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筆者の本が中国で中国語出版された理由

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
中国社会科学院…中国はシンクタンク機能強化を推進している(写真:ロイター/アフロ)

最近、筆者の著者である『日本に「民主主義」を起業する…自伝的シンクタンク論』(注1)が中国で中国語出版された。その中国語タイトルは、『何謂智庫:我的智庫生涯』で、日本語的に言えば、「シンクタンクとは何か:私のシンクタンク人生」となるであろうか。翻訳者は潘郁紅中国共産党中央党校文史教研部副教授で、出版社は中国社会科学院に所属する社会科学文献出版社である。

筆者の著書の翻訳本『何謂智庫:我的智庫生涯』
筆者の著書の翻訳本『何謂智庫:我的智庫生涯』

 筆者は、自身の本が中国語に翻訳出版されたことを自慢して、この記事を書いている訳ではない。中国における、より深い変化について考えるために、この話題を取り上げているのである。

 筆者が、翻訳者の潘郁紅先生から、アプローチを受けたのは、2017年2月ごろ、つまり今から約2年前にさかのぼる。そして、その前年、2016年11月には、中国共産党中央編訳局の一行が、「海外先端シンクタンクの組織形態及び管理方式」の研修使節団として来日し、筆者はその一環として、彼らに対して、「日本のシンクタンクの特徴と動き」について講義する機会があった。

 これらのことは、一見するとバラバラの別の出来事のように思えるが、実はそうでない。

 

 中国共産党は、2012年11月開催の第18回全国代表大会(いわゆる「十八大」)以降、習近平総書記を中心とする党中央が、中国の特色ある新型シンクタンクの建設を非常に重視して、一連の論断が出され、それにつながる政策や対応がなされると共に、国内の関連研究機関や大学も、その動きに呼応していているという。先の中国中央編訳局も、現在資料が手許にないのだが、筆者の記憶が正しければ確か中国政府により、後に出てくる施策の中で重点シンクタンク機能(25拠点)の一つに選ばれたために、日本のシンクタンクを学びに訪日していたはずだ。

 

 その後、2013年には、習近平総書記は、シンクタンク建設に関する重要な指示を出し、その中、中国のソフトパワーを引き上げる観点から、「政策決定の諮問仕組みを整備し、政策決定にサービスを提供し、適度に前倒しするという原則に基づいて、高品質シンクタンクを建設すべきである。指示の精神が我が国のシンクタンク建設において全体的に従わねばならないこと」(謝)と指摘したのである。

 さらに、2013年11月の共産党第18期中央委員会第3回総会(18期3中総)のコミュニケにおいても、中国の特色ある新型シンクタンクは、トップダウンで構想され設立していくということが、中国共産党全党の考え方の基に、それに向けて動いていくことが明確にされたのである。

 それ以外にも関連のさまざまな動きがあるが、特に2014年10月に、中央は、改革の全面深化指導者小組(グループ)が、「中国の特色ある新型シンクタンク建設強化に関する意見」を採択したことで、中国のそのようなシンクタンクの建設は、「全面的な系統的設計、全体の協同推進、ハイエンドの先行的に施行する新しい段階は入った」(謝)と考えられたのである。

 さらに、2015年1月には、中国共産党中央弁公庁および国務院弁公庁は、「中国の特色ある新型シンクタンクの建設を強化することに関する意見(関於加強中国特色新型智庫建設的意見」と題する文章を発表し、印刷配布した。同意見には、「2020年までに党政部門、社会科学院、党校、行政学院、大学、軍隊、科学研究員、民間等のシンクタンクを強調的に発展させ、中国の特色ある新型シンクタンクのシステムを構築し、影響力と国際的知名度を備えたハイレベルなシンクタンクを複数建設することを目標に掲げている」(深串、p179)という。先に述べた筆者に関わる翻訳や講義に関わる組織と、ここに挙げられている組織はまさにオーバーラップするものなのである。

このようにして、中国国内では、2015年は、「シンクタンク元年」と位置付けられているそうだ。

 そして、同年11月には、先の指導者小組(グループ)は、「国家のハイエンドシンクタンク建設施行交錯方案」を審議・採択した。その中で、国家が必要とし、特色があり、制度を革新・発展させていくハイエンドのシンクタンクを構築させていくことを明確にしたのである。その「国家ハイエンドのシンクタンク建設施行工作方案」において、テストケースの第一弾として25の拠点が示されたのである。

 

 このようにして中国では、その社会的発展と進展を踏まえて、これからの来るべき時代に対応できる社会構築のために、シンクタンクの構築を行ってきている。それを見ていくと、その延長線というか流れのなかで、筆者にも、上述のような様々な形でアプローチが来ているということがわかるだろう(注2)。

 筆者は、中国礼賛者では決してないが、最近の中国の発展には、日本への脅威や危機感を感じる。また、そして筆者自身日本社会で何度もシンクタンクに挑戦し、それなりに成果を出せた時期もあるが、結局ははじき戻され、なかなか進展させれてこれていない日本のシンクタンク事情を鑑みるに、シンクタンクやその延長にある政策形成におけるイノベーションにおいても、日本は、中国との相対で、遅れをとり始めていることをヒシヒシと感じざるを得ない。この劣勢を挽回する意味でも、今後何とか、次の一手を繰り出していきたいと考えている。

(注1)同書は、2007年出版でやや古いので、その後に書いた論文「日本になぜ(米国型)シンクタンクが育たなかったのか?」(季刊 政策・経営研究 2011年vol.2 三菱UFJリサーチ&コンサルティング刊)を加えた方が良いのではと提案したところ、相手側の同意を得られて、同書には同論文も加えられている。

(注2)中国が、なぜシンクタンクに力を入れているかを理解するためには、船橋洋一氏の近著『シンクタンクとは何か-政策起業力の時代を参考にされたい。

[参考資料]

・「中国シンクタンクの建設・発展動向の展望」周湘智、2016年6月24日、理論中国(出所:人民日報)

・「中国の特色ある新型シンクタンク建設の新しい思想と新しい実践」謝光鋒、2016年12月12日、理論中国(出所:学習時報)

・「『中国の特色ある新型シンクタンク』の建設と中国の対外政策」深串徹、2017年3月、『中国の国内情勢と対外政策』所収(国際問題研究所)

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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