部員2人の創部から10年。横綱・日大三から大金星を挙げた目白研心ってどんなチーム?

部員24人の小所帯。2回戦前に修学旅行を控える「普通の高校生」たちだ(筆者撮影)

狭い校庭と実績皆無の選手たち

 今夏の甲子園で4強入りするなど甲子園出場37回(優勝3回)の日大三が秋の東京大会初戦で5対7と敗れて姿を消した。そんな東京高校野球界の横綱から大金星を挙げたのは全国区どころか東京都内でも無名に近く、公式戦で1大会3勝(ブロック予選で2勝)を挙げるのが初めてとなる目白研心だ。

 目白研心(めじろけんしん)高校硬式野球部は2009年の共学化とともに創部。新潟明訓で2年夏に4番として甲子園に出場し、中央大では亀井義行(巨人)とともに4年秋に東都大学野球優勝を果たした鈴木淳史監督(現在36歳)が招聘されたが、当時の部員はわずか2人。

 腐らず取り組む2人のためにと、他部活から助っ人を借りて公式戦に出場し、2012年春に新入生12人が入りようやく9人が揃った。現在も部員数は1、2年合わせてわずか24人の小所帯で中学生時代に名を馳せた選手は皆無だ。

 また、校庭は内野ほどのスペースしかなく、今年からは校内の工事も始まった影響でさらに狭くなっているという。そのため練習は基本的に都内や近郊の公営球場へ放課後に電車で通う。決して多くの練習時間を取れるわけではない。

 そんなチームが、代替わりをしたとはいえ、東京近郊を中心としたトップレベルの選手が集い、来秋のドラフト候補に挙がる選手もいる日大三になぜ勝てたのか?

 そこには選手たちに野球を楽しませる仕掛けがあった。

校内の工事により、さらに狭くなった校庭でも週1、2回は練習を行う(筆者撮影)
校内の工事により、さらに狭くなった校庭でも週1、2回は練習を行う(筆者撮影)

「角を削らず、組み合わせて丸に」

「チームが同じ方向を向いていれば、その中で各自がどんな動きしてもいいと思います。“同じ方向を向いて同じことをする”のが良しとされる風潮がありますが、それでは僕は物足りません」

 鈴木監督はハッキリこうと言い切る。指導のベースにあるのは新潟明訓時代の恩師・佐藤和也監督(現新潟医療福祉大)の選手の個性を伸ばす指導だ。

「ビッグマウスで、角が尖っていた当時の僕を、受け入れた佐藤監督がどれだけすごいかを今実感しています。ここでもいろんな子がいるが、その角は絶対取らないようにしたいです」

 勝つための最短ルートは、型にはめることかもしれない。それでも鈴木監督は「その角を組み合わせて“丸”にしていきたいんです」と力を込める。特別な練習はしていないが、グラウンドでは選手たちの表情や動きは活気に満ちており、練習後は短い時間を惜しむかのような表情さえ見て取れる。彼らにとって野球が「やらされているもの」ではないことがよく分かる。

 日大三との試合でも鈴木監督からの指示に対して「やらなきゃいけない」ではなく「やってやろうぜ」という雰囲気ができあがっていたという。例えば「インコースを攻めよう」という指示があれば、バッテリーは思いきってインコースに投じ、守備につく選手たちは各自で思いきった守備位置を取った。相手どうこうではなく「インコースをしっかり攻めることができているかどうか」ということだけに選手は集中。相手や監督を見て野球をやることがなく「どんな試合でも楽しめちゃう選手たちなんです」と鈴木監督は笑った。

「みんな野球を始めた時って、ああしろこうしろと言われなくても、遠くに飛ばしたかったり、速い球を投げたかったり、変化球を真似したりしていましたよね。ただ楽しいから自然と声を出しますし、自然と笑顔になる。そういうスケールの大きい野球というか、野球が好きで楽しいまま引退の日を迎えさせてあげたいんです。“燃え尽きるまでやれ”とか、“高校野球で全部出しきれ”とか、僕はまったく思いません。野球は(続けていけば)もっと楽しいものになるはずだし、もっと上手くなりたいという気持ちのまま高校野球を終わらせてあげたいんです」

 これは以前に鈴木監督が取材時に語っていた言葉だ。そして今日、彼らは野球の楽しさや喜びを存分に味わった。奇跡が起きたのは、特別な取り組みではない日々の姿勢が生んだ必然だった。

創部から指揮を執る鈴木監督。高校時代の恩師である佐藤監督は教え子の成長を「ビッグマウスに加えて、今は目や耳も大きくなってきた」と喜んでいる(筆者撮影)
創部から指揮を執る鈴木監督。高校時代の恩師である佐藤監督は教え子の成長を「ビッグマウスに加えて、今は目や耳も大きくなってきた」と喜んでいる(筆者撮影)