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「イスラム国」支配下の実態伝える~シリア活動家追った映画とラッカの悲しみ(写真12枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
2015年の日本人人質殺害事件。ラッカで監禁されていた情報も。(当時の新聞紙面)

◆命がけの秘密撮影

内戦が続くシリアを題材にした、いくつかの映画が日本でも上映されている。その一つ、「ラッカは静かに虐殺されている」には考えさせられた。過激派組織「イスラム国」(IS)支配下のシリア・ラッカの状況を伝える市民記者グループを追ったドキュメンタリー映画だ。 (玉本英子/アジアプレス)

現在、公開中の映画「ラッカは静かに虐殺されている」。ラッカ内部のメンバーと連携して、トルコやドイツで反IS活動を続けるメンバーたちの姿を描いた作品。(映画パンフより)
現在、公開中の映画「ラッカは静かに虐殺されている」。ラッカ内部のメンバーと連携して、トルコやドイツで反IS活動を続けるメンバーたちの姿を描いた作品。(映画パンフより)

静まり返ったラッカの夜、警戒中の戦闘員の目を盗んで、街角にスプレーでIS批判の文字を書くメンバー。その様子を世界に向けてネットで発信する。どの地区で公開処刑があったのか、何人が殺されたのか、グループは隠しカメラで撮影し、記録した。

「背教徒」として殺害され、数日間放置される遺体。広場の鉄柵に並べられる生首。情報統制の中、ISの恐怖支配の実態と、そこに暮らす市民の姿が生々しく映し出される。撮影が見つかれば自身もスパイとして処刑は免れない。

反IS活動を続けていた「ラッカは静かに虐殺されている」メンバーのひとりを、ISはトルコ・ウルファで暗殺。IS映像には「背教徒は静かに虐殺されるのだと思い知れ」とある。(2015年・IS映像)
反IS活動を続けていた「ラッカは静かに虐殺されている」メンバーのひとりを、ISはトルコ・ウルファで暗殺。IS映像には「背教徒は静かに虐殺されるのだと思い知れ」とある。(2015年・IS映像)

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ユーフラテス川の恵みで栄えてきた歴史都市ラッカ。内戦前に取材した時、ここが殺りくと、がれきの町となるとは想像もできなかった。政治変革を求めるうねり、「アラブの春」は2011年、この町にも広がった。アサド政権と反体制各派の衝突が続く中、勢力を拡大させたIS(当時はイラク・シリアのイスラム国=ISIS)が町を掌握した。2015年2月には日本人人質2人が殺害される事件が起きる。

日本人人質事件ではISは日本政府に向けていくつものメッセージを出した。ISは一方的な要求を突きつけたうえで、人質2人を斬首して殺害した。(2015年・IS映像)
日本人人質事件ではISは日本政府に向けていくつものメッセージを出した。ISは一方的な要求を突きつけたうえで、人質2人を斬首して殺害した。(2015年・IS映像)
日本人人質事件では、ISはヨルダン人パイロットの身柄と引き換えに、ヨルダン当局にイラク人女性死刑囚の釈放も要求。結局、釈放はならずパイロットはISに殺害される。(2015年・IS映像)
日本人人質事件では、ISはヨルダン人パイロットの身柄と引き換えに、ヨルダン当局にイラク人女性死刑囚の釈放も要求。結局、釈放はならずパイロットはISに殺害される。(2015年・IS映像)

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ISはヨルダン人パイロットを焼殺。イブラヒム・アル・ラカウィ氏は「1月上旬、すでに焼殺の情報がある」と伝えてきた。ヨルダン政府に要求をする以前に殺害していた可能性も。(2015年・IS映像)
ISはヨルダン人パイロットを焼殺。イブラヒム・アル・ラカウィ氏は「1月上旬、すでに焼殺の情報がある」と伝えてきた。ヨルダン政府に要求をする以前に殺害していた可能性も。(2015年・IS映像)

◆ラッカ活動メンバーの声

ラッカで何が起きているのか。何人かのシリア人に接触した。ある記者に紹介されたのが、地元の若者たち十数人で活動する市民地下組織「ラッカは静かに虐殺されている」だった。

