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多種多様な人材が存在する民主主義社会の中で、「世界を変える」にはどうするか

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
民主主義社会には多種多様な人材が存在する(提供:イメージマート)

 民主主義は、本来「主義(イデオロギー)」ではなく、人民による決定で社会を統治するということだけを決めている政治制度だ。そして、その「社会」には多種多様な人材や人々が存在している。そこにおいて社会・世界を変えていくには、非常に骨が折れ、手間や時間のかかる大変な作業と活動が必要だ。

 そのような意味からも、「誰もが世界を変えられる技術がある」という考え方の下に書かれ、最近出版された著書『協力のテクノロジー…関係者の相利をはかるマネジメント』は非常に興味深い論考を提示している。

 同書の著者は、NPO法立法を推進する「シーズ=市民活動を支える制度をつくる会」の創設者であり、NPO法成立の中心人物の松原明さん(注1)と日本におけるDMO政策およびその実践で活躍する大社充さんだ(注2)。

正に、このテーマについて論じる経験と知見をもつ最適任者による著書であるということができる。

世界を変えるテクノロジーはあるのか。
世界を変えるテクノロジーはあるのか。提供:イメージマート

 社会的には、これまでは的確かつ十分な説明や説得などをすれば、たとえそれまで異なる意見や考え方をもっていたとしても、「私とあなたは同じ考えを持てる」ようにすることができると考えられてきた。またその考え方から相手を説得あるいは落とすための技術や方法等がつくられ、構築されてきた。そしてそれらは、ある意味「同質性の上に築かれた従来の協力の技術」であるといえるだろう。

 近年注目を集めるコミュニティーオルガナイジング(CO)(注3)などの手法も、その手法の有効性はもちろんあるが、どちらかというとその「同質性に基づく協力の技術」の一つであるといえるだろう。

 他方、筆者は、世界や社会を変えようとする政治や政策に関する様々な活動に関わってきているが、的確かつ十分な説明や説得などがあっても、すべての(あるいは多くの)人々が「私とあなたは同じ考えを持てる」ようになることはほとんどないという現実に何度も直面し、体験してきた。つまり、「同質性に基づく協力の技術」の意味や有効性を否定はしないが、それだけでは限界があるとも感じてきた。

 これに対して、本記事で紹介する同書は、「価値観やライフスタイルの多様化によって(その手法は)通用しなくなった。協力の輪を仲間の外に拡げるには、『違う』を前提に力を合わせることが必要だ」と指摘し、その考えに基づいて、協力とは何かということを基礎から説き起こし、誰もが習得できると考える技術を体系的に説明しているのである。その点が、本書の非常にユニークであり、興味深い点だ。そのことは、筆者も、自身の実体験からも、非常に共感できるところだ。

多種多様な人々の間に合意は成り立つのだろうか。
多種多様な人々の間に合意は成り立つのだろうか。提供:イメージマート

 次に、同書の内容について具体的に触れておきたい。

同書のPart1~Part3は、関係者の相利をはかり、推進するためのマネジメントのための「協力のテクノロジー(技術)」について、微に入り細を穿ち懇切丁寧にかつくどいぐらいに詳細に説明、解説している。

 そして、Part4では、それまでの論述を受けて、NPO法の立法過程において、著者(松原さん)が、いかにかつどのようにその協力の技術を活用し、いやむしろその過程において、その技術を構築、磨き、進展させていったのかについて、解説しており、非常に説得力があると共に、大変に読み応えがある。そしてこのPARTは、本書のテーマである「協力のテクノロジー」の有効性を証明してもいるのである。

そしてNPO法の立法・制定過程については、これまでも研究者や専門家が様々な著書や論文・記事などで論じてきているが、その過程の当事者であり中心人物が記述したこのPARTは歴史的にみても非常に貴重な資料になっているのである。

 Part5は、もちろん広い意味では繋がっているのだが、同書のそれまでの他の部分の流れとはやや別のテイストで、協力のテクノロジーの現代編ともいうべきもので、それのDMOなども含む地域マネジメントや国家マネジメント、ビジネスなどへの応用についても論じている。

 このような内容から、本書は、読者の属性により、次のような異なる読み方をすべきなのではないかと感じる。

1.経験ある読者

 本書が詳細説明であるために、社会に関わるあるいは変化をもたらす活動をした経験がある読者は、自身の活動や経験を振り返りながら、読み進めることをお勧めしたい。

 そして、それを受けて、Part4のNPO法の立法過程を事例にして、その協力のテクノロジーをどのように活用、適用し、変化を生み出していくかを、自身の経験と照らし合わせながら、追体験していくことをお勧めする。そして、このテクノロジーの今後の広がりを知るために、Part5を読んでほしい。

2.経験のない読者

 社会に関わるあるいは変化をもたらす活動をした経験がない読者にとって、本書のPart1~Part3は、ややくどくまどろっこしいといえるかもしれないし、また決してわかりやすくないだろう。そのような読者は、まずPart4を読み、協力のテクノロジーの現場感をもったうえで、Part1~Part3を読み、復習を兼ねて、再度Part4を読むべきだろう。当座は、Part5をすぐに読む必要は必ずしもないのかもしれない(著者には失礼!)。

