“家具”を配置した脚色

もっと大事なのはセックスシーン

「セックスをテーマにした作品を撮ってみないかとプロデューサーに提案されて、リサーチするなかで、この作品を思い出したんです。セックスと愛を同時に描いている。大好きで、恋をしている友達みんなにプレゼントしてたわって」

1991年に発表された『シンプルな情熱』は、フランスの作家アニー・エルノーが年下の既婚男性との関係に溺れ、彼からの電話をただ待ち侘びる日々を赤裸々に描いて衝撃を読んだベストセラー。出版から30年近い歳月を経て、レティシア・ドッシュセルゲイ・ポルーニンという豪華な顔合わせで映画化したダニエル・アービッド監督にインタビューした。

原作では1人称で「私」の狂おしい想いが綴られ、「A」と呼ばれる恋人の容姿も詳しくは記されないが、脚色も手がけたアービッドは、主人公にエレーヌという名前を与え、小学生の息子や元夫も登場させる。

「この小説を映画化するのは、とても難しかったんですよね。原作には恋する女性の感情しか書かれていない。“待つ女”が主題でしたから、彼が来ている間のことは描かれない。彼が立ち去る。そして、また彼女は待つ。でも、そのまま映画にすると無味乾燥なものになってしまいます。そこで、原作小説を何も置かれていないアパートメントとするなら、そこに息子や女友達、元夫とのエピソードを家具のように配置することにしました。時代も現代に置き換え、携帯電話を持つことでどこにいても彼の電話を待てるようにした。それによって、彼女の世界観はとても小さくなる。自分と彼しかいないんです。

そして、もっと大事なのはベッドシーン。セックスシーンは恋の情熱が描かれているわけですけれども、それについてもシンプルな情熱を描こうと思いました」

セルゲイ・ポルーニンの圧倒的な肉体の力が、エレーヌの感覚を体感させてくれる。(c)Julien Roche
セルゲイ・ポルーニンの圧倒的な肉体の力が、エレーヌの感覚を体感させてくれる。(c)Julien Roche

そのベッドシーンにおいて圧倒的な肉体の力を見せつけるのが、エレーヌが夢中になるアレクサンドルを演じるセルゲイ・ポルーニンだ。世界的なダンサーである彼の鍛え上げられた肉体の存在感が、とにかくすごい。裸でそこにいるだけで、アレクサンドルのことで頭がいっぱいになっているエレーヌの感覚を実感させてくれるのは、視覚に訴える映画ならでは。

アレクサンドルの裸は、

欲望と官能の美しいオブジェ

「彼の体はグラムールですよね。だから、アレクサンドルの生活感を見せるようなことはせず、彼のグラムールさを裸体でもって表現したわけです。エレーヌのパッションは、最初はセックスそのものに対するアディクションみたいなものなんですけど、だんだんファンタズムが深まってくる。頭の中で行為を反芻したり、ひょっとしたら彼はこうしてくれるんじゃないかという想像が大きくなってきたりするんです。でも、恋心ってそういうものですよね。

映画化に際して、この男性の存在を見せないと、ロジックだけの実験的な映画になってしまう。アレクサンドルは裸になっていても、ほとんど実体的な存在感はなく、自分のことを語ることもほとんどありません。欲望と官能の美しいオブジェなんです。だから、セルゲイに言ったんです。“あなたは、ここでは女性がファンタズムで妄想している男性なんだから、神のような存在でいなさい”と。

この役は、セルゲイにとっても挑戦だったと思いますが、オファーをすぐに快諾してくれた。そんな度量のある男です。女性に対してリスペクトがあって、彼と仕事するのは本当に楽しかった」

原作小説と違い、まだ子育て中のエレーヌ。(c)Magali Bragard
原作小説と違い、まだ子育て中のエレーヌ。(c)Magali Bragard

エレーヌを演じたのは、『若い女』リュミエール賞有望女優賞を受賞したレティシア・ドッシュ。セルゲイ・ポルーニンと濃密なセックスシーンを演じる一方、彼との逢瀬以外のことはすべて上の空になってしまう女性の心理を繊細に表現している。原作にはなかった医者との対話も印象的だ。

「レティシアは感情を表現するシーンのほうが、ベッドシーンよりも難しかったと言っています。なぜ、カウンセリングのようなシーンを入れたかというと、小説はすべて内的独白じゃないですか。それを全部ナレーションで表現すると平板になってしまうので、エレーヌが思っていることを受け止める人物を作りました。あのシーンで彼女はロシアに行った話をしますが、そのエピソードは私の頭の中では映画中映画といった感じです」

原作のモチーフを活かしながら大胆な翻案を施したアービッド。原作者エルノーの反応は?

「映画化するかどうか、まず私の前作を観たいというアニー・エルノーに手持ちの2作を送ったら、長いメールをくれたんです。彼女は私の作品に共感してくれたようでした。脚本に関しても一緒に書かせてくれとか、チェックさせてほしいといったことを一切言わず、あなたが好きなように書けばいいと言ってくれました。そういう原作者でなければ、私は映画化できません。なぜなら、3年間、私の人生を捧げるわけですから。私は彼女と一緒に原作の『シンプルな情熱』を体験したわけではありませんし、アニー・エルノーの知名度を利用したいわけではありません。私は、自分のパーソナルな作品を作るために、映画を撮っています。なので、自由に翻案したわけです。彼女の小説についてのドキュメンタリーを作るつもりは全くありませんでしたから」

映画『シンプルな情熱』は、あくまでダニエル・アービッドの『シンプルな情熱』。アレクサンドルに心を奪われているエレーヌの表情が印象的なファーストシーンから惹き込まれてしまうが、そんなファーストシーンに呼応するラストシーンが余韻をさらに深くする。映画ならではの表現にときめかせてくれる、大人な愛の物語だ。

【ダニエル・アービッド】1970年、レバノン生まれ。'87年にパリへ。2001年にレバノン内戦を描いたドキュメンタリー映画を製作し、高い評価を受ける。『シンプルな情熱』は長編劇映画4作目。
【ダニエル・アービッド】1970年、レバノン生まれ。'87年にパリへ。2001年にレバノン内戦を描いたドキュメンタリー映画を製作し、高い評価を受ける。『シンプルな情熱』は長編劇映画4作目。

(c)2019L.FP.LesFilmsPelléas–Auvergne-Rhône-AlpesCinéma-Versusproduction

『シンプルな情熱』(原題:Passion simple)

Bunkamuraル・シネマほか全国公開中