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異色スリラー『ミッドサマー』。『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』のオスカー候補女優に戦慄する。

杉谷伸子映画ライター

新型コロナウイルスが映画興行に及ぼす影響も懸念される状況ではありますが、次世代ハリウッドを担う存在として気になる女優の主演作が公開されています。そう、『ミッドサマー』のフローレンス・ピューです。

オルコットの『若草物語』をグレタ・ガーウィグ監督・脚本で映画化した『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』(3月27日公開)で、末っ子エイミーを演じてアカデミー賞助演女優賞候補になったイギリス出身の24歳。今どき女子のリアルを描く名手ガーウィグのもと、いつの時代も変わらない女の子の夢や悩みに現代的な視点をプラスした『ストーリー〜』では、エイミーはお金持ちとの結婚を夢見る子供っぽい存在としてではなく、裕福な男性との結婚に現実的な幸せを求める女性として描かれます。フローレンスはそんなエイミーをリアルに感じさせ、姉に恋している男性を愛している末っ子の複雑な胸中を、クールで勝気そうな顔立ちにのぞかせる。その存在感は、これまでジョーに自身を重ねる女の子が多かった物語において、彼女に大きな共感を抱かせるもの。

ウィノナ・ライダー主演の『若草物語』(’94年)で、エイミーの少女時代を演じていたキルスティン・ダンストがそのまま大人になったような妖艶さも漂わせるフローレンス。成長後をサマンサ・マシスが演じていた『若草物語』と異なり、少女時代も20歳を過ぎたフローレンスが演じることにより、ジョーの原稿を燃やしてしまう有名なエピソードで見せる表情といい、その衝動的な行動の奥にある感情といい、女を感じさせてなかなかデンジャラス。かと思えば、マーチ伯母と過ごすヨーロッパでは、聡明な淑女ぶりを見せる。一人の少女の成長を鮮やかに表現する力量もまたお見事。

留学生ペレの故郷で行われる90年に一度の夏至祭へ、ダニーは恋人とその仲間たちについていく。
留学生ペレの故郷で行われる90年に一度の夏至祭へ、ダニーは恋人とその仲間たちについていく。

その実力は、長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』でホラーの旗手として一躍脚光を浴びたアリ・アスターの最新作『ミッドサマー』でも発揮されています。

スウェーデンの人里離れた村ホルガで90年に一度、夏至(ミッドサマー)に催される祝祭を訪れたダニー(フローレンス・ピュー)らアメリカ人大学生たちが、想像を絶する悪夢に飲みこまれていくことに。

閉鎖的な社会に足を踏み入れた者をその社会独特の文化が恐怖となって待ち受けているのは、ホラーの常道。けれども、ここで描かれるのは、いかにもなホラーの恐怖ではありません。もちろん、彼らを襲う事態は普通にスリラーとしても楽しめますが、『ヘレディタリー/継承』でも心霊ホラーの気配のなかに描かれる家族の崩壊に戦慄させたアスターです。本作でも、祝祭で起こる出来事もさることながら、ダニーの精神状態が観客の不安をかきたてる。

ダニーは、もともと家族の問題で情緒不安定気味。恋人クリスチャンに依存しすぎている自覚もある。一方のクリスチャンは、そんなダニーと別れたがっていたものの、家族の悲劇によって絶望のどん底にいる彼女を切り捨てられなくなる。結果、男だけで出かける予定だった旅行にダニーを誘ってしまい、ダニーも歓迎されていないと感じながらも同行するのです。

訪れた村は、人々が白い服を纏い、にこやかに微笑む楽園のような場所だったが…。
訪れた村は、人々が白い服を纏い、にこやかに微笑む楽園のような場所だったが…。

これは、そんなダニーが“恋人に依存する女”から脱却する物語。ダニーは、ホラー映画の王道ヒロインのように暗闇に隠れている殺人鬼や得体の知れない何かから悲鳴をあげて逃げ惑うのではありません。白いドレスに身を包んだ共同体の人々が衝撃的な儀式を繰り広げるなか、違和感を抱きながらも、自分自身を解放していくのです。そう、90年に一度の祝祭での常軌を逸した体験自体が、ダニーにとってはひとつのセラピー。たとえ、それが目を背けたくなるような出来事の連続だとしても。

そんなダニーが抱える絶望や不安、孤独を、フローレンスはその表情に絶妙に映し出す。家族を襲った悲劇の中での凄まじいまでの号泣。命の輪廻を信じる儀式の目を背けたくなるような光景への呆然。依存しきっていた恋人への不信感を宿しはじめた眼差し。そして、知りたくなかった現実を知ってしまった肉体が示す拒絶反応からの集団ヒステリーめいた嗚咽が怖すぎる…etc。泣き顔が天下一品だと思っていたら、“特別な飲み物”の力も加わって到達した新たな境地で見せる笑顔もまた格別ときている。

伝統の儀式に、ダニーもクリスチャンも衝撃を受けるが、それぞれの内面に変化が生じはじめる。
伝統の儀式に、ダニーもクリスチャンも衝撃を受けるが、それぞれの内面に変化が生じはじめる。

そもそも、アスターは、自身の失恋の悲しみとトラウマを乗り越えるために、この作品を書いたそう。フローレンスは、監督の分身とも言えるそのキャラクターを演じて、異様さの中でのヒロインの心の解放に目を瞠らせる。白いドレスに花冠というメルヘンなビジュアルや、衣装というより装置のような色鮮やかな花のドレスがまたその異様さを際立たせるとはいえ、アスターとともに観客を白夜の悪夢に引きずりこむフローレンス・ピューの才能にも戦慄せずにいられません。

恋人に依存するダニー。自分を強く持っているエイミー。対照的な2つの役のどちらから観ても、気になる女優になるはず。

新たなキャラクター、エレーナ役に抜擢されたマーベル・シネマティック・ユニバース最新作『ブラック・ウィドウ』も控えて、まさにブレイク直前。昨年公開された『ファイティング・ファミリー』ではプロレスラーを演じるなど、役柄も作品のジャンルも幅広ければ、チャレンジ精神にも溢れている。ビッグウェイブが来ている新星のさらなる飛躍を目撃する。久々にそんな楽しみを味わわせてくれそうです。

『ミッドサマー』

TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー中

提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント

配給:ファントム・フィルム

(c) 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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