定年のないゆたかな老後を実現するために、いまこそ金銭解雇の法制化を

(写真:アフロ)

金融庁が現役世代に向けて「老後のために資産形成を考えた方がいいですよ」とアドバイスしたら大炎上して、報告書そのものが「存在しない」ことになってしまうという珍事が起きた。なにひとつ間違ったことをいっていないにもかかわらずバッシングされた金融庁もかわいそうだが「「正式な報告書」としては受け取っていないから答弁できない」という国会でのやりとりに落胆したひとも多いだろう。

この問題についてはすでに多くが語られているが、要点は以下の2つだ。

  1. 支給額を減らし、保険料を引き上げていけば、理屈のうえでは制度は「100年安心」だが、「年金で100歳まで安心」などということはまったくない。
  2. 「人生100年時代」を考えれば、65歳で2000万円の老後資金ではぜんぜん足りない。

そもそも金融庁の報告書が「平均」としたのは、「持ち家で、年金などで毎月約21万円の収入があり、金融資産を2252万円保有している」世帯で、これに該当するのは高齢者の3割ほどだ。しかしこの恵まれたひとたちにとっても、「老後」はけっして安泰ではない。

65歳から30年の余命があるとすると、2000万円の貯蓄は年約67万円、月額約5万6000円で、夫婦ならその半分だから1人あたり月額約2万8000円だ。これで病気やケガの治療・入院費用、自宅のリフォーム費用、自活できなくなった場合のサービス付高齢者住宅や有料老人ホームへの入居費用を賄うことは難しい。最終的には持ち家を売却することになるだろうが、不動産が「負動産」になる時代では希望する値段で売れるとはかぎらない。

多くのフィナンシャル・プランナーが「退職時に(ローンを完済した)持ち家と金融資産5000万円が必要」と述べているが、これはけっして誇張とはいえない。だが現実には、このハードルをクリアできる恵まれたごく一部のひとも、自分の老後が安泰などとは思っておらず、逆に不安でいっぱいなのではないだろうか。

60歳で引退したとして、「人生100年時代」では老後は40年もある。これは社会人になった20歳から定年退職するまでの期間と同じなのだ。

現在の年金制度は、(1)若者がどんどん増え、(2)55歳で定年退職し余命が10年程度だった時代に設計したものだから、少子高齢化で「人生100年」の時代に行き詰まるのは当然だ。

「老後問題」というのは、定義上、「老後が長すぎる」という問題なのだから、105歳まで診察をつづけた医師の日野原重明さんのように生涯現役で働きつづければ「老後問題」はなくなる。そう考えれば、高齢者の7割が脱落する「2000万円」という金額を老後対策の前面に出すよりも、「長く働ける」労働市場をつくっていくことの方がずっと重要だ。

新卒一括採用と定年制は「年齢差別」

採用にあたって国籍や人種、性別、出自などで差別することは許されない。こんなことは当然と思うだろうが、日本ではいまだに「年齢差別」が堂々と行なわれている。

ひとつは新卒採用で、「募集・採用における年齢差別禁止」を掲げる厚労省ですら、新卒採用(国家公務員試験)では30歳を上限としているし、民間企業は大卒で24歳、「リベラル」を自認するマスコミでも応募資格はせいぜい30歳までだ。

厚労省のホームページには、「年齢を理由に応募を断ったり、書類選考や面接で年齢を理由に採否を決定する行為は法の規定に反する」とはっきり書いてある。それにもかかわらずなぜこのような差別が堂々と行なわれているかというと、新卒採用を「(年齢制限しても)止むを得ない場合」として適用除外にしているからだ。

厚労省は「新卒一括採用は日本社会に深く根づいているので、それを廃止すると多くの学生が不利益を被る」というが、だとすれば「アメリカ南部の社会に深く根づいている奴隷制を廃止すると多くの白人農場主が不利益を被る」という理屈も正当化できるだろう。この「新卒年齢差別」が、不運にも「就職氷河期」に遭遇した若者たちを苦境に陥れ、現在にいたる「ひきこもり」問題を引き起こした。

