17年振りに国会議員が収賄罪で逮捕。理解すべきポイントは

緑色の服にたすきをかけている人です(写真:中尾由里子/アフロ)

 2019年12月25日、秋元司衆議院議員が東京地検特捜部に収賄(「汚職の罪」の1つ)容疑で逮捕されました。「特捜がバッジ(国会議員)をサンズイでパクる」というマスコミ的には最大級のニュース。実に17年ぶりです。サンズイとは「汚職」の部首を取った警察用語で、転じて事件記者も内々で使用します。類例としてゴンベン=詐欺など。

 本稿はこの事件を機に何がどう注目されるのかをメディアの視点から掘り下げてみます。

 なお刑事事件の鉄則は「推定無罪」ですので、以下の文章は「捜査当局の描く図式が事実であれば」という但し書き付きであるのをご理解下さい。

国会議員の汚職が大ニュースな理由

 まず「バッジ」の収賄(わいろを受け取る)容疑が何で特段の報道価値があるかについて。近年の国会議員による収賄罪の確定判決は懲役1年6カ月から2年の実刑が「相場」。立派な犯罪とはいえ他の刑事事件と量刑だけ比較すれば軽い方です。それが大騒ぎになるのはなぜでしょうか。以下のような理由が考えられます。

 国会議員は特別職の国家公務員。収賄罪の対象は公務員です(事前・事後収賄を除く)。「全国民を代表」(憲法43条)して「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」国会の構成員として法律の制定や改廃、予算審議、憲法改正の発議など日本の根幹を担います。

 また行政府トップの首相指名選挙権も持つのです。他方、首相は必ず国会議員でなければならず、国務大臣の過半数を占めます。国庫(ほぼ税金)から相当額の歳費(給料)を受ける特権も憲法で認められているのです。

 要するに国家の大事を左右する権限を国民から負託され、行政府のトップを構成し、国庫から給料を受け取る職であって「一部の奉仕者で」あってはなりません。公務員のなかで最大の権力を付与されている以上、すべての公務員に禁じられているわいろの受け取りなど万が一にも許されるわけがないのです。

 しかも秋元議員の容疑はカジノを含む統合型リゾート(IR)を担当する副大臣も務めていました。行政府の要職に就きながらIR参入をめざしていたとされる中国系の企業からわいろをもらっていたと疑われているのです。

単純収賄と受託収賄

 次にサンズイ(収賄)がいけない「そもそも論」を少々。刑法197条は「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する」とあります。秋元議員の場合、IR担当副大臣を拝命していたので「職務に関」する権限があったのは明らかです。今回の件は逮捕時点では「職務に関し、賄賂を収受」で固めたと思われます。

 刑法同条は引き続き「請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する」とも。請託とは「頼みごと」。職務行為の依頼です。今回だと贈賄(わいろを送る側)が「IR事業で弊社をよしなに」などと頼んでいた場合。法はこちらを受託収賄と名づけています。

 秋元議員の容疑は「収賄」ですので現時点では前半部分。まぎらわしいのでメディアなどは「単純収賄」という言葉を用いて「受託収賄」と区別しているのです。端的にいえば何も頼まれてなくともわいろを受け取った時点で「単純」の方は成立します。

 乱暴を承知でなぞらえれば、時代劇で代官や奉行が山吹色の菓子(小判)を受け取った時点で単純収賄成立。商人が「どうかこれでひとつ……」とにじり寄っていたら受託収賄へまっしぐらです。

なぜ公務員限定の身分犯なのか

 例えば習字の塾へ子どもを通わせている親が先生にカネを渡して「うちのを是非是非」と頼み込んでも成立しません。公務員のみの身分犯罪となっている理由は扱っているお金が税金などの公金だから。

 言い換えると納税者からお預かりしている(自分のカネではない)に過ぎないので事業を発注できるなど贈賄側にメリットがある職務権限を持つ者は本来、公明正大に使用すべくまい進しなければならないところ、わいろを頂戴すればそれだけで判断を歪ませる蓋然性が高まったとみなされます。

17年もの空白がどうして生じたか

 17年前(2002年)といえば鈴木宗男衆議院議員が「あっせん収賄」で逮捕された事件を指します(有罪確定)。この罪は刑法同条の4に定められ「公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」に「五年以下の懲役に処する」としているのです。

 大きな違いは本人に職務権限がなくとも成立する点。この事件だと林野庁という役所から入札参加資格停止処分を食らって困っていた製材会社が宗男議員に損した分を取り戻したいから何とか……と「請託を受け」、林野庁幹部らに「あっせん」(間に入って取りはからう)=口利きをし、500万円の「賄賂を収受し」た疑いでした。

 以後の17年間、国会議員の収賄は本当になかったのでしょうか。何しろ「最古の犯罪」とまでいわれる罪ですから。ただ元々立証が難しい犯罪でもあります。贈った者と受け取った者の利害が一致するので、その限りで被害者が存在しません。もちろん公金を預かる信頼性を揺るがすので「納税者」という立派な被害者がいるのですが。しかも当然ながらばれないよう密やかになされるのが常でもあります。

 手口が巧妙化しているとの推測も。値がつけにくい(いくらといわれればそうかともいえる)絵画などを高価でやりとりしたり、第三者を装って寄付のように見せかけたりといった「技法」が高まっているようなのです。

