「中学生なのに、足し算もできない」Aさんのケース

Aさん(当時13才)は、先に日本に働きに来ていた両親に呼ばれて、アジアのある国から来日した。公立の中学校に入る前に、日本語を学ぼうと、地域のNPOで学習支援を受けはじめる。しばらくすると、ひらがなやカタカナ、簡単な会話などができるようになったため、その団体では中学校へ通う準備のために学校教科の支援も行うことになった。

支援担当者が、出身国での既習範囲や基礎学力を確かめるために確認テストを実施すると、繰り上がりのある足し算でのつまづきが見られた。もちろん、掛け算や分数などもできていない。小学生レベルの簡単な計算だけでなく、デシリットルからリットルなどへの単位換算なども正答することができず、支援担当者も驚きを隠せなかった。

中学校に転入後は、日本語の壁もあいまって、学習の内容についていくことはできなかった。すぐに中学校からは特別支援学級での支援を検討したいとの意見が出た。Aさんの保護者も、赤ん坊のころ親戚に預け、その後は離れて暮らしていた我が子があまりにも「勉強ができない」ため戸惑いを隠せない。NPO側でも、Aさんのつまづきの度合いから、「発達障害なのかもしれない」とたびたびケース会議で話題となった。

何度か学校、NPO、Aさんの保護者で話し合いが行われ、学校側からの提案で特別支援学級の様子を見学すると、ゆったりと学べる環境が我が子に合う、と保護者は喜んだ。こうして、特別支援学級でサポートを受けるようになったAさんは、水を得た魚のように知識を吸収しはじめ、2桁の足し算につまづいていた状況から1年をかけて因数分解など、中学生の学習内容を一部理解できるようになるまでに至った。

今、NPOの内部ではAさんは発達障害ではなく、出身国でほとんど学校で学ぶ機会を得られなかったのではないか、という見方が優勢だ。特にAさんのように、開発途上にある国の子どもの場合、基礎教育へのアクセスは日本ほど高くないことも多い。「障害の有無」だけに捉われていると、Aさんのような子どもの場合は適切な判断を誤る可能性もある。

発達障害の可能性を疑われる外国にルーツを持つ子どもが増加している?

現在、両親または親のどちらかが外国出身者である、外国にルーツを持つ子どもを支援するNPOや学校現場では「発達障害」の可能性を疑われるケースが話題となっている。

去る4月には、ニッケイ新聞にある記事が掲載された。

在日外国人の子どもが特別支援学級の大半を占める学校も。知的障害増加? それとも・・・

記事中では、外国にルーツを持つ子どもの特別支援の現状について以下のように紹介している。

「特別支援学級」とは、小中高校で〃教育上特別な支援〃を必要とする児童や生徒のために設置された特別クラス。主に知的障害者、肢体不自由者、身体虚弱者、弱視者、難聴者などが入れられる。そこに占める外国人児童の割合が異常に高まっているというのだ。

出典:ニッケイ新聞(2016年4月8日)『在日外国人の子どもが特別支援学級の大半を占める学校も。知的障害増加? それとも・・・』

外国人の多い県のある小学校には全校生徒303人のうち外国人が170人もいる。現場の悲鳴が聞こえてきそうだ。しかも特別支援学級の生徒は14人中11人と高い。外国人生徒と同じ割合で特殊支援学級にも多いのなら分かるが、9割を占めるのは明らかに異常だ。

出典:ニッケイ新聞(2016年4月8日)『在日外国人の子どもが特別支援学級の大半を占める学校も。知的障害増加? それとも・・・』

この小学校ほど顕著ではないものの、「発達の障害が疑われる特別な配慮を必要とする外国にルーツを持つ子ども」の割合は、日本人の子どもよりも高いのではないか、以前よりも増加しているのではないかと感じている支援者や学校関係者は少なくない。

Aさんのように発達障害が疑われたが、長期間支援をしてみると、基礎教育へのアクセスがなかったことや日本語がわからないことが要因であり、本人の発達自体には障害はないのではないかと見られるケースもあれば、本来であれば特別支援学級への在籍が必要な子どもが、日本語がわからないことが要因となって、「子どもだからすぐに日本語を覚えるだろう」という楽観的な見方の元に放置され、さらに困難が深まったケースもあると見られる。

いずれも、日本語の壁や出身国での教育環境の違いなどからその正確な判断は難しく、関係者全体が戸惑いながら手探りしているのが現状だ。実際のところ「増加している」と見られているものの、どの程度の割合なのか、全体として何人がこのような状況にあるのかなど、正確な実態も把握できてはいない。

