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過去に弾劾されそうになった3大統領とトランプ氏との比較

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
「不適切な関係」で弾劾訴追されたクリントン大統領(中央)(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 アメリカ史上、上院の弾劾裁判に至ったのは2人、下院の弾劾訴追確実な状況で辞任したのが1人です。古い順(下院の審議開催年)に、

1868年 アンドリュー・ジョンソン(民主)→下院訴追、上院で「無罪」。

1974年 リチャード・ニクソン(共和)→下院の訴追直前に辞任。「ウォーターゲート事件」。

1998年 ビル・クリントン(民主)→下院訴追、上院で「無罪」。

 したがって歴史上、弾劾(解任)された大統領は1人もいません。

 弾劾そのものは憲法に定められた議会の権利行使以外の何ものでもありませんが、実際にはいずれも2年ごとの選挙(大統領選または中間選挙)をにらんで野党が問題を提起するか、与党が大統領を守り切るかの駆け引きである側面が大きいと言わざるを得ないのです。今回もそうなります。

再選候補にすらなれなかったアンドリュー・ジョンソン

 古すぎるのと「南北戦争」という特殊要因が重なってあまり参考にはならないとはいえ、最初のケースなので考察してみました。

 ジョンソンはリンカーン大統領政権の副大統領で大統領暗殺後に昇格しました。任期の大半が戦後処理期間です。

 米大統領選は正副大統領をセットで選びます。1864年大統領選はリンカーン(現職)が共和党でジョンソンは民主党と極めて珍しい組み合わせで「全国統一党」という名で出馬しています。

 というのもこの時期、南軍の退勢は明らかで戦後どう合衆国として再建(リコンストラクション)するかが重要テーマに浮上していたからです。一般に北軍(合衆国)=共和党、南軍(連合国)=民主党なのですが、リンカーンは戦が勝利に決した後に連合国を比較的寛容に扱うつもりの穏健派で、その点で断固たる措置を求める共和党急進派と対立します。そこで連合国の民主党上院議員に留まり(合衆国議員であり続け)リンカーンを支持したジョンソンを味方につけたのです。大統領就任(昇格)は1865年4月。

 ただ就任後のリコンストラクションは民主党主流派寄りに転換しリンカーンを支えた共和党穏健派とも疎遠になります。66年の中間選挙でジョンソン支持派は主に北部で大敗し弾劾への道を開いてしまいました。直接の「訴因」は彼が陸軍長官(海軍長官とともに現在の国防長官に相当する地位)を解任したのが違法であるというものでしたが、背景には1866年公民権法に拒否権を発動するなど民主党保守派に偏った姿勢への反発があったのです。

 下院の過半数が賛成して訴追、上院は1票差で「無罪」を得たものの求心力は急激に低下。68年大統領選挙では現職なのに候補者にも選ばれず、代わりに立った民主党候補も共和党の候補で北軍の英雄であったグラント将軍に完敗しました。

 ジョンソン大統領のケースは副大統領からの昇格で大統領選を勝った経験がないという弱みをもともと内包していた上に政治的変節がみられたのがトランプ氏と大きく異なります。トランプ氏は少なくとも変節はしていません。また形の上では共和党への政権交代でも実質は「リンカーンからグラント」なので民主党の敗北ともいいにくいのです。

辞任を余儀なくされたリチャード・ニクソン

 2期目に「ウォーターゲート事件」を引き起こします。事件そのものはウォーターゲートビルに置かれた民主党全国委員会本部に何者かが盗聴器を仕掛けようとして失敗、逮捕された不法侵入事件です。

 当初「下っ端の暴走」と楽観視されるも、大物も関わっていた疑いが浮上して司法長官が特別検察官を任命しました。大統領が彼を解任し、また事件もみ消しを自ら指示したと受け止められるテープがみつかるに及んで世論沸騰。下院も「司法妨害」(意図的解任と証拠隠しによる捜査妨害)を訴因として調査し下院司法委員会が訴追を可決、本会議で可決され上院に移るのが確実な情勢となったのです。

 味方のはずの共和党議員からも資質を疑問視する声が相次ぎ、上院での弾劾裁判で勝てる見込みも失いつつあったニクソンは万策尽きて下院本会議開催前に辞任しました。存命中の現職大統領辞任は史上初。

 後任はフォード副大統領が昇格。ただ彼は前任者辞任にともなって副大統領へ就任した経緯があって「副大統領としての選挙洗礼」すら受けていません。ウォーターゲート事件の余波とフォードが事件関係者の恩赦を施したなどが反発を招いて中間選挙に敗北。それでも現職の強みを評価され1976年の大統領選挙に出馬するも民主党候補に敗れました。

支持率を維持したビル・クリントン

 大統領の知事時代、土地開発にからむ不正融資があったのではとの疑惑で特別検察官が任じられたのが始まりです。その後ホワイトハウス研修生だった若い女性との不倫疑惑(クリントンは既婚者)が持ち上がります。世にいう「不適切な関係」。

