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三代大訓は前世界王者・伊藤雅雪をなぜ攻略できたのか──試合2日後に明かした真実

杉浦大介スポーツライター
Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

12月26日(日本時間) 東京都 墨田区総合体育館

ライト級10回戦

OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者

三代大訓(ワタナベ/26歳/10勝(3KO)1分)

10ラウンド判定(96-94, 96-94, 95-95)

元WBO世界スーパーフェザー級王者

伊藤雅雪(横浜光/29歳/26勝(14KO)3敗1分)

(三代大訓vs.伊藤雅雪のノーカット試合映像は4:32:00ごろから)

インタビューは日本時間12月28日、電話で行われた。

前世界王者攻略のポイントは“フィジカル”と“中間距離”

ーー前世界王者の伊藤選手に戦前の不利予想を覆しての判定勝利を飾りました。2日が経ちましたが、今の心境は?

三代大訓(以下、HM) : ほっとしていますね。試合前、「僕には失うものはない」なんて言われていたんですけど、全然そんなことはなかったと思います。伊藤選手と比べたらそうだったかもしれないですけど、無敗の戦績とか、期待とか、僕にも負けられない理由はたくさんありました。

ーー試合内容を振り返っていただくと、うまくいったのはどのあたりでしたか?

HM : やはりジャブが鍵になっていたと思います。それよりも僕が大きかったと思うのは身体で当たり負けしなかったことですね。伊藤選手は身体が強いのがストロングポイントなので、フィジカルで負けていたら技術を出す場面もないと思っていました。その部分で勝てないまでも、互角にしなければいけないと考え、それを1ラウンドに確かめようとしたんです。それがうまくいったので、その後にいろいろ技術展開ができたという感じでした。

ーー試合中、どのあたりで手応えを感じたかを聞こうと思っていたんですが、その瞬間は1ラウンドだったんでしょうか?

HM : 最初の30秒くらいです。開始早々に距離を取るのではなく、慣れるためにいきなり一番危ない距離にあえて入ってみました。互いにリスキーな中間距離に腰も引かずにスッと入り、危ない感覚に慣れようと思ったんです。そこで自分が押し勝ったわけではないんですけど、もともと引き分けで万々歳という気持ちで臨んでいたので、「よし、いける」と。「ここまではいける」という線引きが最初の30秒でできました。そこの感覚を覚えたら、あとはもう怖いものはなかったですね。

ーー全体のファイトプランはどういったものを思い描いていたんでしょうか?

HM : ずっと中間距離で戦おうと思っていました。近すぎず、遠すぎず、一番危ない距離に立ち、本当にしんどい試合になるという前提で戦うつもりだったんです。それをやれば集中力も含めて疲れますが、その分、相手も疲労するはず。集中力を極限まで高め、相手の集中力を削ぎ落とした上でパンチを当てていくプランでした。具体的なパンチでいうと、やはり左ジャブ。本当は右アッパーをもっと打ちたくて準備はしていました。拳を縦にした縦拳の右アッパーをずっと練習していたんですけど、伊藤選手の右カウンターの気配がすごくて、打てなかったですね。

三代のノーモーションの左は伊藤の攻撃を寸断し続けた Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)
三代のノーモーションの左は伊藤の攻撃を寸断し続けた Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

ーー中間距離は伊藤選手が得意とする距離でもあったと思います。三代選手の方が距離は長いと思いますが、それでもまず危険な場所で戦う必要性を感じたということですか?

HM : 最初から距離をとっていたら、ずっと詰められて、ああいう試合展開にはならなかったと思うんです。かといって最初から前に出ても、相手の得意分野でやられたんじゃないかと。だから、リスクもありますけど、勝つためには中間距離の戦いが一番かなと考えたんです。伊藤選手はたぶん冷静に戦えば勝てると考えていたと思いますが、僕はしんどい戦いになるという前提で準備していました。だからこそ、実際にそういう展開になっても僕には覚悟ができていたんです。

殺気を消した左の効果

ーージャブはもともと得意だったと思いますが、今戦はその武器にさらに磨きをかけて臨めたんでしょうか?

HM : 今までは力みながらハンドスピードの速い左ジャブだったんですけど、今回、全体的に柔らかさが出てきたかなと思います。殺気を消して、力まないジャブ。脱力を意識したノーモーションのジャブを準備し、リング上でも練習通りにできました。

ーー試合前、伊藤選手もジャブがポイントになると話していましたが、警戒されていたパンチがあれだけ当たるというのは驚きでしたか?

HM : もっと当たらない展開を想像していました。だから右からのコンビネーションも準備していたんです。ずっと左一辺倒ではいけないにしても、いけるところまでいこうと考えていたら、最後までいけた感じでした。

ーーWBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人選手のYouTubeでも、「ジャブが当たらなかったときの対策を用意していた」と話されていましたね。

HM : その通りです。右からの攻めを準備していました。ジャブが機能しなかったら、右を多めにして、そっちに慣れさせていって後半にもう一回、左から攻めれば繋げられるだろうと考えていました。

ーー接戦ではありましたが、常に主導権は握っていた印象があります。自身でもポイントを取っているという自信はありましたか?

