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「みんなみんな」売り払って何処へいくのか「東芝のマーク」

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
お騒がせして申し訳ありません(写真:つのだよしお/アフロ)

 2017年9月20日、東芝は上場廃止(株が紙くずと化す)をまぬかれるため急いでいた100%子会社「東芝メモリ」の売却先をいわゆる「日米韓連合」に決めました。米投資ファンドのベインキャピタル(ベイン)を軸に東芝自身も出資します。買収金額は2兆円超。同業の韓国SKハイニックスは直接の出資ではなくベインへ資金を出す形式に収まりました。日本勢の助っ人のはずだった産業革新機構と日本政策投資銀行は当初資金は拠出しません。予定の8月を過ぎ関係者がヒヤヒヤしていた買収劇がやっと1歩を踏み出した格好です。

 東芝といえば日本を代表する総合電機メーカー。電気機械に関するありとあらゆるものを作っていました。家電もテレビも原発もメモリも電池も電球も車両も……。会社イメージソングの一節「みんなみんな東芝」そのもの。社員ですらどんなグループが何を作っているか全部いえる人はいなかったでしょう。売り上げ5兆円超で従業員約20万人。理系大学生の人気就職ランキングにも常に上位。名門企業が上場廃止基準に触れる債務超過つまり会社が丸裸になっても赤字という危機的な状態にまで追い込まれたのはなぜでしょうか。

買い物代金6000億円で夢を見たのがアダに

 すべては06年、原子力関連会社の米ウェスティングハウス(WH)を約6000億円という巨費を投じて買収したところから暗転が始まります。「財務悪化危ぶむ声も」(06年2月7日付毎日新聞)と当時から無茶な買い物と不安視されていました。動機の第一はもちろん東芝が原発事業を既に行っていて当時はやりの「選択と集中」に踏み切ったといったところでしょう。しかし当時の経営陣に「ウェスティングハウス」というブランドが神々しいからほしいという気持ちもあったのでは。源流の総合電機メーカーはゼネラル・エレクトリック(GE)と並ぶ「憧れの舶来品」を作っていました。名門だけど学生の人気は総合電機で日立製作所や松下(現パナソニック)に常に先行され、情報通信の日本電気や富士通は売り上げで下回るのに人気は上。民営化後のNTTやヒット作を連発していた頃のソニーにも後塵を拝し、トヨタや本田といった自動車勢にもかなわない。ちょっと地味目の巨大企業というイメージから一挙に大変身!したかったのかも?

 当時、原油価格の高騰と地球温暖化防止の観点などから原発は「原子力ルネサンス」ともてはやされ、やれ「世界では今後20年間で100基規模の原発が新設される」だの「中国が2020年までに約30基新設する」だの「アメリカも同年までに25基以上建てる」だのバラ色の予測が林立していました。「大変身」でWHを買いそびれた三菱重工業はフランスのアレバ社と、日立製作所はGEとそれぞれ提携するとバタバタと発表し東芝は鼻高々だったのです。

不正会計問題と孫会社7000億円損失

 しかし11年の東日本大震災にともなう福島第一原発事故で「ルネサンス」ムードは雲散霧消。15年には09年頃から14年頃まで巨額の利益水増しをしていた「不正会計問題」が発覚しました。今から思えば原発事業で回収が見込めなくなった損失の処理をまぬかれるための不正であったという側面が大きかったといわざるを得ません。

 しかも不正が発覚して経営刷新をはかるまでの大揺れの期間にWHはアメリカで原子力関連などの共同事業を複数行ってきたストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収していました。歩調を合わせて納期の遅れなどのリスクを避け円滑に事業を進めようとの算段でしたが、このS&W(東芝の孫会社)が何と約7000億円の巨額損失を抱えていると16年末頃に判明したのです。不正会計問題対応に忙しく精査が行き届かなかった最中に爆弾を抱え込んだ可能性が高いでしょう。

