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「国民1人10万円給付」を決めた補正予算案修正の何が「異例」か

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
ありがたいには違いないけど(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 安倍晋三首相が16日、新型コロナウイルス対策を盛り込んだ補正予算案を組み替え、国民1人に10万円を給付する考えを明らかにしました。「極めて異例」と報じられています。何が異例か、補正予算とはそもそも何かを考えてみました。

補正予算とは

 通常、単に「予算」という場合は年度(当年4月1日から翌年3月31日まで)に入ってくるカネと使い道を示した「一般会計予算」です。「当初予算」ともいいます。今年度(2020年4月1日~)は3月27日に政府案通りに可決成立しました。

 補正予算とは年度途中(2020年4月1日~)で当初予算が見通せなかった事態が生じて追加支出が必要となった時に組まれます。

何が異例なのか

 予算の種類(当初、補正、暫定など)に関わらず案は行政トップの内閣が閣議決定して国会に提出されます。衆参の予算委員会で可決され、さらに本会議で可決成立するのが普通です。今話題の補正予算案は4月7日に閣議決定され20日にも国会へ提出する運びでした。そこにはなかった「1人10万円」の経済対策を盛り込むには閣議決定をいったんほごにして組み替え、再び閣議決定しなければなりません。

 閣議決定は内閣の構成員で行います。内閣は通常、与党(首相の味方)の国務大臣と首相がメンバーです。現内閣も自民・公明出身の国会議員が占めているのです。

 ゆえに閣議決定の内容に野党(首相の味方以外)がワーワー批判するのは恒例ながら、今回は与党内(主に公明党)から修正を迫られ、それを飲んだというのが「異例」とされます。先の閣議決定に加わったメンバーがその後に「やっぱり変えよう」といい出すのも、それを認めるのも実に珍しいのです。

当初予算審議中に予見できなかったのか

 さて、国会は3月末まで当初予算を審議していました。そこにはコロナ対策は入っていません。

 予算案を提出し了承を求める内閣が「新型コロナ対策が必要だ」と認識したのはいつでしょうか。安倍首相が3月2日からの学校の臨時休業を呼びかけたのは2月27日。少なくともこの頃には予見できたはずと考えていいでしょう。

 だとしたら、この段階で国会審議中の当初予算を組み替えれば4月1日から間に合ったはずです。今年度に食い込んだとしても公務員の給与など当面の間必要な支出だけを計上する暫定予算で乗り切れば4月以降の補正よりは早い。

 前述の通り補正予算は当初予算では想定できなかった追加支出を決める性質。2月末には「想定」できた災いでした。現に同時期、野党が新型コロナ対策予算を含む組み替え動議を衆議院に出しています。しかし衆院予算委員会は与党などの反対多数で否決され、結局、原案通り可決成立したのです。

 当初予算を組み替えなかった理由はいくらか考えられます。1つは危機感がまだ醸成されていなかった。さらに大きいのは当初予算案を野党の要求で組み替えるなど「あってはならない」のが国会の慣例である点があげられます。

国会審議で組み替えをしたくない理由

 当初予算案の決定過程は次の通り。まず前年8月頃までに「省」や「内閣府」など国の機関がざっとした翌年の見積もりを作ります。これが「概算要求」です。まあ欲しい分だけ要求する傾向が多いので「盛った」数値もあるのでしょう。そこを財務大臣が年末近くに審査して「予算原案」にします。当然ここで概算から削られたり無くなったりする要望も出てくるので、もう一回、原案との突き合わせを「省」と行いたいていは微調整で納得してもらいます。そこまで根回しできて後に首相をリーダーとする内閣の決定=閣議決定に至り、翌年早々国会に提案されるのです。

 閣議決定される「予算書」はエリート官庁の財務省の、これまたエリートの主計官を中心に「日本で一番厳しい校閲を経た書類」として出されます。一個所が決壊するとドミノ倒しのようにあちこち矛盾が生じるため、内閣はどうしても原案通りに可決したいのです。そして、それは難しくありません。

 国会審議は衆参の予算委員会が舞台。首相を送り出す与党はたいてい衆議院の多数派ですから可決します。参議院は時折、与野党逆転現象が起きますが、ここで否決されても「衆議院の優越」規定があるため最終的には衆議院の議決で決定するからです。

 自民党が結成された1955年体制以降、野に下った時期も含めて国会審議で予算案が組み替えられたケースは基本的にありません。

「超異例」よりは「小さな異例」

 今回は「国会審議中、内閣提出の予算案が組み替えられた」のではなく提出前に一度決めた予算案を引っ込めたのが「異例」なのです。言い換えると4月7日の閣議決定のまま国会へ提出したら与党内から組み替えろという声が起き、野党も追随して国会審議で覆される前代未聞の大騒動に発展したかもしれません。

 これを「超異例」と名付ければ、いったん閣議決定した案を与党内の異議で組み替えた今回は、それよりは「小さな異例」です。

 とはいえ閣議決定は重いので7日の案を提出し、可決成立させた後に第二次補正予算案を出すという手もありました。しかしそれでは組み替えよりずっと遅れる恐れがあるし、先の補正と論理矛盾する危険性も出てきます。ゆえに今回の方法で落ち着いたと思われます。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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