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最速150キロ中学生・森木大智も埋もれた好素材も すべての軟式球児に夢を与える中学生版甲子園※動画付

高木遊スポーツライター
最高球速150キロを投じる森木大智。今大会でも大きな注目を集めた(筆者撮影)

様々な画期的な取り組み

 シダックス硬式野球部は2006年に廃部となったが、OBや関係者たちの野球によって生まれた絆は今も深いことは前回の記事でも紹介したが、同社は中学野球振興への支援という形で今でも野球と深く結び付いている。

 昨年9月、静岡県の伊豆地域で第18回全国中学生都道府県対抗野球大会が行われた。この大会は、2001年から17年間、KWBボール(通称Kボール)の全国大会として夏と秋に開催されていたものを統合。全国から48チームが出場する大規模な大会へと変貌を遂げた。昨年ドラフト1位指名を受けた松本航(西武)や甲斐野央(ソフトバンク)もかつて秋の大会に兵庫県代表として出場し、優勝した。

 Kボールは、自身が高校入学を機に軟式から硬式へと移行し、過度な練習による故障で野球で日本一になる道を閉ざされた志太勤会長(一般財団法人中学生野球連盟/シダックス株式会社取締役最高顧問)の思いを具現化したボールだ。

 大きさ、重さ、反発力などの特性が硬式球と同様で、素材はゴム、構造は中空となっているため安全性も高い。2001年から3年生の部活動終了後となる夏や秋に全国大会が行われ、軟球から硬球への移行をスムーズにするために大きな役割を担ってきた。

 そして昨年、いままでの軟式球(A号、B号)がKボールの特性に近いM号球に仕様変更したことから、それに伴い大会使用球をM号球とした。

 また、次のような中学野球界では様々な画期的な取り組みが行われた。

1、動画配信

 予選リーグ(8グループ、1チーム各2試合)と決勝トーナメント(8チーム)の全55試合を大会特設サイトでライブ配信が行われた。中学年代の大会で全試合をこうして発信することは極めて稀で、サイトのページビューは大会期間中、のべ25万を超えた。また寄せられた応援メッセージは700を超え、実況アナウンサーが試合中に紹介するなど高校野球の甲子園大会の実況中継さながらの様相であった。決勝トーナメントはスポーツ専門チャンネルのJ SPORTSでの生放送も行われ、試合後はヒーローインタビューも催されるなど多くの注目を集めた。

 志太会長は「全試合ライブ配信はコスト、マンパワーともにかかるが、晴れやかな舞台でプレーを見せること・見られることは必ず中学生の成長に繋がるし、チームの地元の人たちがだいぶ視聴してくれたようだ。応援メッセージもたくさん届き、非常に盛り上がった」と話し、今後も継続する見通しだ。

大会特設サイトでは今でもすべての試合を視聴できるようになっている

2、バット規制

 中学軟式野球の各大会ではウレタンなどの素材を用いた複合バット(反発係数の高いバット)の使用が認められているが、この大会では禁止となっている。

「当連盟は中学軟式から高校硬式への移行期間に大会を開催していることと、U-15軟式侍ジャパンを編成し国際大会に出場すること。この2点から、複合バットは使用を控えてもらっている」と近藤義男氏(一般財団法人中学生野球連盟専務理事/日本ハム・近藤健介の父)は話す。高校や国際大会では金属一本材のバットを使用しているため、そこに繋がる大会として理にかなったルールと言える。

3、チームは弱くても

 学校間を横断した地域による選抜チームの出場が多いため、たとえ通っている学校の野球部は強くなくても、この大会が目標となり、全国大会やそのための合同選考会・練習によって同世代の好選手と交流・競争ができる(次章詳述)。

試合後のインタビューでは、どの選手もやや緊張しながらも自然と笑みがこぼれた(筆者撮影)
試合後のインタビューでは、どの選手もやや緊張しながらも自然と笑みがこぼれた(筆者撮影)
プロの放送スタッフ、アナウンサーに加えて、連盟の役員が解説に加わり、大会の盛り上げにひと役買った(筆者撮影)
プロの放送スタッフ、アナウンサーに加えて、連盟の役員が解説に加わり、大会の盛り上げにひと役買った(筆者撮影)

★怪物球児も埋もれた逸材も大活躍

 この大会で最も大きな注目を集めたのは高知県選抜の森木大智(私立高知中)だ。8月の四国中学総体で中学軟式史上初となる最速150キロを計測し、その後の全国中学校軟式野球大会でも優勝に導いた怪物右腕だ。

 他にも粒ぞろいの選手たちを擁して決勝トーナメントに駒を進めた高知県選抜は、準々決勝で群馬ダイヤモンドペガサスJr.と対戦。森木は「1番・投手」として先発した。

 するといきなり2三振を奪うと、その裏の先頭打席で初球をいきなりセンター後方まで運び、馬のような大きなストライドで三塁まで到達。5得点を奪うビッグイニングの口火を切った。