「ラッカは静かに虐殺されている」主要メンバーでシリア・ラッカ市内で地下活動するイブラヒム・アル・ラカウィ氏に密かにネット回線を通してインタビューした筆者。(2015年2月・イラクで)
「ラッカは静かに虐殺されている」主要メンバーでシリア・ラッカ市内で地下活動するイブラヒム・アル・ラカウィ氏に密かにネット回線を通してインタビューした筆者。(2015年2月・イラクで)

2015年2月、ネット電話で現地とつなぎ、メンバーの一人、20代のイブラヒム・アル・ラカウィ氏にインタビューすることができた。危険な中、なぜ活動するのか、と私は尋ねた。「誰かがここで起きている悲劇を伝えなければならないんだ」。そう彼は答えた。

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ISのスパイ狩りは熾烈(しれつ)だった。映画に登場した「ラッカは静かに虐殺されている」メンバーの青年は身に危険が迫ったためドイツに逃れたが、父親は拘束され、銃殺される。

反IS活動団体「ラッカは静かに虐殺されている」メンバーの父親を処刑するIS。IS映像では、オレンジ色の「囚人服」を着せられ銃殺されるシーンが映る。(2015年・IS映像)
反IS活動団体「ラッカは静かに虐殺されている」メンバーの父親を処刑するIS。IS映像では、オレンジ色の「囚人服」を着せられ銃殺されるシーンが映る。(2015年・IS映像)

 

◆友人どうしが殺しあうシリア内戦の現実

ISは未曽有の残忍さで殺りくを繰り返し、世界各地で襲撃事件を引き起こした過激集団だ。だが組織が登場した背景をみるなら、イラク戦争後の混乱や、シーア派政権がスンニ派に対する圧迫を強めたこともIS台頭の理由の一つといえる。他方、シリアでは、月50ドルほどの給料がもらえるからとISに入った少年もいた。外国から流れ込んだ戦闘員らは組織をより過激化させた。ISという存在を一面的に見ていただけでは、なぜ、こんな集団が拡大したかは読み取れない。

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シリア民主軍(SDF)によるラッカ攻略戦を前に町の死守を訴えたIS。宣伝映像では軍事キャンプでの戦闘員養成の映像を公開した。 (2017年7月・IS映像・ラッカ)
シリア民主軍(SDF)によるラッカ攻略戦を前に町の死守を訴えたIS。宣伝映像では軍事キャンプでの戦闘員養成の映像を公開した。 (2017年7月・IS映像・ラッカ)

ラッカからISは敗走し、クルド勢力主導の行政統治機構に移行した。かつてシリアを取材した際、私は自由シリア軍の19歳の青年に会った。ラッカ出身のアブゼルは出撃を前に顔をこわばらせて、こう言った。

「中学校の友だちが何人もISに入った。多くが戦乱で仕事を失った家族を支えるためだった。でも、僕は彼らに銃を向けなければならない。これは戦争だから」

いまシリアで起きている内戦。殺し合う相手は同級生であり、隣人でもあった。この悲しい現実にも私は目を向けたい。

自由シリア軍の青年アブゼル(19歳)。「戦乱で仕事を失った家族を支えるため、友だちが何人もISに入った。でも僕は彼らに銃を向けなければならない、戦争だから」 。(2014年12月・撮影:アジアプレス)
自由シリア軍の青年アブゼル(19歳)。「戦乱で仕事を失った家族を支えるため、友だちが何人もISに入った。でも僕は彼らに銃を向けなければならない、戦争だから」 。(2014年12月・撮影:アジアプレス)
ISは少年戦闘員を訓練し、戦闘に動員。IS宣伝映像に登場したアレッポ出身とみられる少年は、ジハードに身を投じる「意義」を語る。(2017年6月・IS映像・ラッカ)
ISは少年戦闘員を訓練し、戦闘に動員。IS宣伝映像に登場したアレッポ出身とみられる少年は、ジハードに身を投じる「意義」を語る。(2017年6月・IS映像・ラッカ)
シリア民主軍(SDF)が有志連合の空爆支援を受けながら攻略戦を展開、2017年10月にラッカに突入し、解放を宣言した。写真はラッカで最後の抵抗を続けるIS戦闘員。(2017年8月・IS映像・ラッカ)
シリア民主軍(SDF)が有志連合の空爆支援を受けながら攻略戦を展開、2017年10月にラッカに突入し、解放を宣言した。写真はラッカで最後の抵抗を続けるIS戦闘員。(2017年8月・IS映像・ラッカ)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2018年5月29日付記事に加筆修正したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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