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トランプ大統領に及びそうな「弾劾」とは何だ

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
委員会可決。まもなく本会議(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 トランプ米大統領(共和党)が「ウクライナ疑惑」で議会下院から弾劾訴追されるのが確実な情勢です。実際に弾劾されるかどうかは上院の判断次第です。

 合衆国憲法における大統領の弾劾とは解任を意味します。「訴追」という言葉は通常、司法の場で検察官による起訴を指しますが、今回の場合は立法府で下院が解任を要求するという意味で用いられているのです。

 米憲法は訴因の範囲を「反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪」と定義。そのまま読めば「とても重い罪および軽い罪」なので微罪でも適用できます。ざっくりいえば罪であれば何でもいいと。

 アメリカは厳格な三権分立を採用しており、行政府を束ねる大統領と立法府たる上下両院の関係も議院内閣制の日本のような相互乗り入れ的要素が小さな国ですけど「三権独立」ではないので相互の牽制作用はもちろんあります。弾劾は立法府が持つ最高レベルの牽制能力といえましょう。

司法で大統領は裁けない?

 司法府が現職大統領を訴追するのは難しいという判断が一般的ですが異論も。というのも憲法のどこにも規定がみあたらず、前例もないから。もちろん連邦裁判所は起訴されれば何人であろうと公正に裁きを下すのでしょう。問題は起訴権限を持つ司法省(日本の法務省へ相当)は行政権に属していて捜査まではできても起訴は難しいという立場である点です。

 このジレンマを一定程度中和する存在が特別検察官制度。大統領や閣僚の不正疑惑を追及するため司法長官が任命するも通常の検察官の指揮命令系統とは別に独立した権能が与えられます。それでも限界はあるようでトランプ大統領の「ロシア疑惑」を追ったモラー特別検察官は捜査締めくくりの声明で「司法省の方針として大統領が現職のうちは連邦犯罪で起訴できない」「特別検察オフィスは司法省の一部であり、その規制下にある。大統領を罪に問うことは選択肢になかった」と発言しているのです。

副大統領の反乱という手も

 司法(通常の刑事手続き)で事実上起訴できない以上、立法府の弾劾が罪を問う形で大統領を罷免する唯一に近い方法となります。

 他に方法がないでもありません。例えば副大統領らが「今の大統領では職務を遂行できない」と議会へ通告すれば大統領職の権限を代行できます。大統領側が「やれる」と申し立てても最終的に上下両院の3分の2が「やっぱり無理だ」と決議したら権限が続行されるのです。でもまあ、現実的にはあり得ないでしょう。起こりうるとしても弾劾の過程で大統領側へ途方もなく致命的に不適格な証拠が飛び出した際の「合わせ技一本」ぐらい。

下院が検察官役で上院が裁判所

 弾劾手続きを刑事裁判になぞらえると訴追(起訴)の有無を決める下院が検察で上院が裁判所。したがって下院は弾劾に必要な調査をするため召喚状を発行して証人の証言や情報提出を求める権限を有します。今回「訴因」となった大統領権限の乱用(後述)と議会妨害のうち後者は、この手続き自体に反したというものでした。

 つまりトランプ大統領は調査にまったく協力しないばかりか関係者への召喚状を無視するよう指示し、提出を求めた文書の作成・提出も拒んだと強く非難しています。

 次の舞台である上院は全議員が「陪審員」となり「有罪か無罪か」を決め、有罪となれば解任されるのです。裁判長役は「被告」が大統領の時は連邦最高裁長官が務めます。

 下院の訴追が現実味を帯びるのは共和党のライバル民主党が2018年中間選挙で過半数を奪還したのが最大の要因です。訴追は過半数以上の賛成と決まっているので。

 一方、上院は共和党が過半数を維持している上、有罪とするには3分の2の賛成が必要なので数の上では無罪が濃厚。もっともトランプ氏は大統領選時から身内のはずの共和党主流派をも罵っていて就任後も同党が伝統的に支持してきた自由貿易や世界戦略を公然と破るような政策を出しては批判されています。あっと驚く展開がないとも限りません。

訴因の「大統領権限の乱用」とは

 さて訴追理由の「大統領権限の乱用」とは何か。ウクライナ疑惑の構図そのものです。かなり複雑なので最初で簡単に述べます。

 それは、トランプ大統領がウクライナに約束していた軍事支援と引き換えに2020年米大統領選で自らの有力対立候補に打撃を与えるような捜査をするようウクライナ大統領に迫ったという内容です。

 まず軍事支援について。ウクライナは旧ソ連の構成国で連邦崩壊の直前に独立。現在は西を欧州連合(EU)加盟国、東をロシアと接していて、どちらに肩入れするかが地政学的な課題となり続けている国です。

 2014年、親ロ派の大統領が反政府勢力によるデモなどに突き上げられ耐えきれず国外逃亡。親EU派の新政権樹立が確実視されるなか、ロシアは潜在的ながら武力を背景にウクライナ領のクリミア地方を編入してしまいました。また国境を接する東部の独立運動へ公然と力を貸します。

 この暴挙にEUおよびアメリカのオバマ政権は国際法違反と猛反発。米議会も新たな親EU政権に軍事支援を約束しました。こうした予算措置は議会の専権。ところがトランプ大統領は支援金約4億ドルを凍結。内部告発や下院が召還した証言者らによると米大統領はウクライナ大統領との電話会談で解除の条件として同国のとあるガス会社の調査を依頼したとされているのです。

 渦中のガス会社には来年の米大統領選で民主党の有力な対立候補であるバイデン前副大統領の二男が役員を務めていた過去があり、不透明な関係が親子ともどもうわさされていました。それを調べろという要求は対立候補追い落としを目的としたものとみなされて仕方ありません。

 こちらもあちらも大統領。米大統領の権限は米国民のために行使されるべきなのが当たり前なのに個人的利益(再選を有利に運ぶ)のために外国の力を借りて見返りに立法府の専権たる安全保障に関わる予算を利用したのは十重二十重に「大統領権限の乱用」であるというのが「訴因」というわけです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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