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【「紅白」短評】2人の「いくた」(生田絵梨花・幾田りら)と寺尾聰のバンドサウンドに魅了された理由

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
第74回NHK紅白歌合戦公式サイトより

2023年紅白歌合戦(以下「紅白」)が終わりました。以下、いち音楽評論家として、いや、いち「紅白と音楽のファン」としての個人的短評を。

まずいきなり不思議に思ったのは、前回、前々回と画面右上に出ていた、生中継を示す「LIVE」という文字が出なくなっていたこと。生中継と収録部分を、それこそ「ボーダレス」にしたいという演出側の考えか。

私としては、見ている最中の「これ収録?生?」というモヤモヤをなくす意味で、表示があった方がうれしい(気にしないようにと思っても気になってしまう人は多いはず)。収録だからといって、一昨年(2022年)紅白の桑田佳祐他『時代遅れのRock'n'Roll Band』の価値が減じられるとは、まったく思わないので(ちなみに紅白公式サイトのNewJeans出場を知らせるリリースには「※パフォーマンスに関するシーンは収録になります」と明記されていた)。

さて、最初に全体を概観すれば、NHKホールと、101スタジオ他を行き来する締まった構成、無駄のない、安定感のある回になったと思う。逆にいえば、昨年のVaundy、一昨年の藤井風のような、音楽ファンを唸らせる爆発的な大当たりに乏しかったかもしれない。

新しい学校のリーダーズ『オトナブルー』でスタート。SUZUKAという人の異常に高い「芸能運動神経」を感じた。

天童よしみ『道頓堀人情』は通天閣前からの生中継。繁華街の路上、それも移動式舞台(?)の上というコンディションにもかかわらず、恐ろしいほど声が出ていた。今後もNHK『わが心の大阪メロディー』における、子供時代からのライバル=上沼恵美子との声量対決が、今後も見逃せない。

水森かおり『日向岬〜紅白ドミノチャレンジSP〜』はけん玉に続く鉱脈発見か。特に中盤「♪日向岬の潮風に」のところで、歌詞とドミノが同期したところは鳥肌が立った。こういうときに画面右上に堂々と「LIVE」と示されていてほしい。

特別企画「ディズニー100周年スペシャルメドレー」は、正直油断していたのだが、生田絵梨花『ウィッシュ~この願い~』に度肝を抜かれた。

一昨年の2月19日に放送されたBS-TBS『Sound Inn S』で、彼女によるピアノ弾き語りのエルトン・ジョン『Your Song』を聴いて、その素晴らしさにたいそう驚いたのだが、『ウィッシュ』の歌は「新妻聖子2世」への道を進んでいることを確信させるものだった。「ハマいく」での「芸能IQ」の高いパフォーマンスもよかった。大きく羽ばたいてほしいと思う。というわけで、今回勝手に選ぶMVPの1人目は生田絵梨花。

クイーン+アダム・ランバート『ドント・ストップ・ミー・ナウ』は、アダム・ランバートの突き抜けるようなボーカルに聴き惚れた。あとブライアン・メイのギターがしっかり聴けて良かった。あと、ロジャー・テイラーを見て「ドボルザークがドラムスを叩いている」と思ってしまった。

三山ひろし『どんこ坂~第7回 けん玉世界記録への道~』は残念。元旦早々、誰がけん玉を失敗したのかをスローで確かめてしまった私は、心の小さい人間です(答えは早めに分かりました……)。

伊藤蘭『キャンディーズ50周年 紅白SPメドレー』も一種の鉱脈。白、もしくは肌色の頭頂部が並ぶ客席は、ある意味、実に壮観。「鉱脈」と書いたのは、同じように昭和アイドルが歌うコーナーが今後続いてもいいかと思ったからだが、しかし、伊藤蘭のように現役感の高い同世代ボーカリストは数少ないかも、とも思う。

余談だが、朝ドラ『ブキウギ』コーナーがなかったのは、つくづく残念。朝ドラの宣伝的に、紅白の視聴率的に、いや日本の音楽シーンのためにも、伊藤蘭の娘である趣里による、あの迫力満点の生歌による『ラッパと娘』『大空の弟』を聴きたかった。

そんな中、思わぬところからMVPが登場した。寺尾聰『ルビーの指環』は完全生演奏。メンバーはキーボード:井上鑑、ギター:今剛、ベース:高水健司、ドラムス:山木秀夫という、音楽ファン的にいえば「神布陣」。ちなみに井上と今は、『ルビーの指環』の原曲にも参加している。

間奏で、一瞬、井上鑑と今剛のセッションのようになったところ(原曲にはないパート)にゾクゾクした。これぞ「生歌・生演奏・生放送」の「3生紅白」の醍醐味。というわけで、勝手に選ぶMVPの2人目、いや2組目は「寺尾聰バンド」に(なおヒャダイン氏の指摘にあるように、キーは原曲(Gm)よりも全音上のAmになっていた)。

エレファントカシマシ『俺たちの明日』では、後半、観客席を駆けずり回りながら、それでも音程がブレない宮本浩次の「音程怪獣」ぶりを確かめた。前向きなパフォーマンスは、忙しい紅白の中の清涼剤だった。

さだまさし『秋桜(コスモス)』は、ピアノ(倉田信雄)のイントロにしびれた。さだまさし両国中継は定番にすればいい。個人的に次回は、私が生まれて初めて買ったシングルである『案山子』をお願いしたい。

そして今回、最大の見どころは、YOASOBI『アイドル』の圧巻のパフォーマンス。日本(と韓国)を代表するアイドルクループが出てきて、アイドルを批評する歌詞に乗せて、一糸乱れない(=カルグンム)踊りを見せつける演出は、二重三重にもメタ。

というわけで、YOASOBIのikura(幾田りら)にも勝手にMVPを差し上げたいが、たださすがに演出が音楽に勝り過ぎた気もした。純粋にボーカリストとしての彼女の力量に惹かれている身とすれば、今回よりも2021年紅白の、あの感動的な『群青』の方を推したい。

まとめると2023年紅白のMVPは、2人の「いくた」と「寺尾聰バンド」に。さぁ、次の紅白まで、あと366日(今年はうるう年)。あぁ、もう待ち遠しい。

  • 新しい学校のリーダーズ『オトナブルー』/作詞:新しい学校のリーダー達、作曲:yonkey
  • 天童よしみ『道頓堀人情』/作詞:若山かほる、作曲:山田年秋
  • 水森かおり『日向岬』/作詞:かず翼、作曲:弦哲也
  • 生田絵梨花『ウィッシュ~この願い~』/作詞:Julia Michaels、作曲:Benjamin Rice・JP Saxe・Julia Michaels
  • エルトン・ジョン『Your Song』/作詞:Bernie Taupin、作曲:Elton John
  • クイーン『ドント・ストップ・ミー・ナウ』/作詞・作曲:Freddie Mercury
  • 三山ひろし『どんこ坂』/作詞:さいとう大三、作曲:弦哲也
  • 伊藤蘭『キャンディーズ50周年 紅白SPメドレー』~『年下の男の子』/作詞:千家和也、作曲:穂口雄右~『ハートのエースが出てこない』/作詞:竜真知子、作曲:森田公一~『春一番』/作詞・作曲:穂口雄右
  • 寺尾聰『ルビーの指環』/作詞:松本隆、作曲:寺尾聰
  • エレファントカシマシ『俺たちの明日』/作詞・作曲:宮本浩次
  • さだまさし『秋桜(コスモス)』/作詞・作曲:さだまさし
  • YOASOBI『アイドル』/作詞・作曲:Ayase

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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