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【フランス】大統領がYouTuberに挑戦状 1000万回再生でエリゼ宮へ

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
Mcfly et CarlitoのYouTube動画画面より

大統領とはフランス大統領、エマニュエル・マクロンさん。対するのは「Mcfly et Carlito」(マックフライとカルリト)というYouTuber。

2月24日現在636万人のチャンネル登録者数を誇るこのふたり組の人気YouTuberが、2月19日にこんな動画を投稿して話題になりました。

「大統領が挑戦してきた。これだよ。すごくない?」

このタイトル。再生数をかせぎたいがためにわざとつけた挑発的なものではありません。彼らには、正真正銘、大統領からビデオメッセージで挑戦が届いたのです。

大統領メッセージの趣旨は次のようなものです。

おふたりは挑戦のスペシャリストですが、きょうは私からひとつ挑戦をします。

『マラドン』で医療従事者のための募金をしてくれたことは記憶に新しいです。ありがとう。

今度は、感染拡大を防ぐために大切なgestes barrières(ジェスト・バリエール)を説明する簡単な動画を作って欲しいのです。密を避けるとか、テレワークなど、日々の行動が疫病に打ち勝つために必要です。

その動画が1000万回再生されたら、今度はエリゼ宮で撮影をしましょう。

「マラドン」とは、マラソンと寄付(ドン)をかけ合わせた動画のタイトルで、彼らが昨年4月に生配信したこの11時間の動画では、なんと40万4000ユーロ(およそ5000万円)の寄付を集めています。

また、ジェスト・バリエールという言葉は、英語の直訳ならバリア・ジェスチャーとなるでしょうか。バリアを作るための行動といったような意味合いで、マスク着用、手洗い、人との距離をとることなど感染防止のための行為をひっくるめて示すもので、コロナ禍のフランスではおなじみの言い回しになっています。

ところで、大統領から突然の動画制作のリクエスト。ふたりはこの「挑戦」を受けてたち、21日に配信したのがこちらの動画です。

タイトルは《Je me souviens》。「わたしは思い出す」という、今回新しく作った曲のビデオクリップという仕立てになっています。歌詞の内容は記事の最後に添えましたので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。

この動画、24日時点での再生数は1140万回。つまり目標の1000万回を3日で達成してしまいました。ということはつまり、近い将来マクロン大統領が彼らの動画のシリーズに登場。しかもエリゼ宮(大統領府)での撮影になるはずです。

ステイホーム疲れと春の陽気で密な街

現在のフランスの感染状況はというと、新規感染者がほぼ連日2万人台という高止まり状態にあります。3度めのコンフィヌモン(ロックダウン)があるのかないのか。それが年明けから国民の関心事でしたが、政府としては極力それを避ける方針で、18時以降の夜間外出禁止令によって感染拡大をかろうじて防ごうとしている状態です。

とはいえ、地方によっては全国平均を大幅に上回る感染率となっているため、部分的コンフィヌモンという措置がとられることになりました。対象となるのは、アルプ・マリティム県の海岸沿い。つまりニース、カンヌなど、コートダジュールとよばれる地中海沿いの地域で、さしあたり今週末と次の週末という期間限定の措置です。

2月後半に入って、フランスでは春を思わせるお天気が続いています。そうなると、人々はどうしても外に出たくなるものです。カフェ、レストラン、美術館、劇場、映画館、デパートはすべて閉鎖しているという状況ですから、外での楽しみといってもごくごく限られたものになります。

そんななか、テイクアウトをしているカフェが軒を連ねるパリのとある界隈では、先週末など立ち呑みの人々が通りにあふれるというかなり密な光景が見られたため、早速政府は特定の通りでの飲酒を禁止する発表をしました。つまり、コロナ禍ももうじき1年。暖かくなってくるにつれてどうしても緩みがちになる気持ちと行動を制御するのが難しくなってきているのです。

未来を見据えたSNS戦略

そんななか、インフルエンサー、とくに若い世代に影響力のあるふたりからメッセージを発信してもらおうというのが今回の大統領の狙いです。この試みはすくなからずメディアの注目を集め、感染防止対策の変化球というだけでなく、すでに来年の大統領選を見すえた布石だという論評も見られます。選挙でもますますSNSの影響力が重要になってくる、と。

ジェスト・バリエール。バリア、障壁を作ることが目下の感染防止の主題ですが、これから先の世の中に視線を移せば、情報発信、コミュニケーションという分野を筆頭に、社会通念という既存のバリアは軽々と超えられるものになっている。そんなことを思わせるトピックでした。

《Je me souviens》作詞・作曲/Pacfly et Marlito (日本語訳は筆者)

車に乗るとマスクを外した。息苦しかったから。

ベタベタするなと思うアルコール消毒ジェルは使わない。(ベトベトしすぎる)

くしゃみをするときは口を手で覆った。肘はちょっと遠いから。

人がいっぱいのエレベーターでも乗っていた。(2階に行くために)

マニュ(※エマニュエルの愛称)、僕は子どもたちやフランスにとってよくないことをしているね。

もうマスクはいやだ。我慢ができなくなるんじゃないかと思うよ。

君が僕の罰金を棒引きしてくれるんなら、僕の甥っ子マクサンスの保育園の枠をくれるなら。。。

ごめん、ちょっと図にのりすぎ。

思い出すよ。この世界でバリエール(※バリア、障害、柵)といえば、牛の牧場だけのものだった。(もしくは羊)

もしも昔の感覚をふたたび手に入れたかったら、ジェスト・バリエールを実行しなくちゃならない。

アペロの誘いでも、外出禁止時刻の前には帰った。ウソ。(19時12分)

長いこと部屋の換気をしていない。ごめん。カステックスさん。(※首相の名字)

おばあちゃんに会いに行く前に検査をしなかった。

安心して。彼女はまだ生きてる。

マニュ、僕は子どもたちやフランスにとってよくないことをしているね。

もうマスクはいやだ。我慢ができなくなるんじゃないかと思うよ。

運転免許の点数を追加してくれる?

僕のじゃないよ、友達の。ほんとだよ、誓う。

つばを吐く。ごめん。これコヴィッドじゃないよ。

思い出すよ。この世界でバリエールといえば、牛の牧場だけのものだった。(もしくは七面鳥)

もしも昔の感覚をふたたび手に入れたかったら、ジェスト・バリエールを実行しなくちゃならない。

ジェスト・バリエール。イエー。

(マクロン大統領のビデオメッセージの声で)

手洗い。キスと握手は控える。マスク着用。近しい人と車に乗るときでも。

ジェスト・バリエール。イエー。

定期的に換気をする。群れない。いかなるリスクもとらない。集会禁止。

ジェスト・バリエール。イエー。

ちなみにこの動画のオチは、彼らのビデオクリップ撮影現場に警官が現れ、マスクをしていないからひとり135ユーロの罰金、という演出でした。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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