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STATION F 世界最大ベンチャー基地の住人たち(5)

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト

パリSTATION Fのスタートアッパー紹介の5回目は、talktoo(トークトゥー)の Camille MORIN(カミーユ・モラン)さん。

「学校で何年も何年も外国語の授業に時間を費やしてきたのに、話せない。それはとても残念です」

開口一番、彼女からの言葉は、私を含めておそらく多くの日本人が身につまされる指摘。

外国語は実際に話さなければ身に付かない。カミーユさんのモバイルアプリtalktooは、話すことを通じて外国語を身につけるためのものだ。

まずは自分のプロフィールを入力。母国語、学びたい言語、そのレベル、興味のある分野、好きなスポーツ、音楽、キャリアなど。そうすると、アプリを共有している同じグループの中からオススメの相手が見つかり、その人とアプリを通して会話をができるというもの。

「言語のTinderみたいなものです。共通の興味がある分野について話すのは、学校で習う言葉とは違う自然だし、相手は先生ではないから、そこでなにか判断をされる心配はない。気分の良い体験を重ねるうちに、自信がついて、語学ができるようになってゆきます」

カミーユさんがこのアプリを立ち上げたのは2015年のこと。夫と二人で始めた新しい挑戦だった。夫婦二人とも同じビジネス系のグランゼコール(フランスの最上級の学校)の出身。卒業後彼女はイーコマースの仕事に携わる。大手ファッションブランド「sandro」のイーコマース部門の責任者として10年間仕事をしたが、「もっと意味のあるプロジェクトをしてみたかった」という。そしてちょうどその頃に子供を授かったことで、「自分自身にとっても意味があり、社会にも何か良い影響を与えられることを」という意思がより確かなものになった。そして照準を当てたのが教育の分野。たくさんの可能性があると考えた教育サポートのテクノロジーの中で、まずは言語から始めることにした。

「私は英語とスペイン語を学校で勉強しましたが、スペイン語は話せない。2000時間、12年間も費やしたのに、話せない。それはありえない! これをなんとかしなくてはと思いました」

卒業後10年間ファイナンスの仕事をしていた夫ともども、二人ともがそれぞれの会社を退職をしてスタートアップになったというのだから肝が座っている。

「子供を授かってから、家族ぐるみのアドベンチャーです」と彼女は微笑む。

アプリは今のところ一般の個人を対象にしたものではなく、留学生の多い学校や国際的な企業、アソシエーションなどが相手。ソルボンヌ大学もその1つだ。

「外国人は外国人同士で固まってしまって、フランス語を話す機会がないままになることが多いです。学生はこのアプリを通して学内にいる外国人と知り合うことができ、語学を学びつつ、実世界に出る前に文化的な扉を開くきっかけにもなります」

まずはアプリを媒介にすることで、あまり怖さがなく気軽にトライすることができるのは確かだ。

学校や企業など母体となる組織が料金を支払い、学生、従業員が利用するというもので、大学の場合は、提携大学同士で共有できるようなシステムもある。現在はフランスがベースになっているが、将来的には中国、アメリカなどを大きな市場と考えていて、ゆくゆくは企業や学校といった、いわゆるBtoBだけでなく、個人利用ができるようにしたいとカミーユさん。彼女の表情からは明るい展望が見えるようだ。

ところで、STATION Fに入った経緯はと問えば、インキュベーターと接点を持つことが第一の目的。夫妻はSTATION Fが公募するファンダープログラムのカテゴリーではなく、夫妻の母校がSTATION Fに持っている枠に応募し選抜に通ってここの住人になった。

「ここでたくさんの人に会える機会を持てました。STATION Fを見てみたい人はたくさんいるので、招いて案内してあげたりもします」

さらに満足しているのは、内部コミュニケーションシステムが充実していていること。

「STATION Fの中の人だけが使えるシステムがあって、そこに例えば法律上の問題などの質問を投げると、誰かが答えてくれます。『私もすでにそういうケースを経験していて、こんなふうに対応した』とか、助け合うことができる。もしも一人っきりで仕事をしていたら、この交流の機会はない。とても満足しています」

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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