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「もしも負けていたら,,,」WBOミニマム級王者・谷口将隆が振り返る初防衛戦の葛藤

杉浦大介スポーツライター
撮影・杉浦大介

 WBO世界ミニマム級王者・谷口将隆(ワタナベ)は激動の時間を過ごしてきた。

 昨年12月、ウィルフレッド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKOで勝って2度目の挑戦にして悲願の世界タイトル奪取。ついに夢を叶えたが、4月22日の初防衛では対戦相手の石澤開(M.T)が前日計量でミニマム級のリミットを2.5キロもオーバーして物議を醸した。

 挑戦者は2時間後の再計量でも200グラムしか落とせず、その状況で試合が行われるべきなのかどうかが激しく議論を呼んだのは記憶に新しい。結局、タイトル戦は強行され、谷口はリスクの大きな一戦に11回TKO勝ちで初防衛に成功。興行面、安全性まで含め、多くの関係者に今後の試合挙行のあり方を考えさせるイベントになった。

 それから約1ヶ月半が過ぎ、難しい立場に追いやられた28歳の谷口はあの一件をどう振り返るのか。そして、実際の試合では王者らしい強さをみせた自身の今後をどう見ているのか。6月8日、同僚であり、親友でもあるWBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人(ワタナベ)の防衛戦の舞台となったメキシコのグアダラハラで、じっくりと話を聞いた。

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挑戦者が体重超過という難しい条件でもKO防衛

――初防衛戦の石澤戦では相手の計量失敗というアクシデントがありました。結局、試合は行われ、見事にKO防衛を果たしたわけですが、あの試合を改めてどう振り返りますか?

谷口将隆(以下、MT) : 悪い経験にも、いろいろ乗り越えられたという意味で良い経験にも、そのどちらにもなり得たのでしょう。日本では試合直前にあんなドタバタ騒ぎになることはほとんどないですよね。ただ、いずれ海外に出た時とかに、何かドタバタがあっても、昔いろいろあったから、ちょっと冷静になろうかなと思ったりもできると思うんです。だから僕の中では、良い経験に変えることはできたかなと思っています。

――確かに海外進出したら、もっと様々なトラブルがあっても不思議はないですものね。

MT : 体重以外でも、急に時間が変わったりだとか、いろんな話を聞きます。そういうことがあった時に、今回の経験があるおかげで自分の気持ちが左右されないで済むのかなと今では思っています。

――相手の体重オーバーを知り、一時的に「やりたくない」という気持ちがかなり強くなった時間もあったんでしょうか?

MT : そう思った時間は長くはありませんでした。2.5キロオーバーと聞いて、再計量で1キロくらいは落としてきてくれるかなと考えていました。最終的に1.5キロオーバーくらいなら大丈夫かなと思っていたら、200グラムしか落ちていなかった。僕の中でその1キロというのがボーダーラインだったので、それを聞いた時には“やる意味がない”と思ったんです。

――それでも最終的に試合をやろうと決断した理由は?

MT : 当日計量で上限が決まったことです。陣営と話し、試合当日の夕方(午後5時半)でリミットまでプラス3キロ(50.6キロ)の制限がかかりました。2.5キロオーバーから制限をかけなかったら、絶対に向こうの方が戻りが早いんですけど、その条件なら当日、リングに上がる時の体重は自分と一緒くらいになると思ったんです。それだったらやると答え、そこで気持ちを切り替えました。やると言ったからには、勝負に徹しなきゃいけないですから。

――いろいろなことを言われたでしょうし、「試合をすべきではない」という声も実際にありました。興行面まで含めて非常に難しい状況でしたが、すべてを総合し、やって良かったと思いますか?

MT : やって良かったですが、勝ったからそう思えるのでしょう。負けたときに「やって良かった」という言葉が言えたのかどうか。試合を受けるべきではないという意見もあった中で、最終的に自分で受けると決めたのに、もしも負けていたら、自分のせいではなく、対戦相手のせいにしていたと思うんですよ。そこまで考えた時に、「自分もまだまだだな」という気持ちはあります。

――今、話を聞いていても、様々な葛藤があったことが伝わってきます。ワタナベジムのマネージャーさんは「試合を承諾してくれたことに感謝している」と話していました。今回の件で、チームの結束の大切さを改めて感じたのでは?

