆえに仮に内偵していたとしても安倍氏本人を含む本格的な疑惑解明は退任以降が現実的です。

 新しい陣容に検察が改まり、75条の制約もなくなって10月頃からスタートしたというのに違和感はないのですけど容疑は何でしょうか。おそらく安倍前首相本人ないしは事務所・後援会に対する公職選挙法(公選法)および政治資金規正法違反です。

公選法違反容疑が難しい訳

 公選法(買収ないし寄附の禁止)違反だと秘書が禁固刑以上で判決が確定すると場合によっては連座制が適用されて安倍氏の衆議院議員の身分を失うおそれがでてきます。しかし立件はとても難しい。

 買収は「当選を得」る(安倍氏の場合は衆議院議員総選挙)目的であるのを証明しなければなりませんが、公訴時効3年の間で総選挙は含まれたとしても2017年10月22日しかなく「桜を見る会」とその前夜祭が開かれた4月中下旬と離れています。

 寄附の禁止違反もハードルは高い。ダメなのは候補者本人(=安倍氏)が「選挙区内にある者」(衆議院山口4区)に「してはならない」です。ただし「講習会その他の政治教育のための集会」は例外にできます。それでも「通常用いられる程度の食事の提供」以上のもてなしや食事の実費補償はアウトで「前夜祭は一流ホテルで大々的になされた饗宴じゃないか」と突っ込めなくもないものの線引きがあいまいな上に仮に補てんがあったとしても全額を安倍後援会などが持ったわけでもないので「これぞ」という証拠が突きつけられかというと……。

 というわけで政治資金規正法の不記載が「本命」として浮上します。これまでの報道では後援会の会計責任者である公設第1秘書らが安倍氏に黙って記載しなかったと話しているようです。そうと認定されれば立件される範囲に安倍氏は入らないでしょう。逆に安倍氏が「書くな」と指示したとか気づいたのに放置しておいたという「認識」が証明できたら安倍氏の起訴も可能です。

12月立件の特長と検察が来年を嫌がる理由

 季節はすでに12月。今年の御用納めは28日なので検察の勾留期間(10日×2回)から逆算すると、もし身柄を取るような事態に発展するとしたら7・8日が1つの目安です。公設秘書などを対象とするならば28日までに、起訴・不起訴・略式起訴の判断を検察がするでしょう。容疑はやはり政治資金規正法違反。

 年を越すと何かと厄介です。安倍氏本人の立件は見送るとしても年明け早々に最低150日は費やす通常国会が始まるので「秘書逮捕」レベルでも国会に大きな影響を与えてしまいます。伝統的にこうした状況を検察は嫌います。

 21年は衆議院議員任期満了が控えていて総選挙が必ず行われる。その時期は菅首相の胸三寸ですから、そこへ掛かる捜査も検察はしにくいはず。

 時効の問題も重なります。収支報告書不記載(あるいは虚偽記載)の時効は5年。報道によると検察は19年からさかのぼって5年間の補てん額などの資料と証言を整えつつあります。時間が経つにつれて古い順から時効となってしまうので避けたいところ。その間に今は首相答弁通り「不記載ではない」との建て前から行っていない報告書の訂正を一転してなされてしまうと、それが「正」になってしまいます。

「不起訴処分」の場合

 すでに安倍後援会の責任者が補てんを事実上認め、ホテル側からの資料なども押収しているであろうから秘書らに関しては不起訴処分のうち「嫌疑なし」「嫌疑不十分」はしにくい。あるとすれば「起訴猶予」(お上にも情けがあるぞよ処分)ですが、世論の反発が怖い上に検察審査会という厄介を抱え込むのです。09年以降、検審が2回連続で「起訴相当」と判断したら強制起訴される仕組みに改まっています。起訴猶予は「裁判にかけたら十分に有罪へ持ち込める」が前提ですので強制起訴の可能性は大きいと推測されましょう。

 代表例が小沢一郎衆議院議員の「陸山会事件」。10年、政治資金規正法違反容疑で特捜部が秘書らを逮捕・起訴されるも小沢氏は「嫌疑不十分」で不起訴。検審の強制起訴で小沢氏は訴追されるも無罪判決が確定しています。

略式起訴の場合

 では略式起訴はどうでしょうか。「軽微な犯罪」と検察が判断した場合です。思い出されるのが「金丸事件」。1992年、当時の自民党実力者であった金丸信衆議院議員を規正法違反で略式起訴し、氏は罰金20万円の略式命令を受けました。生ぬる過ぎるとの激しい批判が検察に寄せられました。

 「桜」疑惑の不記載分は補てん額とされる約900万円のみならず会費分も含めれば約4000万円。金丸事件での容疑は約5億円でしたから「金額が桁違い」と略式の妥当性ありとみなせる一方で「金丸事件」は何はともあれ議員本人が罪に問われたのに対し「桜」の方は秘書などに止まりそうです。果たして世論は納得するでしょうか。

正式起訴の場合

 最後の「起訴」は秘書らを正式裁判にかけるというもの。近年では2015年の小渕優子衆議院議員の疑惑で特捜が秘書経験者らを政治資金規正法違反で在宅起訴した半面で小渕議員は「嫌疑不十分」で不起訴となりました。小渕氏自身は検審が「不起訴相当」と議決して終了しています。

 もし「桜」疑惑が秘書らの略式起訴に止まれば、秘書らが正式裁判で裁かれた「陸山会事件」や小渕氏のケースよりも、議員本人が問われた「金丸事件」より軽い扱いとなります。

謎のままのカネの出所

 現時点でよくわからないのが補てんしたカネの出所です。報道によるとホテルの領収書は安倍氏を代表とする資金管理団体宛てに発行されています。公設第1秘書は「前夜祭」主催の後援会の代表。金銭スキャンダルを立件するのにカネの出所と流れを把握するのは捜査のイロハですから安倍氏本人の聴取は行われるでしょう。

 もしそれなしで略式起訴に踏み込んだら簡易裁判所が「略式不相当」と判断しかねません。検察は赤っ恥で舞台は公開の法廷へ移ります。「金丸事件」でさえ本人の「上申書」がありました。安倍氏の意思が書面でまったく示されないままの略式命令は不自然です。