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新型ウイルス対応のWHOってどんな組織? 事務局長やCDCとの関係など

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
一挙手一投足に注目が集まる(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴って「世界保健機関(WHO)」の発表や対応がひんぱんに報道されています。この組織、知名度は抜群ながら「健康分野の国連機関」ぐらいの認識以上に果たしてどれだけ知られているでしょうか。そもそも何か?いかなる権威・権力を持つのかといったあたりを探ってみます。

健康すべてを担う唯一かつ核心的国際衛生組織

 世界保健機関(WHO)を短く言い表すと「健康」を守り、害するものから防ぐ唯一かつ核心をなす国際衛生機関。もって「平和」の実現に寄与するのが目的です。

 WHO憲章前文に定める「健康」とは「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(日本WHO協会WEBサイトより)。つまり最近よく聞く感染症対策はむろんのこと、精神的な病や生活環境にまで及びます。

 代表的な取り組みが国際疾病分類(ICD)の作成です。あらゆる病気とけがの分類と死因など約5万5000項目がまとめられていて多くの国が参照し、日本だと医療保険の支払いなどの基準にもなっています。1900年に第1版が学術団体によって作られ、WHO創設後に移管されたのです。

 憲章はまた「世界中すべての人々が健康であることは、平和と安全を達成するための基礎であり、その成否は、個人と国家の全面的な協力が得られるかどうかにかかっています(同)と国際的な「健康」に関する指導はもとより他機関や団体との協力・調整をはかり、予防や緊急時(災害など)の手当てもカバー。

国連安保理や経社理と連携しつつ一定の独立性保持

 国際法上の位置づけは国連憲章に規定されています。国際連合が第2次世界大戦で枢軸国(日独など)と戦った連合国の流れを汲む経緯上どうしても安全保障理事会が中心となりがちで、少なくとも制度上その風下ではないと位置づけたい勢力が憲章制定の過程で平和構築に必要な経済的、社会的問題を取り扱う同格の組織を求めました。

 軍事力の大切さ(安保理)は認めつつ経済、社会的な国際協力もまた紛争の予防や安定に役立つと唱えたのです。訴えは結実して国連憲章10章で「経済社会理事会」(経社理)が明記され安保理と同等の主要機関と位置づけられました。

 憲章はまた国連が「促進しなければならない」義務として「保健的国際問題」を挙げ、その分野を司る組織が国連と連携する高度な自治性を持つ専門機関となると定めます。1946年7月、経社理がWHO憲章を採択、48年に設立されました。

 こうした努力は前身組織の苦い経験に基づきます。1920年、国際連合の先輩的存在である国際連盟が設立され、翌年保健機関(LNHO)が連盟の指揮監督下で誕生しました。しかし連盟そのものにアメリカが不参加と脆弱さは否めず、第1次世界大戦を教訓とした連盟が「保健」をともすれば専門家(医学や疫学)の技術的課題とみなし安全保障を主とする政治的課題を優先しがちでした。LNHOは「そうではない。国境を越えての公衆衛生や不況対策などの経済社会問題も十分有益だ」と主張しましたが結果的に第2次世界大戦を防げなかったのは周知の事実。

 また世界規模の公衆衛生や健康に関する国際組織は、LNHOに先立つ07年に国際公衆衛生事務局がすでに設立されていてアメリカも参加したので目的が重なる国際団体が2つ併存していたのです。さらに43年、枢軸国からの被害を助けるため連合国によって救済復興機関も創設され分化が一層進みました。

 したがってWHOのような「唯一で核心的な国際衛生機関」が独立に近い形で生まれるのは先達の悲願となったのです。

世界の感染症対策における役割・権限

 以来WHOは特に脅威な伝染病であるコレラ、ペスト、黄熱、天然痘、回帰熱、チフスの6疾病を報告対象として監視。うち天然痘は1980年に撲滅宣言、回帰熱やチフスは公衆衛生の徹底や治療技術の向上で減少し、今はコレラ、ペスト、黄熱の3つです。

 例えばペストはかつて防ぐ手段がなく、もっぱら隔離政策が取られました。しかし移動手段の発達につれてこうした封じ込めの効力は限定的となり、なればこそ国際協力が重要なのです。人間が勝手に作った国境線に細菌やウイルスが「忖度」するはずもなく、他方で重大な感染症の被害にイデオロギーや普段の好き嫌いを言い募るのも愚かだと誰もがわかっています。

 ただ国家のメンツや自国の対応能力への認識不足が自発的な協調をはばむのも現実で、だからこそWHOの司令塔的役割が期待されるのです。

 今回の新型肺炎でもWHOは対応能力に不安を抱える国(それ自体もWHOが調査している)への支援を打ち出しました。

 天然痘に続く撲滅作戦も進行中。ポリオ(小児マヒなど)や河川盲目症が目下のターゲット。河川盲目症はアフリカや南米などで億単位で罹患。新規治療法に大村智氏(2015年ノーベル生理学・医学賞受賞)が大いに寄与したとして日本でも話題となりました。WHOは同病など貧しい地域で数億人が苦しみながら主要国に感染者が少ないため関心が低く、利益の面から創薬にも二の足を踏ませている「顧みられない熱帯病」への注意喚起や制圧への国際協力を呼びかけています。