 その点、今回の事件は足跡残しまくり。秋元議員は別の疑惑で特捜にウォッチされているのを知りながらの行動で、贈賄側も税関に無届けで外為法が規定する金額(100万円相当)を大幅にオーバーするカネを日本へ持ち込むという資金洗浄(マネーロンダリング)のイロハも知らない(知らなくていいのですけど)違法行為で追尾される羽目に陥りました。気軽にとらえれば「やり方が単純すぎたから捕まった」となりそうです。

司法取引の有無

 当然「いや、そんな気楽は話であるはずない」という見方もなされましょう。そこで考えられるのが18年6月から導入された日本版司法取引制度の活用です。

 この制度は他人の犯罪を明らかにした容疑者らが、見返りに検察から起訴を見送る、求刑を軽くするといった仕組みで密室の財政経済犯罪を主たる対象としていて贈収賄はモロ本命。

 賄賂罪捜査の典型として収賄側(より罪が重い)を摘発するため贈賄側に捜査員が接近し、重要な情報を漏らすよう努めるといった方法があるのですが、時間も手間もかかる上に、そうした者との協力関係を結ぶ必要も出てくる可能性があります。贈賄もまた犯罪には違いないので、このような捜査は一歩間違えば当局が犯罪に加担する恐れを心配しなければなりません。その点で司法取引は極めて有効です。ある無しは今後の展開で明らかになるでしょう。

逮捕のタイミング

 12月25日逮捕というタイミングもなかなか味わい深い。憲法の定めで国会議員は「国会の会期中逮捕され」ないという権利=不逮捕特権を持ちます。臨時国会閉会が12月9日。来年の通常国会の召集予定日は1月20日。今回の事件は検察の独自捜査なので拘置できる日数は最大20日間。この期限で裁判にかけるかどうかを決めます。

 すると25日は国会が閉じていて不逮捕特権を懸念しなくて済む上に通常国会召集までに起訴の判断が否応なくなされます。しかも官庁の仕事納めは12月27日。確かに絶妙です。

 一方で年末押し詰まっての逮捕は異例ともいえます。素直に自供すれば保釈が許されるレベルの犯罪だと通常、仕事納めから逆算して20日前(警察逮捕からだと23日前)に逮捕して「正月を拘置所で過ごしたくないだろう」と持っていく暗黙の了解があるからです。ただ今回そうしたら国会会期中にギリギリ掛かってしまいます。もちろん容疑が固まっていなくて逮捕できなかっただけかもしれませんが。

 会期中に逮捕したければ被疑者の所属する議院(今回だと衆議院)の許諾が必要となります。検察がこれを嫌がる最大の訳はその過程で国会に捜査状況などを説明しなければならない点。密行捜査で逮捕する最大の理由は、身柄を拘束した状態で証拠を初めてぶつけたいからです。その前に知られないに越したことはありません。

地検特捜部と捜査2課のすみ分け

 全国の都道府県警察本部に置かれている刑事部捜査2課は知能犯を担当します。賄賂罪も当然担当。特に警視庁(いわば東京都警察本部)の場合、管轄に中央省庁があるのが他の道府県警と大きく異なります。したがって自治体職員に止まらず「霞ヶ関」の官僚の収賄罪での摘発も行っているのです。別に「バッジを捕まえてはいけない」という決まりはありません。

 ただ実態として国会議員の逮捕は東京地検特捜部の専権のようになっています。それには以下のような過去が関係しているのです。

 戦前、第1次捜査権は検察官が持っていました。位置づけは裁判所検事局で、裁判所自体が司法大臣の監督下にあったのです。行政が司法に優位して、かつ裁く側と追及する側が一緒でした。戦後の改革で今のように裁判所は完全独立して3権の一翼となり、第1次捜査権も警察へと移ります。検察は捜査などせず刑事事件の裁判に専念すればいいという考え方も浮上したほど。

 風向きが変わったのは当事の日本を占領していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)や米軍が重視した隠退蔵物資の摘発でした。敗戦直前まで呼号していた本土決戦に備えて軍が貯えていた貴金属や軍需物資が敗戦直前あたりから軍人や官僚、政治家らによって隠され、さらに着服や横流しをしていたのが次々に暴露されたのです。東京湾から金塊がザクザクなんてことも。総額にして当時の国家予算の数倍というのだから途方もない腐敗です。

 米軍は日本占領に際して当面の資力は存在すると見積もっていたのに見当たりません。それがどうやら隠退蔵物資と化して一部が潤い、多くの国民(特に都市部)は餓死寸前という惨状。なんとかせねばと「隠退蔵物資事件捜査部」が東京地検に置かれました。

 加えて1948年に起きた「昭和電工事件」に隠退蔵物資も関わっている可能性があるとして、捜査部も参加します。事件は高級官僚や現職閣僚をも含む逮捕者が多数出た一大贈収賄疑獄へと発展したのです。ここで「戦果」をあげた捜査部が49年に東京地方検察庁特別捜査部と改称し現在に至ります。以来、何となく国会議員レベルの政治監視は特捜部の仕事と警視庁とすみ分けるようになりました。