MT : 特に世界戦をやるようになってから、チーム力の大事さに気付きました。世界戦となると、本当にたくさんの人が動いてくれますよね。京口も言っていたんですけど、選手1人、トレーナー1人では補えないことがめちゃくちゃあると思うんです。チームがいて、チーフトレーナーが補えないところをチームのメンバーがサポートしてくれる。世界戦はチーム力次第なんだなと思いますし、そうやって過ごしやすい環境ができていることには感謝の気持ちが大きいです。

同期で親友の京口をサポートする谷口(左) Ed Mulholland/Matchroom
同期で親友の京口をサポートする谷口(左) Ed Mulholland/Matchroom

参考にしているのはロマチェンコ、川島郭志

――昨年末に世界王者になって以降、変わったことというと何が思い浮かびますか?

MT : 世界チャンピオンになったときはけっこうふわふわした感じだったんですよね。強くなった実感はあったんですけど、土台が固まっていないようなイメージです。僕の中では防衛してやっとチャンピオンだと思っていたんで、いろいろあったんですけど、初防衛をクリアしてから、しっかり地盤が固まったような気がしました。自分が世界王者だという自覚と自信が出てきました。

――練習していても明らかに違いは感じますか?

MT : 精神面がすごい大きいと思います。もともと実力はあったと言ってもらっていた中で、(ハートを指差して)ここが足りていなかったんじゃないかなと。“心・技・体”じゃないですが、全部がリンクして力が発揮できるようになってきたんじゃないかと感じています。

――直近の4戦はすべてKO勝ちというのは成長の証なのでしょうか?

MT : しっかり倒したっていうよりも、ダメージを重ねてのレフェリーストップが多いので、たまたまですよ(笑)。もともと1発で倒すような選手ではないので。ただ、効かすようにはなってきたのかなとは思います。ダメージを蓄積させて、差が開いたなとレフェリーが思った時に止めるようなKOパターンですね。参考にしているワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と似たような形でストップできているのは嬉しいです。ロマチェンコも倒すというよりも相手に何もさせず、レフェリーストップだったり、相手の棄権だったりでKOに持ち込みますよね。

――以前、「打たせずに打つのが理想」と話してらっしゃいましたが、その点でロマチェンコは参考になりますか?

MT : そうですね。ロマチェンコを一番参考にしているんですけど、レベルが高すぎてわからない部分もあります。あと、最近では川島郭志さん、長谷川穂積さんの映像もかなり見ています。

――タイプ的には長谷川選手よりも川島さんの方が谷口選手が目指す方に近いでしょうか。これまで考えたことがなかったですが、確かに川島さんとロマチェンコの特徴は被るところがありますね。

MT : ロマチェンコ、川島さんは通ずるものがあると思います。川島さんも立ち位置でパンチを避けたりもしていましたもんね。

――現在の課題は?

MT : 前回の防衛戦でも要所要所で強いパンチをもらっていたので、それをなくしたいです。前で避けるというのを意識しているのですが、前で避けて、避けきった後、ちょっと気を抜いた時にパンチをもらったりしていました。それこそロマチェンコは動いて、攻撃して、また別の場所に移動して、パンチをもらわない位置にいます。僕はまだ避けた段階で終わってしまっているので、そこからもっと先に先につなげていきたいです。

――次の試合はいつ頃になりそうでしょう?

MT : まだ全然未定なんですけど、年内にもう1戦やりたいですね。昨年12月に世界王者になった後、かなりバタバタして、そのまま4月の防衛戦が決まった感じでした。今は少し休養というか、力を蓄える時期です。次も強い選手とやりたいですし、ミニマム級なのでマーケット的には厳しいでしょうけど、京口を近くで見ていて、僕もアメリカなどの海外でやってみたいとも思います。

――世界王者になるという夢を叶えた後で、今、頭にある目標は?

MT : 世界王者になって、より明るい選択肢が選べるようになりました。他団体の王者との統一戦や、2階級制覇も目指していきたいです。減量はきついですが、今はまだミニマム級でいいパフォーマンスができているので、おそらく適正階級なのでしょう。まずはこの階級で2本のベルトを持ってみたいですね。世界王者になる勝利は体験できたので、次は他団体のチャンピオンと戦って勝つというのを経験してみたいんです。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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