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【パリ】100年秘蔵のゴッホ絵画に17億円。「サザビーズ」ロックダウン下のオンラインオークション

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
競売に先駆けてパリ「サザビーズ」で公開されたゴッホ作品。(写真はすべて筆者撮影)

3月25日、パリ「サザビーズ」のオークションで、ゴッホのパリ時代の作品『Scène de rue à Montmartre(モンマルトルの道の光景)』が13,091,250ユーロで落札されました。

1ユーロ130円換算でおよそ17億円。事前に推定されていた価格は500〜800万ユーロ、6億5000万円から10億円でしたが、それを大幅に上回るほぼ倍の価格で落札されたことになります。これは、フランスで取引されたゴッホ作品としては最高額になるそうです。

フィンセント・ヴァン=ゴッホ『モンマルトルの道の光景』(1887年)ゴッホがパリ、モンマルトルに暮らしていた当時のランドマーク的な風車小屋「ムーラン・ドゥ・ラ・ガレット」のある風景を描いた作品のひとつ
フィンセント・ヴァン=ゴッホ『モンマルトルの道の光景』(1887年)ゴッホがパリ、モンマルトルに暮らしていた当時のランドマーク的な風車小屋「ムーラン・ドゥ・ラ・ガレット」のある風景を描いた作品のひとつ

さて、今回のオークションは新型コロナ感染第3波のためにパリがコンフィヌモン(ロックダウン)になるなかで行われました。開催地はパリの「サザビーズ」ですが、ロンドン、ニューヨーク、香港の「サザビーズ」からも電話で参加する形。オークションでは、ルノワール、ドガ、ロダンなど有名アーティストの作品合計33点が出品されましたが、何といってもこのゴッホ作品に圧倒的な注目が集まりまりました。

ゴッホ作品の競売は、400万ユーロからスタート。10分以上の応酬が続き価格がどんどん上がっていきました。最終的にどこの誰が落札したのか、美術館なのか個人コレクターなのか、競売後「サザビーズ」の広報に質問しましたが、今のところ発表には至っていないそうです。

フランス国旗を掲げたエリゼ宮(大統領官邸)の向かいにあるパリの「サザビーズ」
フランス国旗を掲げたエリゼ宮(大統領官邸)の向かいにあるパリの「サザビーズ」

100年秘蔵の貴重な絵

オランダで生まれ、フランスで37歳で早逝したゴッホが画家として制作活動をしたのは最後の10年間。油絵は850点ほど描いたと言われています。今回出品された絵は、弟テオを頼ってパリにやってきて、ほぼ2年間過ごした期間に描かれもの。1887年の作品です。画題になっているモンマルトルはいまとは違い、描かれた風車小屋のまわりに畑が広がっているような牧歌的な土地でした。ゴッホ兄弟が暮らしていたのも、この場所からすぐのところ。つまりゴッホはご近所の風車小屋のある風景を複数描いたのですが、そのほとんどはすでに世界的に有名な美術館に所蔵されています。

ところが、今回の作品は100年以上フランスの個人コレクションとして秘蔵されていたもので、絵の存在はわかっていても、一般には公開されたことがないという貴重な絵でした。持ち主から打診をうけた専門家たちが最初にこの絵に対面したとき、彼らにとっても感動的だったいうほどの絵。それがオークションにかかるというので、これほどの話題を集めたというわけなのです。

ところで、オークションにかかる作品は事前に一般公開されるのですが、今回のゴッホ作品も、オランダのアムステルダムを皮切りに、香港、そしてパリで数日ずつ一般公開されました。パリの「サザビーズ」では、3月19日から23日までの展覧会が予定されていたのですが、折しも20日からコンフィヌモンになってしまったので、19日限りの公開。わたしは、その日の夕方に「サザビーズ」に滑り込んで、この絵を間近に観ることができました。

その体験は、こちらの動画でもご覧いただけます。

コンフィヌモン前日の「サザビーズ」。行列覚悟で出かけましたが、意外にもすんなりと中に入ることができ、目指す作品はあっけないくらいすぐに見つかりました。スポットライトを浴びた縦46.1センチ、横61.3センチの絵を前にして、わたしがはまず最初に感じたのは(明るい絵だ)ということでした。

これが描かれる前のオランダ、ベルギーの時代、ゴッホの絵は暗い色調のものがほとんどでしたが、パリのあとに向かった南仏時代には、『ひまわり』や『星月夜』など、ゴッホは鮮烈な色彩の作品を次々と生み出すようになります。パリの2年間は、いわばこの北と南の時代の過渡期と言えます。今回の絵は全体的に穏やかな色調ながら、ところどころに配した鮮やかな差し色などに、次なる時代への胎動が見えるような気がします。

ゴッホの作品と足跡ついては、昨年、彼のゆかりの地、オランダ、南仏、そしてパリ郊外を巡ったルポルタージュを6回にわたってご紹介していますので、ご興味のある方は、記事の終わりのリンクからご覧ください。

オークションハウスの贅沢空間

初公開のゴッホ作品に一対一で向き合うことができただけでも、とても貴重な機会でしたが、世界有数のオークションハウスの豊かさはそれだけにとどまりませんでした。グランドフロアには、ゴッホ作品と同じ日に競売にかかる名画が展示されているだけでなく、上階にはさらに新しい時代、現代アートの数々の作品がゆったりと贅沢な空間で堪能できるようになっていて、文字通り芸術の中に身を置くような体験をすることになりました。

一般公開中の「サザビーズ」のグランドフロア
一般公開中の「サザビーズ」のグランドフロア

パリではいま、美術館という美術館がすべて休館中。そんな状況ですからとくに、この豊かさは貴重です。また、美術館での芸術鑑賞と違うのは、作品それぞれに推定価格が付いていること。額の大小に納得したり、驚いたり。そして何と言っても決定的な違いは、そこにあるのはすべて買おうと思えば買えるものばかりだということ。ゴッホの絵は破格だとしても、壁を埋め尽くす絵の所有権は、いわば万人に開かれているのです。

他人事でないアート。

長く芸術の都であるパリの豊かさは、こういった環境から育まれてきたことを実感します。ちなみに、「サザビーズ」の一般公開への入場は、事前登録や入場料などはなし。入り口で名前と電話番号の記入を求められますが、言ってしまえば、洋服や家具のお店に入るのとさほど変わらない感覚でこの空間を享受することができます。

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パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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