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ロマチェンコの顔色が変わった中谷正義のパンチとは カメラマン福田直樹氏が語る

杉浦大介スポーツライター
写真・福田直樹(Naoki Fukuda)

 「世界最高のボクシングカメラマン」と称される福田直樹氏が渡米し、6月19日の井上尚弥(大橋)対マイケル・ダスマリナス(フィリピン)戦、同26日のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)対中谷正義(帝拳)戦をリングサイドから撮影した。

 福田氏は米国の専門誌『リングマガジン』にスカウトされ、同誌のメインカメラマンを8年間務めた。『BWAA(全米ボクシング記者協会)』主催の年間フォトアワードにおいて、初エントリーから6年連続で入賞し、その間に”最優秀写真賞”を4度受賞。2012年にはWBC(世界ボクシング評議会)の”フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー”にも選ばれている。

 2016年に帰国。現在は米国での経験を活かして、日本のボクシング、ファイターの写真を世界各地へ発信する活動に取り組んでいる。レフェリーを除けば最も近くで世界のトップボクサーたちを見てきた福田氏の目に、井上対ダスマリナス 、ロマチェンコ対中谷戦はどう映ったのか。この2試合の感想を語ってもらった。

 第2回はロマチェンコ対中谷編ーーー。

第1回 「何かが爆発する音がした」ボクシングカメラマン福田直樹氏が語った井上尚弥の凄み

日本ボクシングの歴史に残る一戦

 ロマチェンコと日本人選手が対戦することになるとは思っていなかったですし、日本ボクシングにとって歴史的なファイトだったことは間違いないですね。中谷選手はこれまでアメリカでも実績を残してきた選手なので、すごく楽しみにしてきた一戦でもありました。

 ロマチェンコはピークといえる時期を撮影した経験がありますが、現在戦っているライト級はやはりウェイト的には上限だと思います。身体に肉がついて、少しもっさりした感じがあります。パワー自体はライト級に上げたことで増したかもしれないですが、下の階級で戦っていた頃のキレキレのボクシングとは少し違うかなという印象はあります。

 ただ、そうは言っても相変わらず上手く、強いボクサーではありました。ライト級での戦いとしては出来は良く、この階級での戦い方を確立してきているのかもしれません。

 自身の右に、右にと踏み込み、中谷選手のパンチが絶対に生きない頭の位置、立ち位置を完全に理解した上で、左ストレートを当てる技術も絶妙だったと思います。クリンチをほどきながらのパンチ、接近戦で微妙に動くことで距離を作って打つパンチとか、見事としか言いようがありません。

写真・福田直樹(Naoki Fukuda)
写真・福田直樹(Naoki Fukuda)

中谷にも期待感は常にあった

 1週前の井上対ダスマリナス戦は井上選手が圧勝するところを撮りたかったんですが、この試合は中谷選手がロマチェンコにパンチを当てるところを撮りたいというのが自分の中のテーマでした。普段は中立で撮影するんですが、今回は完全に中谷選手目線。ロマチェンコの動きを見ながら撮影のタイミングを測っていたんです。

 9回でストップされた中谷選手は結果的には完敗と言われるのかもしれないですけれど、実は期待感は最後まであったんですよ。右ボディがヒットし、右ストレートもギリギリで芯は外されてましたけど、いいタイミングで合わせていました。ジャブは鼻先でかわされているように見えたかもしれないですが、何発かは当たっていました。

 特に中谷選手のボディ攻めは効果的でしたね。4ラウンドぐらいにロマチェンコがペースは取りながらもボディブローを浴び、少し口が開き、疲れが出始めたんじゃないかと思えた場面もありました。これはリングサイドの位置でないとわからないことだったかもしれません。ただ、チャンスだと思うたびに、ロマチェンコは一気にスパートをかけて連打をしてくる。そのあたりはさすがだと思わされました。

中谷の右ボディもロマチェンコを捉えていた 写真・福田直樹(Naoki Fukuda)
中谷の右ボディもロマチェンコを捉えていた 写真・福田直樹(Naoki Fukuda)

 4回に一度、相討ちみたいな感じでいい右が当たったこともありました。あのパンチはロマチェンコの喉元に当たり、そこで顔色が変わり、また一気にスパートをかけてきました。そんな姿を見る限り、ロマチェンコも中谷選手のパワーは感じていたのでしょう。長引くと面倒になると思ったがゆえ、安全運転はせず、中盤に一気に決めにかかったのかもしれません。

日本人ボクサーたちの活躍で思い出深い2週間

 私が思っていた以上にロマチェンコはいい出来だったですし、パンチを浴びた後の対応がうまかったので、ああいう結果になりました。ただ、先ほども話した通り、中谷選手の方にも「もしかしたら」という期待感はありましたし、ガッツも見せたと思います。

 攻められて、ストップの気配が漂うと、中谷選手も必ず打ち返していました。苦し紛れの反撃ではなく、本当に狙いにいっているパンチ。これが当たったらという雰囲気があったので、レフェリーも周囲も、それほどすぐにストップしようという流れにはならなかったんだと思います。

 中谷選手は敗れてしまいましたが、井上戦に続き、これほど大規模での日本人選手の試合がラスベガスで2週連続で行われるというのはこれまでにないことでした。パンデミックのおかげで本来はESPNとトップランクのカメラマンしかリングサイドに入れないところ、私はその位置で撮影させていただきました。

 こうやって日本人選手たちの姿を撮影できたことは、非常に感慨深いことでした。出入国はかなり厳しかったですが、それでも渡米した甲斐はあったというもの。今回撮影した写真は、自分にとっても大切なものになっていくと思っています。

写真提供:福田直樹
写真提供:福田直樹

●福田直樹の主な受賞歴

『BWAA(全米ボクシング記者協会)』2010年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・フィーチャー部門・第2位

『WBC』2012年度「フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2012年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2013年度・フィーチャー部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2013年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2014年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2014年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2015年度・アクション部門・第3位

『英国ボクシングニュース』2016年度「ショット・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2018年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2019年度・アクション部門・佳作賞

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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