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【パリ】コロナ禍でもアート健在 美術館ロスの救世主 デパート「ボンマルシェ」

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
「Bon Marché(ボンマルシェ)」の展覧会(以下、写真はすべて筆者撮影)

飲食店はずっと休業中。レストランで食事はおろか、カフェで友達とおしゃべりすることもできず、この寒さと曇天で公園散歩もままならない。さらに美術館も博物館も休館中となれば、楽しみがごっそり取り上げられたようなパリです。

そんななか、(久しぶりにいいもの見た)と思える体験をしました。

1月9日から、デパート「ボンマルシェ」で始まった展覧会です。

パリ左岸の高級デパート「ボンマルシェ」。正面には展覧会をしらせる大きなポスターが貼られている
パリ左岸の高級デパート「ボンマルシェ」。正面には展覧会をしらせる大きなポスターが貼られている

その初日は久しぶりに晴れた週末で、ステイホームの重い腰をあげて外へ出てみると、街はかなりの人出。目抜き通りのブティックなどには行列ができています。夜間外出禁止令下のパリですが、いまのところ日中は自由に外出ができ、食料品店や薬局以外の店も開いています。

ただし、店内の入場者数を制限しなくてはならず、加えて、長く休業中だった分の売上を巻き返すためにプレセールをしていたりするので、人気店の前にはどうしても行列ができてしまいます。お目当ての「ボンマルシェ」でも複数ある出入り口のうち、限られた扉からしか入館できないようになっているので長い行列に並ぶ必要があったのですが、幸いそれほど待つこともなく中に入ることができました。

デパートが現代アート空間に

展覧会のメイン会場はグランドフロアの中央、吹き抜けの空間です。はたしてそこには巨大なインスタレーションが出現していました。作者は現在ニューヨークを拠点に活動しているフランス人女性造形美術家、Prune Nourry(プリュヌ・ヌリー)さんです。

雲の塊のようになっている矢は全部で888本。それが中央のエスカレーター横に据えられた的をめがけて一斉に放たれたという構図で、なんともダイナミックです。

本館の吹き抜け空間で展開するインスタレーション
本館の吹き抜け空間で展開するインスタレーション

※最近のパリの街の様子を紹介したこちらの動画の後半でも、展覧会の様子をご覧いただけます。

ところでこの的。わたしは女性のバストを想像してしまったのですが、それもそのはず。じつは、1985年パリ生まれの作者、プリュヌさんは2016年に乳がんを患い、自身の闘病の様子をドキュメンタリー映画にしたり、造形作品として発表し続けてきていて、今回の展覧会もその延長上にあるものなのです。

作品のタイトルは「L'AMAZONE ÉROGÈNE(ラマゾーヌ エロジェーヌ)」となっていますが、AMAZONEとは、神話のなかの女性戦士のこと。弓をうまくひくために乳房を切除したという言い伝えがあると知れば、プリュヌさんは、死の淵をみた自身の闘病体験を芸術に昇華させたのだと、鑑賞者の眼はさらに開かれます。

また、おびただしい数の矢が乳房を思わせる的を目指すという構図は、まるで無数の精子がただ一つの卵子をめぐって競いあっているようでもあり、そこには性、闘い、そして生と死といった重層的な連想が込められています。

忖度しないメッセージ

ところで、タイトルのもうひとつの言葉、ÉROGÈNEの意味はというと、「性的興奮をそそる」。小さな画廊ならまだしも、デパートの展覧会である以上、タイトルはアートに無関心な人にも、子供の目にも触れるものです。

(もしもこれが日本だったら、このタイトルは使われないのでは?)

と、考えるのはわたしだけでしょうか? 

物議を醸すことを極力避けたいがために、忖度したタイトルに修正をするのでは、と。

ところが、ここでは堂々と、作品の一部ともいえるメッセージ性の高いタイトルを店頭に掲げていて、いまのところ、それがなにか問題になっているという話は聞こえてきません。

そのことを(さすが…)と言えば、パリかぶれの日本人、ということになるのかもしれません。けれども、クリエーターの率直さ、主催者であるデパートの見識、そして受け皿である市民のアートへの寛容性、それらが揃っているからこそ、パリは芸術の街であり続けているのではないかと思うのです。

鑑賞者は文字通り老若男女さまざま
鑑賞者は文字通り老若男女さまざま

文化を創造するデパート

そもそも「ボンマルシェ」は、現在わたしたちがイメージするデパート、百貨店という商業形態を19世紀なかばに生み出した、いわば世界史上初のデパートとされています。20世紀終わりからはLVMHグループ傘下となり、高級路線をとるだけでなく、アートにも力を注いできました。

店内のあちらこちらでアート作品が所を得ているだけでなく、今回のプリュヌさんのような今をときめく才能を招聘し、自由な発想で作品を発表する場を提供し続けてきました。昨年の同時期には、nendoの佐藤オオキさんの作品が話題になったのも記憶に新しいところです。

そして今年、ステイホームが日常になったとしても、人混み覚悟でその場に行ってみようと思わせるだけの吸引力がそこにはあると、あらためて実感するのです。つまりデパートとは、単に物を売るだけの場所ではなく、新しい文化を創る場所。「ボンマルシェ」の発祥がそもそもそうだったように…。

この展示の会期は2月21日までの予定。

また、作品を構成している矢は、アーティストのサイトから購入することができ、展覧会終了後に、限定番号とアーティストのサイン入りで購入者の手に渡る予定。売上金は全額、がんと闘病する女性たちのために使われることになっています。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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