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ゴロフキン対レミューのPPV売り上げ15万件をどう考えるべきか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Rich Kane / Hogan Photos GBP

10月17日 ニューヨーク マディソンスクエア・ガーデン

WBA, WBC, IBF世界ミドル級王座統一戦

WBAスーパー、WBC暫定王者

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/34戦全勝(31KO))

8ラウンド1分32秒TKO

IBF王者

デビッド・レミュー(カナダ/34勝(31KO)3敗)

大アリーナは超満員になったが

10月17日、ゴロフキン対レミュー戦が行われたマディソンスクウェア・ガーデンは、超満員の素晴らしい雰囲気になった。

入場券はソールドアウトとなり、観衆は20548人。メインのゴロフキン、セミに登場したローマン・ゴンサレス(ブライアン・ビロリアに9ラウンドTKO勝ち)は前評判通りの強さを見せつけ、ファンは満足して大アリーナを後にしたに違いない。

ただ、先週半ばに複数の米メディアから発表されたPPV購買数は、約15万件という微妙な数字だった。今回の興行では、PPVを含む興行成績の行方にも大きな注目が集まっていたことは試合直前にレポートした通りである。

「ゲンナディとレミューにとっては初のPPV。私たちとゴールデンボーイ・プロモーションズはそのリスクを理解している。購買数が20万件に届かなければ落胆することになるが、試合が近づくにつれて楽観的になっている。20万件を越えれば成功。30万件に近づけば大成功と言って良い」

ゴロフキンが属するK2プロモーションズのトム・ロフラー氏のそんな言葉を思い返すまでもなく、一見すると、好調な数字ではなかったように思える。

失敗興行ではなく、利益は生み出している

もっとも、ゴロフキン陣営は興行後に“失敗”という見方を否定している。実際に今回のイベントの興行成績を見ていくと、悲観すべきものではまったくない。

PPV売り上げ15万件ならば収益は800万ドルに達し、加えてMSGの入場券売り上げでも200万ドルが加わる。さらに広告、海外テレビ放送、グッズなどで少なくとも100万ドルの収入が加算される(当日のMSGでのグッズ売り上げは12万ドルで、この数字は同アリーナのボクシング興行史上最高だった)。

これらをすべて合計し、通例通り総収入の半分がケーブルシステムに流れるとしても、プロモーターの取り分は550万ドル。ファイトマネーの合計が約400万ドル(ゴロフキンの最低保証額が200万ドル、レミューが同150万ドル、ゴンサレスが25万ドル、ビロリアは10万ドル、その他の前座選手が合計約15万ドル)だとすれば、興行は十分に利益を生み出す計算になる。

「20万件を超えるチャンスがあると考えていたが、カレッジフットボールのゲームに加え、メッツとカブスがプレーオフの重要なゲームで対戦することは予想できなかった。ただ、イベント全体には満足している。MSG が用意したチケットをすべて売り切り、その収入が200万ドルに達したとすれば、満足する以外にない」

ロフラー氏のそんな声明は強がりではあるまい。

MLB プレーオフがニューヨーク、シカゴという大都市チームの対戦となったことは不運という意外にない。実際に17日のNLCS第1戦は、TBS局が放送する同シリーズのゲームとしては史上最高の視聴率をマーク。そんな状況下で、アメリカ出身ではない選手が激突するボクシングの試合がある程度の影響を受けるのは仕方ない。

入場券、PPVともに高額にも関わらずエキサイティングに内容ならなかったフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオ戦の悪影響が依然として指摘されるなど、他にもマイナス要素は多かった。そんな中でも、チケットをグッズを売った上で“黒字興行”となったことは、まずはポジティブに捉えても良いのではないか。

スターダムの階段を上り続けるGGG

もともと主役の2人のネームバリュー不足が心配された今回のカード。レミューをゴロフキンの対戦相手としておびきだすためには、それなりの報酬を保証する必要があった。HBOの通常の放映権料ではその額はカバーできず、挙行のためにはPPVでなければならなかったという事情がある。そんな背景ゆえ、当初はイベントの成功が疑問視されたのは当然だろう。

しかし、蓋を開けてみれば、当日の会場の熱気は見事だった。何より、HBOも売り出しに熱心なゴロフキンの魅力を大舞台で再びアピールできた。

MSGを超満員にできる現役ボクサーが他にどれだけいるだろう?アメリカ進出以降の約3年で一気に階段を上っている感のあるゴロフキンは、レミュー戦で多くを証明し、さらに前に進んだことは間違いない。

ただ・・・・・・1つだけ付け加えておけば、及第点ではあっても理想的とは言えない今回のPPV売り上げが、ゴロフキンの次戦の交渉時に影響する可能性が否定できないことも事実ではある。

次戦交渉に不安も

WBC 世界ミドル級暫定王座を守ったゴロフキンは、11月21日に行われるミゲール・コット対サウル・“カネロ”・アルバレスの勝者への指名挑戦者となった。しかし、この“決勝戦”実現に向けての交渉難航を予想する声は後を絶たない。

米国内の視聴者のPPV疲れを考えれば、コット対カネロの売り上げが100万件に近づくことは考え難い。それでもメキシコ対プエルトリコの人気者対決とあって話題沸騰しているだけに、2000年のコット対アントニオ・マルガリート再戦同様、約50万件くらいは売るのではないか。背景はどうあれ、ここでPPV売り上げに差をつけられることは、ゴロフキンにとってもちろん歓迎すべき流れではない。

コットにしろ、カネロにしろ、現時点での興行面の実績を糧に、ゴロフキンとの交渉を優位に進ませようとすることは容易に想像できる。

カザフスタンの怪物との対戦を避けたいとすれば、ビジネス的に旨味がないという理由を強引に取り付けられる。来月の試合内容次第だが、例えWBCタイトル返上してでも、コットとカネロがダイレクトリマッチに向かう可能性も否定できまい。

「(ゴロフキンが)155パウンドまで体重を落とせばいつでも戦う。僕の身体はまだ160パウンドを作る準備ができていないからね」

10月下旬、カネロがそう語ったと米メディア間で報道されている。

言うまでもなく、ミドル級のリミットは160パウンド。そのタイトル戦にも関わらずこのような要求をするのは、自身の商品価値がゴロフキンを上回っていることを認識しているがゆえに違いない。現時点での発言を真剣に捉えるべきではないとしても、後に催されるであろう波乱の交渉をすでに予感した関係者は多かったはずだ。

ともあれ、ミドル級戦線は“準決勝”の第1試合を終了ーーー。中南米を中心に、世界的な話題を呼ぶであろう第2試合も4週間後に迫っている。

魅力的な役者たちが絡むストーリーがどのように展開するか、まだまだ予断を許さない。波乱のクライマックスに向けて、リング内と同時に、リング外の数字や思惑に大きな注目が集まる状況がもうしばらく続きそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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