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リニア疑惑で注目!東京地検特捜部って何?

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
果たして「巨悪」は暴かれるのか(ペイレスイメージズ/アフロ)

 12月に入って、立て続けに捜査の前線に東京地検特捜部が現れています。スーパーコンピューター開発を手がける「ペジーコンピューティング」の社長らを詐欺容疑で逮捕・起訴したかと思えばリニア中央新幹線建設工事を受注した最大手ゼネコン4社を独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで公正取引委員会とともに家宅捜索と活発に動いているのです。そこで素朴な疑問。「捜査って警察の仕事ではないのか?」。このあたりを考察してみたいと思います。

「捜査は警察の仕事」で基本的に正しい

 「捜査は警察の仕事」というのは基本的に正解です。刑事訴訟法(刑訴法)189条2項には「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査する」とし、「司法警察職員」の主力はいうまでもなく警察官なので。やや難しく述べれば「警察は第1次捜査担当者である」と表現できます。

 東京地検特捜部の正式名称は「東京地方検察庁特別捜査部」。つまり、ほぼ司法試験を突破した検察官で構成されています。「検察庁」とは「法務省の特別の機関」でトップは法務大臣ですから「司法」「立法」「行政」3権のどれかといえば行政機関に分類できるのです。

 検察官の仕事はたいてい警察から送致されてきた被疑者の事案を調べて起訴(裁判にかける)するかどうかを判断し(検察刑事部の検察官)、起訴した場合には裁判所(司法)で開かれる裁判で論告求刑を行うなど「公判維持」(検察公判部の検察官)に務めます。

 では検察官に捜査権はまったくないかというとそうでもありません。刑訴法193条に「司法警察職員に対し、その捜査に関し、必要な一般的指示をすることができる」と定めてあるからです。ただ同条は「捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項」への補助的捜査の色合いが強い。現に同条3項には「検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる」とあります。やはり警察が第1次捜査担当者である点は揺るがず、検察庁の1部局(特捜部も)が警察を経ずに捜査をするという積極的根拠にはなりにくいのです。

戦前の反省から検察は捜査の主宰者から外れた

 実は検察官は「起訴するかしないか」と「裁判への立ち会いと維持」に専念すればいいという「検察官公判専従論」(アメリカはそうである)という考え方がかねてよりあったし今も一部で唱えられています。理由は戦前の日本の検察が強大な権限を持っていた反省があるからです。

 戦前の刑訴法は「検察官が捜査の主宰者」とされ第1次捜査担当者で、警察は「検事(検察官)の補佐として其の指揮を受け」る役割に過ぎなかったのです。検察官は裁判所の検事局に置かれ、どちらも丸ごと司法省トップの司法大臣の監督下でした。つまり裁判所まで行政府である司法省が管轄していました。1934年の「帝人事件」のような検察の暴走ともいえるでっち上げ事件の発生もこうした仕組みが助長させた可能性があります。

 よって敗戦後に戦後改革の中心となった連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は司法省を解体して裁判所を独立させ司法権を確立させ、検察局も検察庁という行政機関として新発足したのです。

 こうしたGHQによる「検察・警察の民主化」の過程で当初はアメリカの制度と似た検察官公判専従へと傾いていました。必然的に第1次捜査担当者は検察から警察へ移動します。アメリカ流の地方検察官を選挙で選ぶ公選制まで発想されたのです。もはや検察の捜査権など風前の灯火だったといっていいでしょう。

転換点の「昭和電工事件」にまつわる昭和史の謎

 転換点は「隠退蔵物資事件」の発生でした。敗戦前日の1945年8月14日の閣議(鈴木貫太郎内閣)で決まった軍(戦後解体)が保有する物資の処分に際して一部が何ものかによって隠され、着服や横流しが行われている疑惑でした。総額は当時の国家予算の約4倍と推測されるほど膨大で摘発が各地で始まります。その捜査部が東京地検に置かれたのです。

 さなかの1948年に「昭和電工事件」がさく裂しました。大物政治家逮捕に至る大事件で、隠退蔵物資事件捜査部もこの汚職事件に隠退蔵物資も関わっている可能性があるとして捜査に加わりました。あくまで警視庁(東京都警察本部)の助っ人的役割であったはずなのにGHQはなぜか途中から、あれほど嫌っていた検察捜査を指示してきたのです。この理由はいまだ昭和史の謎。かくして晴れて「政治家がらみの事件のような事案を独自捜査する部署」として日の目を見た捜査部は1949年に東京地方検察庁特別捜査部と改称し現在に至ります。

設立の経緯より役割は「巨悪は眠らせない」

 現在、特捜部があるのは東京・大阪・名古屋の3地検。他の地検にもそれに準じた特別刑事部が置かれています。規模は東京地検特捜部が一番大きいものの人数は検察官約40人と意外と小さい。その役割はアメリカの連邦捜査局(FBI)と似通っているという指摘があるもののFBIが扱う凶悪犯罪事件を特捜はまず手出ししない点や、特捜には起訴権がある半面でFBIにはないなど違いも多くみられます。

 こうした過去の経緯から特捜部は「バッジ」と俗称される政治家、特に国会議員の汚職(賄賂罪など)を暴くのが事実上の最大使命のようにみなされていて自負もそれなりにあるようです。今回の続けざまの捜査に注目が集まるのはまさにそこで民間人を逮捕または起訴するのが目的ではない。きっと「バッジ」を視野に入れているはずだと憶測されています。

 特捜のキャッチフレーズで有名なのは伊藤栄樹元検事総長が発した「巨悪は眠らせない」。しかし大阪地検特捜部が2009年から手がけた郵便不正事件のさなか逮捕・起訴(無罪確定)した厚生労働省課長(当時)の犯罪を証明する証拠を主任検事が改ざん(書き換え)ていたという途方もない不祥事が発覚して特捜全体が自粛傾向に陥りました。起訴権をほぼ独占する検察が証拠をでっち上げれば、ありとあらゆる者にぬれぎぬを着せられます。特捜は逮捕から手がけるので悪質さは格別。その後さまざまな防止対策がなされ、いよいよ特捜再起動の号砲が鳴ったのかもしれません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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