Yahoo!ニュース

オスカー女優初共演作で光るあの子は何者?『ブラックバード 家族が家族であるうちに』

杉谷伸子映画ライター

『1917 命をかけた伝令』にも出てた!?

えっ、どこに⁉

30年前、ロバート・デ・ニーロジェシカ・ラングニック・ノルティというビッグネーム共演が目当てだった『ケープ・フィアー』(‘91年)で、デ・ニーロと堂々と渡り合い、危険な男に惹かれる少女の危うさを挑発的に演じたジュリエット・リュイスにぶっ飛んだことを鮮烈に覚えている。この作品で一躍注目を浴びた彼女が、演技派女優として引っ張りだこになったのはご承知のとおり。

スーザン・サランドンケイト・ウィンスレットというアカデミー賞受賞女優の初共演作『ブラックバード 家族が家族であるうちに』(‘19年)にも、そんなふうにまだまだ無名の若手の才能に遭遇する興奮と喜びがある。作品がくれる感動と同じく、こちらの新たな才能との出会いは、静かに深く胸を揺さぶるのだが。

『ノッティングヒルの恋人』(‘99年)などロマンティックストーリーがお得意のロジャー・ミッシェル監督が、サランドンとウィンスレットのみならず、サム・ニールミア・ワシコウスカら実力派キャストで描くのは、病いが進み、次第に体の自由が効かなくなるなか、安楽死を決意したリリー(スーザン・サランドン)と夫や娘たちが、海辺の瀟洒な家で過ごす週末。愛する妻であり、母であるリリーの願いをかなえるべく、この日のために長い時間をかけて準備をしてきたにもかかわらず、揺れ動く娘たちの想いを軸に、大切な人との別れをどう受け入れていくか、さらには家族とは何かを見つめさせてくれるのだ。

生真面目な長女長女ジェニファーにケイト・ウィンスレット、情緒不安定な次女アナにミア・ワシコウスカ。リリーの親友リズを演じるのはリンゼイ・ダンカンという豪華キャスト。その中で静かに光る若手俳優が!
生真面目な長女長女ジェニファーにケイト・ウィンスレット、情緒不安定な次女アナにミア・ワシコウスカ。リリーの親友リズを演じるのはリンゼイ・ダンカンという豪華キャスト。その中で静かに光る若手俳優が!

ベースになっているのは、ビレ・アウグスト監督のデンマーク映画『サイレント・ハート』(’14年/「トーキョーノーザンライツフェスティバル2016」上映作品)。アウグスト監督好みの深遠な人間ドラマを、この豪華キャストで描いていることにそそられる人も多いだろう。脚色を手掛けたのは『サイレント・ハート』の脚本家クリスチャン・トープ自身だが、監督やキャストが違えば、芯は同じでも空気感は変わってくる。なかでも、ウィンスレット演じる長女ジェニファーとレイン・ウィルソン演じるその夫は、『サイレント・ハート』の長女夫妻とは対照的に、空気が読めない似た者夫婦のやりとりに微苦笑させる。重苦しくなりかねない家族の風景に風通しの良さを与えるこの夫妻の空気感は、さすがハートフルなドラマに定評のあるミッシェル監督といったところだが、彼らの息子ジョナサンを演じたアンソン・ブーンとの出会いもこの作品の大きな収穫。

ビッグネームがずらりと揃った中で、ただ一人無名の彼。けれども、何かが行われることを察しつつも、詳しい事情を知らずに訪れた海辺の家での一挙一動に、ジョナサンという少年の聡明さを、静かに、だが、確かな存在感で伝えてくれる。とりわけ、何気ない会話の中で祖母の想いを受け取ったジョナサンの表情の印象的なこと。その語らいが、彼の未来に大きな意味を持つことを感じさせるパーティーシーンでのジョナサンの見せ場は、『サイレント・ハート』にはなかったものだということをお伝えしておこう。

嫌なヤツがお得意のレイン・ウィルソンが、少々ズレてはいるけれど憎めない男を好演。空気の読めない両親とは裏腹に、冷静で聡明な少年ジョナサンを演じるアンソン・ブーンに注目!
嫌なヤツがお得意のレイン・ウィルソンが、少々ズレてはいるけれど憎めない男を好演。空気の読めない両親とは裏腹に、冷静で聡明な少年ジョナサンを演じるアンソン・ブーンに注目!

セックス・ピストルズの

ジョニー・ロットンも!

しかし、このビッグネーム大集合の中にキャスティングされる彼は、いったい何者なのか。ブーンは、2000年イングランド生まれ。テレビシリーズにはいくつか顔を出しているが、日本公開されている映画は『クロール −凶暴領域−』(’19年)と、『1917 命をかけた伝令』(‘19年)くらい。

巨大ハリケーン襲来のなか、大学生の娘とその父親が無数のワニと戦うアニマルパニック映画『クロール -凶暴領域-』では、出演は1シーンのみ。役名はあるものの、それも兄に名前を呼ばれるのでわかるという程度のチョイ役。避難命令が出て無人になった地域を狙う小悪党役だが、ジョナサンとは別人のように悪い顔をしているあたりが、ある意味、衝撃的。

アカデミー賞3冠に輝いた『1917 命をかけた伝令』で演じるのは、主人公スコフィールドが乗せてもらう軍用トラックの荷台で隣になる兵士。戦場の疲弊感というか、虚無感というか、そうしたものをトラックに揺られる表情に浮かばせつつ、その疲弊感が生意気な言葉を口にさせるのだろう若者を演じている。全編通して大勢の兵士役が次々と登場するなかでは出演シーンも長いほうで、台詞もそこそこあるあたり、新人にとってはなかなか嬉しい役どころだ。どこに出ていたかをチェックするまでわからなかったとはいえ、『ブラックバード』を観たあとでは、その演技に才能の片鱗がうかがえるような気がしてくる。実際、オーディションでも光っていたから、この役を手にしたはずだろうし。

こうして見ると、『ブラックバード』と合わせ、2019年は彼のキャリアにとって大きな意味を持つ年になったようだが、既に主演作『The Winter Lake』(20)もあり、撮影中のTVミニシリーズ『Pistol』ではセックス・ピストルズのリードボーカル、ジョニー・ロットンを演じているという具合に、活躍の幅を着実に広げている模様。

ルーカス・ヘッジズのようにシリアスドラマで苦悩や葛藤をリアルに体現する役者になってくれるのではと期待せずにいられないのだが、本作のミッシェル監督お得意のロマンティックストーリーで新たな一面を見せてくれる日もそう遠くないかも。いずれにしろ、『ブラックバード』を観たら、この若手の今後の活躍も楽しみになるはず。

(c)2019 BLACK BIRD PRODUCTIONS, INC ALL RIGHTS RESERVED

『ブラックバード 家族が家族であるうちに』

TOHOシネマズシャンテほか全国公開中

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

杉谷伸子の最近の記事