もうひとつの年齢差別は「定年制」だ。終身雇用というのは、その実態は「超長期雇用の強制解雇制度」のことだ。日本の会社では、個人の意思にかかわらず社員を60歳や65歳で一律に解雇することを当然としているが、アメリカではずいぶん前から定年は年齢差別として禁じられているし、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏がこれに追随した。いまや「定年制廃止」が(あらゆる差別に反対する)リベラルな社会の主流になりつつある。

そもそも日本で「定年後」がこれほど問題になるのは、定年があるからだ。定年制を年齢差別として禁止してしまえば、その瞬間に「定年後問題」はなくなる。それぞれが自分の能力と意欲に応じて働きつづければいいのだ。

定年後に「濡れ落ち葉」になる夫がしばしば問題になるが、これは会社を「解雇」されたからだ。「孤独な高齢男性を地域社会に包摂しなければならない」などという前に、定年をなくして「落ち葉」にならないようにすればいい。日本経済は空前の人手不足だし、彼らはもっと働きたいのだから、どんどん働いてもらえばいいのだ。

だが、こうした議論は日本ではものすごく嫌われる。なぜ「年齢差別」に固執するかというと、定年制がなくなれば年功序列も終身雇用も維持できなくなることを知っているからだ。

定年制を廃止して100歳まで働けるようになれば、年功序列の給与は巨額になり、まったく能力のない社員でも、欠勤などがないかぎり会社は新卒から80年間も養いつづけなくてならない。こんな荒唐無稽なことができるわけはないから、年齢差別をなくそうとすれば日本型雇用を破壊するしかない。

年金繰り下げは年利7.26%の「資産運用」

高齢化にともなって、今後、定年制廃止は世界的な流れになっていくだろう。日本ほどではないにしても先進国はどこも急増する高齢者で年金財政が逼迫しており、その対策としては「長く働いてもらう」しかないからだ。

労働者にとっても定年制廃止は悪い話ではない。長く働くほど「老後」は短くなり、必要な老後資金も減っていく。社会のなかで居場所をつくり、ひとびと(顧客やビジネスパートナー)とつながることもできる。さらに、長く働いて年金受給を繰り下げれば年金額も増えていく。

現行制度では、70歳まで年金受給を繰り下げると、65歳からの年金に比べて受給額は42%増える。65歳の平均的な厚生年金の受給額(男性)は月額16万6000円で、70歳への繰り下げで月額23万5000円に増える。これは年金資産を年7.26%で運用したのと同じで、ゼロ金利の現在ではとてつもなく有利な資産運用だ。平均余命までにいくらもらえるかを比較しても、65歳受給(余命19.57年)で3890万円に対し、70歳受給(同15.73年)は4440万円で500万円以上ちがう。

このように、「長く働いて年金を繰り下げる」のはいいことだらけだが、このような働き方ができる社会をつくるには高い壁を越えなくてはならない。

誰が考えてもわかるように、定年制廃止と終身雇用は両立できないから、会社が一定のルールによって社員を解雇できる制度がどうしても必要だ。ところが、新卒でたまたま入社した会社に定年まで「終身雇用」されることが幸福な人生だと思われている日本では、解雇すなわち「会社というイエ」から問答無用で追い出す行為はもっとも忌むべきこととされ、「解雇の合法化」など口にするのも憚られる風潮がつづいてきた。

「定年後再雇用があるではないか」というかもしれないが、この政策には大きな問題がある。定年前と同じ仕事をしながら基本給を大幅に引き下げると、「同一労働同一賃金」の原則に反してしまうのだ。

そのため大企業の多くは、再雇用の待遇について従業員から訴訟を起こされるリスクを避けるために、定年前の仕事とはまったく異なる「時給の安い」仕事をさせている。しかしそうなると、これまでとまったくちがうやりがいのない業務をあてがわれることになり、モチベーションが大きく下がってしまう。