事務局長は任期5年で総会が選任

 WHO本部はスイスのジュネーブに置かれ、全加盟国で構成される世界保健総会が最高意思決定機関。年1回開催されて事務局長(任期5年)や34の執行理事国の選任などを行います。理事国が推薦した専門知識を持つ執行理事によって構成される執行理事会(任期3年)がその元にあって年2回開催。その下に世界を6地域にわけた「地域的機関」が存在し、それぞれ置かれた地域委員会が意思決定に携わるのです。

 通常業務を引き受けるのが事務局長を頂点とする事務局で本部や「地域的機関」で日々働いています。職員数約8000人。事務局長は2017年からテドロス・アダノム氏(エチオピア出身)が務めています。今回のコロナウイルス新型とみられる肺炎に関して原発地の中国の対応を賞賛する発言をして2月13日の記者会見では繰り返される「中国へ過度に配慮している」との批判に、「中国のしたことを認めて何が悪い」と反論した方です。

 事務局長の判断は結果的に大した被害を出さなければ「空振り」と、想定外の甚大な状況へ陥れば「遅すぎる」と批判されるつらい役目。何しろ未知の病へどう対処するかという答えようがない問題に対応しなくてはならないので。

 ただ国連職員は個人として採用され出身国の利害でなく中立性を保つよう求められます。彼がそうでなかったとしたら鼎の軽重を問われましょう。WHOは冒頭に述べたようにありとあらゆる健康に関するできごとを扱うというよくいえば壮大、悪くすると守備範囲広すぎ、です。アダノム事務局長は疫学の専門家で外相経験もあり、WHOでしばしば問題視される「専門に固執する研究者肌」vs「医学・疫学などまるで知らない政治家」の片側でなく双方を兼ね備えていて適任のはずですが、かえって自信過剰に陥る危険もあります。

米疾病対策センター(CDC)との比較

 とはいえWHOにだけ過大な期待をかけても仕方ありません。伝染病対策は重要な任務とはいえ守備範囲の一部に過ぎないからです。その割にはお金がない!本予算(2年制)は約900億円ぐらいでしかなく任意の拠出金が約3000億円と圧倒しているという不安定な財政基盤でもあります。日本の消費税1%で約2兆円ですから。

 その意味では立ち位置こそアメリカ連邦政府(保健福祉省)所管の1研究所にすぎない米疾病対策センター(CDC)の方がはるかに強力です。まずWHOと異なって感染症専門(バイオテロも含む)。年間予算も約8700億円、職員数約1万4000人とWHOを圧倒しています。

 むろん目的は「アメリカの国益=安全保障」ですから今のところ新型肺炎でやっきになる気配はありません。とはいえ飛び火する可能性も否定できないため既に検体を入手して検査キット開発まで進んでいます。2003年から極めて致死率の高いH5N1型の鳥インフルエンザがベトナムで発生し死者が相次いだ際にはWHOの要請で当地へCDCの専門家が派遣されました。

 むしろこうした役割こそWHOの本質かもしれません。端的にいえば「かけ声を発する」仕事。そのためのネットワーク構築にも余念がないのです。

広すぎる?守備範囲が生むあれこれ

 何しろ「すべてが満たされた状態」をめざす国際組織でICDという権威も帯びています。かつてICDに分類されていた「同性愛」が削除され「障害でも病気でもない」と改めたのが1990年代の「ICD-10」採択。参照した日本も94年に同性愛を「性非行」とする記載を除きました。2018年の「ICD-11」からは性同一障害が精神疾患から外されます。いわゆるLGBT(性的少数者)への理解が急速に進む大きな変更でした。

 03年にはたばこ規制枠組条約がWHO総会で採択され05年発効。中年以降の愛煙家はこの頃から肩身が狭くなっていった記憶が新しいはずです。

 「ICD-10」はギャンブル依存症も定めました。酒(アルコール)も10年の総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」が採択され包囲網が徐々に狭まっているのです。たばこを吹かしながら色の違った帽子をかぶっているレースにメイチ勝負に打って出て敗北しやけ酒をあおるなどという昭和のおじさんは全否定へまっしぐら。

 若者にも影響が。19年の総会で「ゲーム障害」を病気とする「ICD-11」が採択されました。発効は22年。

 何だか楽しげな好みやたしなみがどんどんアウトになっている気がしないでもありません。そうした方向へ促す原動力こそ「健康」を広く判断し「すべてが満たされた状態」を実現しようとするWHOの高邁な理念の存在といえましょう。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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