Yahoo!ニュース

無失点勝利で降格圏脱出。吉田麻也がもたらした「経験」と「落ち着き」

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
フラム戦での勝利に貢献した吉田麻也(写真:ロイター/アフロ)

試合終了のホイッスルが鳴ると、サウサンプトンのDF吉田麻也は右手の拳をグッと固めて、大きく2度ガッツポーズした。

サウサンプトンは、2月27日に行われたフラムとのプレミアリーグ第28節で2−0の勝利を収めた。連敗を2でストップし、残留争いのライバルである19位フラムを蹴落とした上で、貴重な勝ち点3を手にした。この結果、チームは降格圏を抜け出し残留圏内の17位に浮上。リーグ戦5試合ぶりの勝利は、サウサンプトンにとって非常に価値のあるものとなった。

そして、吉田にとっても意義深い勝利になった。アジア杯からチームに復帰したものの、その後の2試合は「ベンチスタートで出番なし」。アジア杯前にはレギュラーの座を掴み、合流直前に行われたチェルシーとの一戦(1月2日)で、英メディアのマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるほどの活躍を見せていたが、アジア杯により約1ヶ月間チームを離れたことで、吉田の序列は低下してしまった。アジア杯への参加で風向きが変わった格好だ。

こうして迎えたフラム戦。守備陣が安定を欠いていることから、ラルフ・ハーゼンヒュットル監督は、吉田を先発に復帰させた。そんな指揮官の期待に応えようと、日本代表DFも安定感の高い守備を披露。3−5−2のCB中央の位置で最終ラインを支え、2−0の完封勝利に貢献した。

サウサンプトンがクリーンシートを達成したのは、吉田のアジア杯合流前のラストゲーム、つまりチェルシー戦以来、初めてのことだった。

試合後、吉田は充実感を漂わせながら語った。

「危ないシーンもありましたけど、無失点という目に見える結果を出せたのは、僕がこのチャンスをつかむ上で大事だった。この連戦がチャンスかなと思っていた。『アジア杯から帰ってきたら、たぶん試合に出られなくなるだろうな』と思っていた。このチャンスに向けて準備してきたし、チームとしてもここで勝たないといけなかった。ここから強い相手とあたるので、今日は必ず勝ち点3を取らないといけなかった」

吉田が「監督から、経験という部分を自分に求められていると思った」と話した通り、日本代表DF不在のサウサンプトンは、不用意な形での失点があまりに多かった。

前節のアーセナル戦では、吉田の代わりにCB中央を務めたジャック・スティーブンスがビルドアップ時にボールを奪われ失点。前々節のカーディフ戦でも、試合終了間際の後半アディショナルタイムに決勝弾を許して敗れた。

そこで、ハーゼンヒュットル監督は、CB陣で最年長の吉田を先発メンバーに復帰させた。気がつけば、吉田も30歳。日本代表DFは、落ち着いた守備でセルビア代表FWアレクサンダル・ミトロビッチとオランダ代表FWライアン・バベルの2トップを封じ、チャンスを作らせなかった。

吉田は語る。

「降格圏にいながら肝心なところでミスが出て、取りこぼす試合が重なっていた。監督からは、経験という部分を自分に求められていると思った。落ち着きをチームに与えたかったし、自分自身もバタバタせずにプレーしたいなと思っていた。満足できるレベルではまだないですけど、まずまずかなと」

リーダーとしての強い自覚が垣間見えたシーンもあった。サウサンプトンが23分に先制点を決めると、吉田は得点者のオリオール・ロメウの下に駆け寄って祝福。すると喜びも束の間、すぐに気持ちを切り替え、MFのピエール・エミール・ホイビュルクを捕まえて厳しい表情で指示を出し始めた。

この試合で、サウサンプトンは従来のプレッシングサッカーではなく、ある程度フラムにボールを持たせてカウンターで突く戦略で臨んでいた。ところがMFのホイビュルクは、プレスをかけていこうとしたという。それに「待った」をかけたのが吉田だった。

「20分を過ぎて、プレスがハマんなくなっていたんです。でも(ホイビュルクが)前から行こうとしていたから、『一回引こう』と。『ミーティング通り、引いて、守備ブロックを作ってから、プレスをしよう』という話をした。前の選手(=攻撃の選手)は行きたがっていたけど、後ろから見て、『無理があるな』と思った。

とりあえず、前の選手は(プレスで前に)行きたいんですよ。(プレスに)行けば、もう終わりだから。でも、相手に遅れてプレスに行って、スペースが膨大にあったから、後ろは守りきれなくて。しかも、前の選手から『プレスに来いよ』と言われて(苦笑)。そこは(味方を)うまくコントロールしないといけない。それは代表でも、こっちでも、前の選手は大体そういう風になるので」

こうしたビジョンとリーダーシップこそが、指揮官の欲していた「経験」と「落ち着き」だったのだろう。吉田は、ホイビュルクを含む中盤の選手に指示を出すと、今度は最終ラインでコンビを組むポーランド代表DFのヤン・ベドナレクにも声をかけて、意思統一を図った。

吉田は、指揮官の期待に無失点勝利で応えた。アジア杯後、先発落ちが続いていた吉田は、両手でチャンスを掴んだ。

そして、チームにとって吉田の存在価値が非常に大きいことも、今回の試合で証明された。

5試合ぶりの勝利に沸くサウサンプトンの輪の中で、吉田はひときわ眩しい輝きを放っていた。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

田嶋コウスケの最近の記事