ある大手出版社では、定年後再雇用でそれまでの高給を5割程度も引き下げたうえで、編集者に単純事務の仕事をさせており、あまりにつまらないのでたいてい1~2年で辞めていくという。これでは体裁のいい「追い出し部屋」で、これまで培ってきた能力や経験をムダにするのは本人にとってはもちろん、会社にも社会にも大きな損失だろう。

なぜこんな不合理なことになるかというと、定年という「超長期雇用の強制解雇」を前提とする日本型雇用そのものが不合理だからだ。この矛盾をただし、会社も労働者もともに利益のある働き方にするためには、定年制を廃止するとともに、金銭解雇を合法化しなくてはならない。

長く働いて、じゅうぶんな年金をもらえる「ゆたかな」社会へ

高い失業率に悩むスペインでは、大胆な規制緩和によって企業に雇用を促そうとして、解雇実施前に支払う「事前型補償金」と、訴訟により解雇が不当とされたあとに支払う「事後型補償金」のルールを定めている。その特徴は、補償金の計算方法が明確に示されていることだ。

解雇に伴う事前型補償金は「勤続1年につき20日分の賃金相当額、最大で12カ月分の賃金相当額」で、労働者代表との協議を条件に、経済的理由による集団的解雇(整理解雇)も認められている。

正当な理由なく解雇された場合は、金銭解決を行なうか否かの決定権が原則として使用者にあるとされ、事後型補償金は「勤続1年につき33日分の賃金相当額」、能力不足や会社の経営難など正当な理由がある場合は「勤続1年につき20日分の賃金相当額」とされている。

これをわかりやすくいうと、会社は労働者の能力の欠如や能力の不適合など個人的な理由はもちろん、3四半期連続で業績が悪化しているというような経営上の事情でレイオフを行なうことも可能だ。事前型補償金というのは、解雇通知とともに(事前に)支払うもので最大で1年分の給与となる。

こうした解雇を不当として労働者が訴訟を起こし、解雇が不当とされた場合、会社は判決から5日以内に、労働者を現職復帰させるか、不当解雇補償金を支払って労働契約を終了させるかを選択する。これが事後型の補償金で、その額は事前型の1.5倍とされている。

スペインの解雇法制の特徴は、差別などの無効事由に当たらないかぎり、会社は不当解雇補償金さえ支払えば、正当な理由がなくても(裁判で解雇が不当と認定されても)解雇を実施できることだ。

日本的な感覚では理不尽きわまりないと思うだろうが、曖昧さが残るドイツなどの解雇法制より「公正」だとして、EUでは金銭解雇のルールを法律で明確にしたスペイン型が今後、主流になっていくとされている。金銭解雇を法制化したことで、現在のスペインでは定年制は廃止されている(大内伸哉、川口 大司編著『解雇規制を問い直す 金銭解決の制度設計』有斐閣)。

厚生労働省「雇用動向調査」によれば、2017年1月1日時点で雇用されている常用労働者4941万人のうち年末までに735万人が離職し、年間の離職率は14.9%にも及んでいる。その一方で同じ1年間に入職した者は788万人で、入職率は16%だ。「日本の労働市場は流動性がない」といわれるが、それでもひとびとはそれぞれの理由で会社を辞め、再就職している。

現状では、会社も労働者も、明確なルールがないまま解雇をめぐる紛争に対処しなくてはならない。それでも大企業の労働者(正社員)は組合に守られているが、中小企業では実質的に「解雇自由」になっており、なんの補償もないまま職を失ってしまう。非正規はさらに劣悪で、一片の通知で雇い止めにされ寮から追い出されている。そんな弱い立場の労働者にとっては、金銭補償の水準が法律に明記されることは大きな利益になるだろう。

長く働いて、じゅうぶんな年金をもらえる「ゆたかな」社会の実現を目指し、長年のタブーを打ち破って、いまこそ金銭解雇の法制化に向けた現実的な議論を始めるべきだ。