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元アーセナルMFに聞く ヴェンゲルの日本代表監督就任の可能性は?

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 4月20日、驚きの一報が世界を駆け巡った。イングランドのプレミアリーグを戦うアーセナルが、アーセン・ヴェンゲル監督の今季限りでの退任を発表したのだ。

 噂が、ついに現実になった。

 ヴェンゲル監督は1996年から22年間、アーセナルを率いてきた。2003-04シーズンには、無敗でプレミアリーグを制している。

 その後、リーグ戦での優勝はない。だが、チームのみならず金銭的にもクラブを大きくしたマネジメント手腕など、多くの面でアーセナルに貢献してきた。もちろん批判の声も小さくはなかったが、ここまでチームを任されてきた事実が、クラブにとっての重要度を物語る。

 数年前、テレビ放送の関係の仕事をする知人から、日本で一番人気を集めるプレミアリーグのクラブはアーセナルであると聞いた。

 思い浮かぶ理由はいくつもある。流麗で攻撃的であるサッカースタイル。無名の若手を獲得し、名手へと育て上げる慧眼と手腕。稲本潤一から始まり、宮市亮、浅野拓磨を獲得した日本とのつながり。大金をつぎ込む他クラブに伍しながら勝てないことで、判官びいきをあおったかもしれない。日本人の琴線に触れる要素にあふれている。

 その中心にいたのが、ヴェンゲルだ。名古屋グランパスを率いたというキャリアも、大きな意味を持つことだろう。

 先日のアーセナル退団の一報に、日本代表就任を希望する声も、SNS上では散見された。そこで今回、アーセナルとヴェンゲルの今後について、アーセナルでプレーした経験があり、現在は解説者などを務めるエイドリアン・クラーク氏に話を聞いた。

欠点の改善 > アーセナル式

 アーセナルファンにとってまず気になるのは、どんな人物が後任となるかだ。現地では元ドルトムントのトーマス・トゥヘル、クラブOBのパトリック・ヴィエラ、チェルシーでプレミアリーグを制したカルロ・アンチェロッティらの名前が候補として挙がっている。

 クラーク氏は、単にこれまでの継続ではなく、肉付けをしていかなければならないと考える。

「現在のアーセナルは、チームにさらなる戦術的規律と守備の組織を導入できる人物の、強いリーダーシップを必要としている。新監督は、たくさんの攻撃的なタレントとともに仕事をすることになる。だから誰が監督になろうとも、アーセナルが突然、得点力のない退屈なチームになるとは思わない。だから鍵となるのは、このチームの現在の足りない部分を改善するエキスパートを連れてくることだ」

 クラーク氏が訴えるのは、あくまでチームは前進していかなければならないということだ。

「一番大事な側面は『アーセナル式』ではなく、このチームが抱えている問題を改善することだ。後任が年齢を重ねていたり、非常に経験豊富である必要はないと思う。大事なのは、力のある監督であることだ」

 ただ、これまでのプレーを完全に捨てては、大きなマイナスとなる。ピッチ上で、目に見えてチームは変化するのだろうか?

「来季は違いを目にすることになると思う。ヴェンゲルは選手たちに自由にプレーさせるという点で素晴らしく、誰が後任になろうとも、選手たちには現在以上にタフで厳格な監督となることだろう。短期的には、自由で流れるようなフットボールは鳴りを潜め、より戦術的なパフォーマンスになるかもしれない。それでも私は、ガナーズが多く得点を奪い、攻撃的なスタイルでプレーしてくれるという自信がある。だが、ボールを持っていない時に、ルーズになることは許されない」

選手たちも変化を求められる

 プロフェッショナルにとって、変化は常に必要だ。ヴェンゲルも、何も変化させなかったわけではない。ただ、自身の退団という変化ほどに、大きなインパクトはなかっただろうが…。

「新しい声を耳にするのは、選手たちには奇妙な感じがすることだろうと思う。だが、悪いことではない。何年も同じ監督の声を聞いていたら、言葉が耳に入らなくなってくるのは、人間の性だからだ。この瞬間から、選手たちは新監督からのリスペクトを勝ち取る戦いと、チームに入れてもらえるだけの良いプレーを見せ始めなければならない。選手たちは快適な空間から足を踏み出さなければならないのだ」

「これからもアーセナルは素晴らしい選手たちを引きつけるという確信が、私にはある。メガクラブであり、契約するにあたっては、とても魅惑的なクラブだ。チームは前進を続けるだろう。

 ヴェンゲルはアーセナルにとって素晴らしい監督であり、革命的な人物だった。あらゆる人がレジェンドとして記憶に留めることだろう。だが、変化すべき時だった。チームのべストを引き出す新しいリーダーを、選手たちは必要としている」

代表監督は本人にも新たなやりがいに

 そして、気になるヴェンゲルの今後だ。これまでも母国フランスのメガクラブ、パリ・サンジェルマン(PSG)が目をつけていると言われてきたし、プレミアリーグの数クラブも招へいを考慮していると報じられている。

「もしも代表監督という地位をオファーされたら、ヴェンゲルは引きつけられることだろうと確信する。ヴェンゲルは日本が大好きだし、その国を代表することを光栄に感じることだろう。ただし、実現するかどうかは、私には分からない」

 これまでにイギリスのタブロイド紙はPSGでの会長就任、フランスメディアは同じくPSGでもディレクターとなる可能性を報じている。だが、ヴェンゲル本人は監督業を続ける意思を、これまでも口にしてきた。

「他のオファー次第だろうが、彼のキャリアの現段階において代表チームのサッカーへと移ることは、非常に筋の通った話だ。もう若くはないし、もっと自由な時間が欲しいところだろう。もしも日本代表を率いたら、日本にとってもエキサイティングなことであるはずだ。ヴェンゲルはラブリーなサッカーを奨励するし、本人も新しいチャレンジにこれまでにないやりがいを感じるはずだ。

 次に何をしようとも、ヴェンゲルはうまくやるだろうと確信している。ヴェンゲルは知性あるフットボール・パーソンだ。この競技において、彼以上の知識を持っている人物は、そう多くない」

 ヴェンゲル監督は先日、アーセナルへの深い愛情があるため、他のクラブを率いるとしたら心情的に難しさが出てくるだろうと話した。名将の去就に、世界が注目を続ける。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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