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1年前の「ロングスロー論争」 忘れられたかもしれないキーワードの、忘れられないエピソード

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
ロングスローは、ワールドカップでも使用される(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

中学生年代の日本一を決める大会にて

全国高校サッカー選手権大会は毎年、新しい話題を提供してくれる。今回であれば、「トルメンタ」だろうか。いや、圧倒的な強さで優勝した「青森山田」自体が、センセーショナルだったかもしれない。

1年前の大会でのキーワードのひとつが、「ロングスロー」だった。ボールを飛ばすにあたり、蹴ることがメインの手法である競技において、使用の仕方や是非が盛んに論じられていたが、その議論自体が遠い場所での話に聞こえた。別の大会の取材で関西にいて、実際に物理的な距離もあったのだが、論争勃発前に素晴らしいロングスローに出会っていたことが原因だと思う。

試合の終盤、ゴール裏に並んで座り、ファインダー越しに逆サイドのゴール前を見ているカメラマンがつぶやいた。「すごいロングスローだな...」。1点差のまま突入したアディショナルタイムでも、つぶやきが続く。「また投げてるよ」。もう少しで試合終了だったが、「入っちゃったよ!」。土壇場で振り出しに戻った試合は、PK戦へと突入した。

2020年12月、中学生年代の日本一を決める大会でのことだ。準決勝は劇的な展開となった。

スポーツの大会運営で手探りが続いていたコロナ禍1年目。この大会では、取材を希望する選手を指名し、取材エリアに来てもらう形式となっていた。

準決勝が終わった後、会場の広報担当者にリクエストを伝えた。「あのロングスローの…」。「6番の選手ですね!」。皆まで聞かず、担当者はロッカールームへと足を向けた。

ミックスゾーンにやって来た選手からは、誇らしさが感じられた。所属するのは、Jリーグでも屈指の人気クラブだ。入団するにも大変な倍率のテストを勝ち抜かなければならなかったであろうジュニアユースチームは、この大会のタイトルを勝ち取った経験もある。名門クラブの背番号6は、1年生の時に先輩たちが涙を流した「ベスト4」の壁越えを、心に誓っていたはずだ。

スタートポジションは、ベンチだった。強豪がそろう関東地域の第2代表チームは実力者ぞろいだろうから、控えにまわる3年生も出てくる。そのひとりであるMFは言った。

「スタメン組が100%でやってくれる、と信じていました。100%でやっているということは、足がつる選手や、動けなくなる選手が出るかもしれないので、いつでも出られるように準備していました」

果たして、出番はやってきた。残り10分で、1点を追う展開。同期の背番号10と交代し、中盤の左サイドに入った。

得意の左足を振るって、ゴール前にクロスを上げた。時には右サイドに移動することもあった。

ロングスローを投げ入れるためだ。

小学生の時、コーチの何気ない一言で、ロングスローを投げてみたそうだ。県大会の決勝でも繰り出し、自分の武器になりそうだと気づいた。Jクラブのジュニアユースに進んでからは、「ロングスローを出す機会があまりなくて。3年生になって公式戦が増えてきてから、左足のキックとロングスローでチームに貢献できると思って、練習していました」。その機会は、確かに訪れた。

「トレーナーさんが言うには、僕は筋力がある選手ではないんです。柔軟性も特別あるわけじゃないんですけど、体のしなりで投げています。投げているうちに、ちょっとずつ(コツを)つかめて、形ができてきました。交代する時に監督からも、『ロングスローを投げて、思い切りやってこい』と言われました。何回でも投げてやる、という気持ちでコートに入りました」

ピッチに立てない仲間のためにも

クロスは左サイドから、ロングスローは左右を問わず。100%の力を出したチームメイトの後を受けて、ピッチに立てない仲間のために少ない時間で力を振り絞った。

準決勝では、それまで出場していたキャプテンとGKが不在だった。

寮で一緒に暮らす選手に発熱があったそうだ。PCR検査では陰性だったが、大事を取って欠場の判断が下された。

「その2人のチームへの貢献度はすさまじかったので、言われた時はみんな泣きそうだったし、本人たちも泣いていました。絶対にお前らのためにやってやる、チーム一丸となって勝ってやると電話で話して、今日の試合に臨みました」

アディショナルタイムが尽きようとする頃、背番号6は右サイドで両腕を振るった。「ちょっと遠目だったので、誰か合わせてくれ、誰か触ってくれ、と全力で投げて」。気迫がなせる業なのだろう。送ったボールはゴール前でオウンゴールを誘発した。まさに起死回生の同点ゴールだった。

土壇場で、PK戦へと引きずり込んだ。

そして、負けた。

同点ゴールの起点となった殊勲者は、PKを蹴らなかった。

背番号6にとって、誇らしいユニフォームを着る最後の試合だった。同期のほとんどが昇格するユースチームに、上がることができなかったからだ。

取材エリアに、敗者はいなかった。そもそも、PK戦で白黒はつけたが、試合は引き分けである。持てるすべてを尽くしてチームに貢献したのだ。もちろん、ロングスローも含めて。

「この試合だけではなくて、ベスト4まで来られるチームでできたことに誇りを持って、自分のプレーに自信を持ってサッカーをしていきたいと思います」

敗者の表情であるはずがなかった。

卒業後は、他県のJクラブのユースチームへ進んだ。まだ出場機会を得るのは難しいようだが、日々できることを精いっぱい出し尽くしていることだろう。

おそらく、ロングスローも磨きながら。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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