3.1.と2.の間にいる読者

 基本は、2.とは同じだが、Part1~Part3は、自身が社会に関わるあるいは変化をもたらす活動などに関わろうとする際に、自身の活動の確認や振り返りのために、「辞書」あるいは評価項目的な機能として活用してはどうだろうか。

 同書は、このように読者別に様々な活用の仕方があるが、一度読んでそれで終わりという類の本ではないと思う。同書から学んだことを、実際の社会や生活に活かし、それを基に何度も読み返し、立ち返るべき種類の本であるといえるだろう。

 また可能であれば、Part1~Part3の部分のダイジェスト版やそれに基づくチェックリストがあると、同書は、「世界を変える」上でさらに有効な役割を果たしてくれると考えている。

日本の政治も変えられるのだろうか。
日本の政治も変えられるのだろうか。写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

 著者の松原さんは、民主主義とは、「何事もみんなで決めて、みんなで実行して、みんなで成果を分かち合うのが良い事だ」という「思想」だと考えているようだ。また本書は、先にも述べたように、協力の輪を仲間の外に拡げるには、「違う」を前提に力を合わせることが必要だという考え方に基づいて、書かれていることになっている。

 だが、筆者が読んだ限りでは(特にPart4を踏まえて、Part1~Part3を読むと)、考え方・意見や立場等が「違う」ことを前提に、仲間でない者あるいは意見の異なる者やさらには敵でさえも変化の流れに参加させ、さらに活かしながら、社会や地域における流れや方向性をつくりながら、誰でも「世界を変えられる」ことを論じ示すと共に、そのためにはどんな技術をどのように駆使していくべきかを論じ、解説しているのが本書であると強く感じた。

 その意味では、筆者が本記事のはじめの方で述べたように、同書は、民主主義は、「主義(イデオロギー)」ではなく、やはり政治制度であるという考え方に立脚しているのではないかと考えることができるのである。

 そのようなことからも、同書は、政治、社会、地域、組織のいずれであろうと、それらを少しでも変えていきたいと思う方々にとって、たとえ年齢、ジェンダー、国籍、はたまた恐らく政治制度が異なっていても、必読の書籍だといえるだろう。強くお薦めしたい。

(注1)NPO(Non Profit Organizationの略語、民間非営利組織)とは、「営利を目的とせず、政府からも自立して、福祉・まちづくり・環境保全・国際交流・災害救援などの様々な社会貢献活動を行う民間組織の総称。非営利組織と訳される。特定非営利活動促進法(NPO法)に基づいて認証されたNPO法人はその一部で、法人格をとっていないNPOも多い。また、非政府組織と訳されるNGO(Non Governmental Organization)は、国連や政府と連携して、軍縮・飢餓救済・環境保護などの分野で国際地域に貢献する団体を指し、広義のNPOに含まれる。

NPOは、特に1990年代以降の先進諸国を中心に急速に成長し、政府・企業に次ぐ第3の経済主体として位置づけられるようになった。今日では、政府や市場がうまく機能しない領域を補完するだけでなく、より積極的に公共サービスを担うなど政府や企業との協働関係も変化し、政治的にも経済的にも社会に影響力を持つ存在になってきているという。

日本では、95年1月に発生した阪神・淡路大震災での市民団体の活躍をきっかけに、市民による自発的な公益活動が注目を集めた 。こうした団体に法人格を与えて活動しやすくするNPO法が98年に成立し、2001年には一定の要件を満たしたNPO法人に寄付した人に対する税制優遇措置も認められた。11年には、法改正によって認定の要件が緩和され、寄付優遇税制が拡充された。内閣府によると、NPO法人は11年6月末現在、約4万3千団体ある。(原田英美[ライター] / 2011年)」出典:「知恵蔵」(株)朝日新聞出版発行

(注2)DMOとは、「観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のこと。Destination Management Organization(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション)の頭文字の略。DMCはDestination Management Company(デスティネーション・マネージメント・カンパニー)の略。」(出典:JTB総合研究所)

(注3)コミュニティ・オーガナイジング(Community Organizing、以下CO)は、「市民の力で自分たちの社会を変えていくための方法であり考え方です。 オーガナイジングとは、人々と関係を作り、物語を語り立ち向かう勇気をえて、人々の資源をパワーに変える戦略をもってアクションを起こし、広がりのある組織を作りあげていくことで社会に変化を起こすことです。キング牧師による公民権運動、ガンジーによる独立運動、どれも数えきれないほど多くの人々が参加し、結束することで社会を変えてきました。

そして、普通の市民が立ち上がり、それぞれが持っている力を結集して、コミュニティの力で社会の仕組みを変えていくのが、COです。市民主導で政府、企業などさまざまな関係者を巻き込みながら、自分たちのコミュニティを根本からよくすることを目指します。

COは、『先行き不透明な状況の中、人々が目的を達成できるよう責任を引き受けるリーダーシップ』と言うこともできます。リーダーシップと言うと、カリスマ性のある限られた人にだけ与えられた特別なものと思われがちです。しかし、オーガナイジングでは、人は誰でもリーダーであると考えます。子どもの頃に何度も転びながら自転車の乗り方を覚えたように、行動を起こし、何度も失敗しながら学んでいくのです。」(出典:コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(COJ)のHP)

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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