 森木は豪速球や得意のスライダーに加えて「今日はスプリットを有効に使えました」と振り返ったように、抜群の投球術も大いに発揮して4回1安打無失点7奪三振で7対0の5回コールド勝ちに貢献した。

高知高でも活躍が期待される森木大智(筆者撮影)
高知高でも活躍が期待される森木大智(筆者撮影)

※投球(筆者撮影)

※三塁打を放った打撃(大会公式動画

 その高知県選抜を準決勝で破るなど今大会の頂点に立ったのは宮崎県選抜だ。0対0で迎えた4回途中のピンチから森木が登板したが5番の藤原光陽の振り逃げで先制すると、続く中竹伯仁が森木の高めに入ったストレートを振り抜き、これがレフト頭上を超える2点タイムリー二塁打となった。試合はこのまま3対0で宮崎県選抜が高知県選抜を破ると、続く決勝では峯田椋馬のタイムリーと夏田峻作の完封でオール茨城を1対0で破り優勝を決めた。

 宮崎県選抜は約300人の希望者の中から地区選考会、最終選考会を経て選ばれた精鋭たち。その中にはチームとしては県大会出場さえままならなかった選手もいる。藤原光陽(高千穂町立高千穂中)は5番打者として準々決勝でタイムリーを放つなど活躍したが「(中学のチームでは)地区大会1回戦敗退だったのですが、ここを目指してやってきました。良い経験になりました」と最高の結果に笑顔を見せた。

 この他にも愛媛県選抜を4強に導いた最速132キロ右腕の永井滉大(西条市立丹原東中)も「市大会で2回戦敗退だったけど、先生に“力を試してこい”と言われて」と選考会に参加し、今大会の活躍に繋げた。

優勝を決めて喜びを爆発させる宮崎県選抜の選手たち(筆者撮影)
優勝を決めて喜びを爆発させる宮崎県選抜の選手たち(筆者撮影)
念願の檜舞台で好投を続けた愛媛県選抜の永井滉大(筆者撮影)
念願の檜舞台で好投を続けた愛媛県選抜の永井滉大(筆者撮影)

 中学軟式球界では他の競技だけでなく中学硬式野球と比べても選手個々の能力で選考した選抜チームの機会が少なく、通学圏の中学が必ずしも強いとは限らない。そうした状況の中で、すべての中学軟式球児に全国大会の門戸が広く開かれたこの大会の意義は極めて大きい。

 今年は11月2日から5日にかけて「富士山CUP in 伊豆 第19回全国中学生野球大会」と改称し開催する予定だ。選手約1000人とその父兄や親戚が集うことは伊豆地域の活性化にも繋がっており、今年から「富士山」の冠称が付くことになった。

 

 野球振興のための挑戦と創意工夫は多くの関係者の協力のもと、富士山の裾野のように今後さらなる広がりを見せるだろう。

 そして、この大会が成熟することで、中学で軟式野球に取り組むすべての球児にとっての夢舞台が生まれ、野球界のさらなる発展にも寄与していきそうだ。

宮崎県選抜の木村莉基を讃える志太勤会長(筆者撮影)
宮崎県選抜の木村莉基を讃える志太勤会長(筆者撮影)
選手たちの弾ける笑顔が何よりも印象的だった。写真は準優勝のオール茨城(筆者撮影)
選手たちの弾ける笑顔が何よりも印象的だった。写真は準優勝のオール茨城(筆者撮影)
2017年のU-15アジア選手権で優勝した中学軟式球児と関係者たちによるU-15侍ジャパン。今年も結成され中国・深センでU-15アジア選手権の開催が予定されている(筆者撮影)
2017年のU-15アジア選手権で優勝した中学軟式球児と関係者たちによるU-15侍ジャパン。今年も結成され中国・深センでU-15アジア選手権の開催が予定されている(筆者撮影)

文・写真=高木遊

スポーツライター

1988年10月19日生まれ、東京都出身。幼い頃から様々なスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、ライター活動を開始。大学野球を中心に、中学野球、高校野球などのアマチュア野球を主に取材。スポーツナビ、BASEBALL GATE、webスポルティーバ、『野球太郎』『中学野球太郎』『ホームラン』、文春野球コラム、侍ジャパンオフィシャルサイトなどに寄稿している。書籍『ライバル 高校野球 切磋琢磨する名将の戦術と指導論』では茨城編(常総学院×霞ヶ浦×明秀日立…佐々木力×高橋祐二×金沢成奉)を担当。趣味は取材先近くの美味しいものを食べること(特にラーメン)。

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