天変地異級の異常事態続発

 「孫の借金」が経営を直撃し17年5月に発表した17年3月期の連結業績概要で東芝は5400億円の債務超過に陥ったと明かしました。規則によって8月1日付で東証1部から2部に転落します。概要報告の時点でPwCあらた監査法人が監査意見をつけていなかったので有価証券報告書(有報)で「意見不表明」(信用できない)とするのではないかとの思惑が新たに広がりました。

 公認会計士による監査法人が行う会計監査は上場企業(株を公開している)や資本金5億円以上の大企業または負債総額が200億円以上の「大借金企業」に義務づけられています。いずれも正しい財務状況を市場に知らせないと思わぬ大混乱を招くからです。東芝クラスの大企業で「意見不表明」など天変地異でも起きない限りあり得ず、単なる自己採点に過ぎなくなるから大変。6月末の有報提出期限を延期したいと申請して認められ(これも天変地異クラスの措置)、8月10日に関東財務局へやっと提出しました。5529億円の債務超過で確定です。5000億円超の債務超過ができるというのはある意味すごいけど……

 監査法人の判断は「限定付き適正」。「一部に不適切な事項はあるが、それが財務諸表等全体に対してそれほど重要性がないと考えられる場合」と定義されています。監査法人が「意見不表明」だと上場廃止の危機。ギリギリでかわした格好でした。例えるならば追試を認めてもらった(有報提出期限延期)上で先生から「文句はあるが適正だ」と目こぼしされたに等しい結果です。

超優良分野を切り売りして脱出はかる

 一難去ってまた一難。今度は18年3月末の債務超過を避けなければなりません。2年連続の債務超過もまた上場廃止に直結するからです。仕方なく稼ぎ頭の半導体メモリー事業を分社化した「東芝メモリ」を2兆円以上で売却して難を逃れようと奮闘(?)する羽目に陥ります。

 当初は産業革新機構と日本政策投資銀行(日本)と前出のベイン、SKによる「日米韓連合」と優先交渉すると発表するも三重県四日市市にある半導体メモリ工場を共同運営する同業の米ウエスタンデジタル(WD)が猛反発して国際仲裁裁判所に売却差し止めを申し立てました。この争いに「日米韓連合」のうち「官民ファンド」と呼ばれるも実態は「ほぼ官ファンド」つまり公のカネで成り立っている産業革新機構と株主は財務大臣のみの日本政策投資銀行が警戒感を示して交渉が難航するや今度はWDに産業革新機構、日本政策投資銀行、米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツが組む「新日米連合」へと交渉先を切り替えるなど二転三転した末に冒頭の結果に落ち着きました。産業革新機構と日本政策投資銀行は訴訟問題がクリアされた後に出資する予定です。逃げを打ったといわれても仕方ありません。

まだまだ続く「東芝崖っぷち劇場」

 それでもなお問題山積。「日米韓連合」を選んだのでWDは訴えを取り下げないでしょうから裁判所がWD側の言い分に軍配を上げれば破談(契約無効)となりかねません。

 ここをクリアしても各国の独占禁止規制に引っかかる恐れがあります。1つの市場が1社に独占されたり、わずかな会社で占められる(寡占)と競争原理が働かなくなり買い手や消費者の利益を損ないかねないので各国が規制しています。東芝メモリが得意とするNAND型フラッシュメモリの首位は韓国サムスン電子で2位東芝、3位WD。「新日米連合」で東芝とWDが一緒になれば寡占と指摘される可能性が高かった。ただSKもWDに次ぐ4位グループにつけているし半導体そのものでは世界3位です。直接出資を避けたのは寡占認定をかわそうという狙いがあるからでしょう。とはいえ各国の独禁当局がどう判断するかまでは見通せません。半年はかかるとみられているので来年3月末までに通り抜けられるのか時間的に予断を許さないのです。

 会社の持ち主である株主が総会で東芝メモリ買収を承認するかどうかも焦点。一番の稼ぎ手を売り飛ばして残る「東芝」とは何なのだ。「原発とエレベーターだけだ」と酷評する向きもあり一波乱あるかもしれません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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