HM : いや、後半はよくわからなくて、接戦なんだろうなくらいに思っていました。正直、リング上では採点は微妙かなと。(判定負けでも)僕は驚きはしなかったですね。終わってみて、YouTubeで見てみたら、ああ、案外(勝っている)という感じです。

ーー正直に言うと、私も戦前は伊藤選手の勝利を予想していました。三代さん自身も、このインタビュー前のラインのやりとりで、「前戦までのイメージが強いと思うので、8割の方は伊藤選手推しだったのでは」と書いていました。今戦に備える期間中に成長できたという自負はあったんでしょうか?

HM : 1年間、今までとは比べ物にならないくらい継続して練習し、スパーリングでも自分が変わったなと感じていました。今までやっていないことにもどんどんチャレンジし、メンタル面でも変わってきていました。そこで伊藤選手との試合が決まり、モチベーションもさらに高まっていた。だから、周りの声、試合予想などを聞いて、「いや、こっちは本当に強くなっているんだけど」ともどかしさを感じていたくらいでした。ただ、1年前の自分だったらそれも仕方ないので、まずはリングで証明するしかなかったんです。

ーーこうして結果を出し、試合後の周囲の反応はいかがでしょう?

HM : これまでの試合と比べても一番、反響は凄いですね。A-SIGN BOXINGさんのYouTubeの試みもあって、僕が連絡していない人たちも含めて、本当にたくさんの人がライブで見てくれたようです。故郷の島根県からの連絡も多く、テレビ放送だったら島根では絶対に見られないのでそれは嬉しいです。(両親も)リアルタイムで見てくれて、めちゃくちゃ喜んでくれたみたいです。

伊藤の壁を越え、次のターゲットは

ーー伊藤選手とは試合後に話はしたんでしょうか?リング上で少し言葉を交わしたくらいですか?

HM : (しっかりとは)話してないです。(リング上では)僕が「ありがとうございました」って言ったら、一言だけ、「フィジカル強かったよ」って言われました。

ーー試合前に結構、舌戦がありましたが、後まで引きずったりはしないんですね。

HM : それはまったくないですね。伊藤選手がこの興行を盛り上げたいんだなというのは伝わってきていました。僕も伊藤選手の挑発にあえて乗って、ちょっとでも興行を大きくしようと思っていました。僕は脇役だったんですけど、興行が大きくなったところで全部奪ってやろうという作戦でした。それが結果的にうまくいって良かったです。

中間距離から右を決める三代。フィジカルで押し負けなかったことは、伊藤にとっても誤算だったに違いない Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)
中間距離から右を決める三代。フィジカルで押し負けなかったことは、伊藤にとっても誤算だったに違いない Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

ーー今回、前世界王者の壁を乗り越えたことで、改めて見えてきた目標はありますか?

HM : まず肩書き以上に存在感が欲しいです。京口さんのYouTubeでも言ったんですけど、日本ライト級には中谷正義(帝拳)さんや吉野修一郎(三迫)さんもいる。僕はまだ2、3番手みたいなところがあるんですよね。中谷さん、ホルヘ・リナレス(帝拳)はもう世界に出た選手なので、日本で試合をやる必要はない。そんな中で、吉野選手はまだ世界に出てないですし、あっちも今回の勝者とやりたいということだったので、是非戦いたいです。吉野選手には伊藤選手よりも楽に勝てると本気で思っているので、実際に戦ってこのライト級トーナメントに区切りをつけたいです。

ーー「吉野選手は伊藤選手よりも楽」という言葉の背景には、タイプ、相性的なものがあるのでしょうか?

HM : 伊藤選手同様、吉野選手ともスパーリングは過去にやっていて、その経験上の感覚もあります。スパーではほぼ五分五分でしたが、得意なタイプです。スパーリングと試合では違うとは思うんですけど、あの当時の僕で五分五分だったら全然(勝てる)。一度、対談したこともあるんですけど、あまり自分で考えるタイプじゃないなと思いましたし、大味な感じが僕の得意なタイプかなと感じています。

ーー今後、自身のボクシングの中で改善していきたい点はありますか?

HM : 今回は10回戦でしたが、8ラウンド目が終わってもまだ疲れていなかったんです。接戦の中で、このまますべてを出し切れずに負けたらすごい悔しいだろうなと感じました。9、10ラウンドと少し前に出てみて、多少は疲れましたが、10回が終わった後はすぐに回復しました。スタミナ面では正直、出し切れなかったという気持ちがあります。余力がある、余裕があるっていう見方もありますが、僕は“出し切れなかった”という風に考えました。その部分を、この1年本当にお世話になったフィジカルトレーニングの寺中先生(寺中靖幸トレーナー)と鍛え直していきたいです。

ーー最後に2021年の意気込みを聞かせてください。

HM : 来年はまず吉野選手に勝ちたいです。1年で海外のビッグな相手までは辿り着けないとしても、その1つ下の世界に出ている人と戦いたい。いずれアメリカでやれればと思っているので、そこに繋げる1年にしたいです。吉野選手との試合ともう1試合をクリアし、2連勝すれば僕の存在感も高まると思っています。もう調整試合とか、適当な相手とはやりたくないです。意味のある相手、常にリスクのある相手と戦っていきたいですね。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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