発達障害を疑われる外国にルーツを持つ子どもと出会ったときに、注意すべきポイントとは

しかしながら、適切なアセスメントができず実態もわからないからと言って、子ども達にとって成長著しい貴重な時間は待ってはくれる訳ではない。外国にルーツを持つ子どもと出会ったときに、周囲の大人がその子どもにとっての困り感の源泉を見極め、その時点でベストな対応ができるよう正しい知識と理解をもって接する事が、現在もっとも必要なことと言えるだろう。

日本語がわからない子どもや、外国にルーツを持つ子どもで「なかなか日本語がうまくならない」「基礎学力が低い」と感じられる子どもと出会ったときに、注意すべきポイントは以下の通り。日本語ネイティブの子どもと異なり、日本語を母語としない子どもの場合には障害を疑う前に、このようなポイントを踏まえて慎重な判断をする必要があり、今後、学校教員などこうした子ども達と出会う可能性のある大人にはぜひ理解をしておいてもらいたいところである。

来日前の教育状況

・特に開発途上国出身の場合、出身地域や所得階層などによっては基礎教育へのアクセスが限られる場合がある

・出身国の学校教育カリキュラムが日本と異なる場合がある(日本より進度が”遅く”、日本の中学1年生の学習内容を、中学2年生で学ぶことになっている、など)

母語の発達の状況

・外国人保護者があまり上手でない日本語のみで子育てをしたような場合などに、母語が発達しておらず抽象的な内容への理解に困難が生じることがある

・その子どもが幼少期に来日したり、日本で生まれ育った場合に家庭の中での母語維持が難しい場合などに、日本語も母語も中途半端にしか育たない「ダブルリミテッド」と呼ばれる状態に(一時的に)陥っている可能性がある

家庭の状況など、環境の変化

・来日後、幼い頃から離れて暮らしていた親との「家族再統合」や継父・異親兄弟など新しい「家族」との出会い、異文化である日本社での新たな生活など、ストレスで学習内容が身につきづらい状況に(一時的に)陥っている可能性がある。(子どもによっては、こうした状況を突破するまでに1年以上を要する場合も)

外国人保護者が把握する子どもの状況

特に幼少期などに日本で働くために我が子と離れて暮らしていた外国人保護者にとって、子どもがどのような特性を持っているのか、を見極めることは難しい。このようなケースの場合、その子どもの成長の様子や経年変化を知る人は日本国内には1人もいない、ということも珍しくない。

外国人保護者への説明・情報提供

・日本語の壁が存在していることもあり、外国人保護者が正確な情報を自力で身につけることは難しい。また、外国人保護者の日本語の理解力は、その日の保護者自身の体調やコンディションによって大きく左右されることもあり、子どもの発達についての対話には、通訳配置が原則である。

・「特別支援教育」に関するシステムや実際の支援内容など、支援者側が「このくらいは知っているだろう」と考え、説明をはぶいてしまうことで誤解が生じ、後から大きなトラブルとなる場合もある。

正確なアセスメントや実態把握よりも大切なこと

以前、筆者にSNSを通して連絡してくれたある欧米圏在住者の話によると、欧米でもマイノリティの子どもが特別支援を受ける割合は、マジョリティの子どもよりも高くなる傾向にあるらしい。無論言葉の壁も存在して入るだろうが、その要因には多分に偏見や差別と言ったマジョリティ社会の「意識」が作用していないだろうか。

筆者は年間100名前後の外国にルーツを持つ子どもを支援する現場を運営している。毎年、毎年、ある程度の割合で発達障害の可能性を有する外国にルーツを持つ子ども達と出会う。そのたびに現場では手探りを続けている状況であるが、1つ確かなことは、どんな子どもであっても、その子どもの「成長」を感じる事ができているという事だ。

その成長のカギを握るのが、その子どもが「安心できるかどうか」にあるのではないかと、これまでの経験上感じているところである。言葉も文化も異なる国にやってきて、10年以上ぶりに実の親と生活を共にし、学校では孤独に耐えるような日々。時に「自分の国に帰れ」と言われることすらある状況下で過ごす子ども達が、「ここなら安心だ」と思えるかどうか。

現場ではこうした子ども達への対処療法的な支援が続く中で、私達1人1人ができること、すべきことが、この点に見えてはこないだろうか。

*冒頭のAさんのケースについては、プライバシーに配慮し必要に応じた脚色を加えている。