 同時期に知事(クリントン)からセクハラを受けたと州職員から訴えられた裁判が進行していて大統領は宣誓供述で「不適切な関係」を否定しました。しかし研修生が大統領との関係を告白した電話の録音内容が特別検察官に渡り、改めて特別検察官の捜査対象に「不適切な関係」も含まれたのです。ただし容疑は不倫ではなく裁判所での偽証。研修生も当初関係を否定していたので「口止め」の疑惑も加わりました。

 独立検察官は権限に基づき連邦大陪審(起訴陪審)を招集して関係者に証言させられます。追い詰められた大統領はここでついに関係の一部を認めたのです。特別検察官は報告書をまとめて議会に提出。「偽証」と「司法妨害」の訴因で下院は弾劾を訴追したのです。しかし上院は共和優勢であったものの3分の2は持たず、あまつさえ同党議員からも反対票が投じられて「無罪」で決着しました。

 上院で「有罪」が広がらなかった理由はさまざまに分析されています。偽証は三権分立を揺るがす「政治家としての大罪」ではあるも内容が不倫隠しというのが大きいようです。もちろん不倫もいいわけないですけど弾劾は「大統領権限を持つものとしてふさわしいか」が事実上判断されるので、内憂外患を引き起こしたり安全保障上の重大事というわけではない個人的出来事で大統領選に二度勝利して国民の負託を受けた最高職を解任していいほど重大かというと疑問が残ったようです。

 疑惑の渦中にあった中間選挙は上院で現状維持、下院で微増と大きな影響はみられず6割近い支持率を保ったまま任期を全うしました。もっとも後継者のゴア副大統領は2000年大統領選で共和党候補に敗れています。

トランプ大統領は誰に似ているか

 今回に先立つ「ロシア疑惑」はウォーターゲート事件と相似形でした。ウクライナの方は疑惑が特別検察官の捜査経由でないのが異なるも、本当であれば過去3例(ニクソンのケースも含む)いずれより重大な訴因です。ジョンソンのそれは形式的だし、ニクソンも事件そのものは「盗聴器を仕掛け損なった不法侵入事件」でクリントンは「不倫」。後2者は事件後の振る舞いに大きな疑義が呈されたのに対してウクライナ疑惑は、そのまま素直に大事件です。

 もっともトランプ側には「結局は軍事支援を行った。多少遅れただけ。ウクライナ側も公式にバイデン親子の捜査はしていないと明言している。介入したようにみえたかもしれないけどその結果は何もない」と主張する余地が十分に認められるし、何より決定的証拠が見当たりません。ニクソンのように共和党からも見捨てられて四面楚歌へ陥り、支持率も暴落したわけでもないのが異なります。トランプ支持層は岩盤のように揺らいでいません。万一、共和党で反乱が起きてもエリートの塊だったニクソンのように現大統領は降りないでしょう。

 1期目での出来事という点ではジョンソンと同じですが彼は副大統領からの昇格。ニクソン後のフォードも含めて大統領選を勝ち抜いている者に比べると弱い。米大統領は直接に近い選挙で国民から選ばれるので、そのクビを議会が取るというのも、審査するというのも厳しい目が注がれるものです。

 ニクソンとクリントンは2期目に弾劾手続きがなされました。トルーマン大統領(45年~53年)以後、「大統領の任期は4年。再選まで可」がルールとなったので辞任したニクソンも乗り切ったクリントンも3期目はなかったのです。ここが来年の共和党候補が確実なトランプ大統領との大きな違いといえましょう。

 つまり先例の一部には通じるところこそあれ、ソックリなパターンは見当たりません。

民主党の勝算は

 確かなのは、弾劾されて解任された大統領は1人もいないという事実です。ウクライナ疑惑も上院で「無罪」となるのが現時点で確実と思われています。「有罪」にできる3分の2どころか過半数さえ民主党は持たないので。でも、だとしたら何で突き進んでいるのでしょうか。

 1つは疑惑が事実とすればとんでもない話で追及しなかったら反対に民主の側が白い目で見られるのをおそれたという可能性があります。疑惑に自党の有力大統領候補がからんでいるというのも大きい。弾劾を目指さないと「バイデンを守るためか」と疑われかねません。

 上院の弾劾裁判で共和党は確実にバイデン前副大統領とその二男を証人として呼ぶよう主張するでしょう。だからといってそれを怖がれば弱腰批判が避けられません。むしろ返り血を浴びる覚悟を示した方が得策と算段しているのかも。

 「バイデンを失うかトランプを屠るか」の勝負が民主党にとって悪くない選択といううがった見方もできます。バイデン候補は現時点で有力ですが絶対的ではありません。両党の候補を決める予備選の歴史は、野党側だと当初の本命ではない者が最終的に残るというケースがよく起きるからです。トランプ候補がまさにそうでした。バイデンさんには気の毒ですけど民主党が失うのは候補の1人であって全部ではありません。

 反対に共和党は与党なので再選のトランプ候補で決まり。数の論理で屠るまでいかなくとも一太刀浴びせておけば本戦で有利になれるかもしれないし、共和党の内争を誘えるチャンスでもあります。ロシア疑惑での訴追を民主党内で抑え込んだナンシー・ペロシ下院議長は1987年から議席を有する百戦錬磨。彼女が今回GOサインを出したのだから、それなりの勝算があるはずです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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