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EXIT兼近さんの起用は見合わせるべき? 制作サイドの2つの判断材料と苦悩とは

鎮目博道テレビプロデューサー・演出・ライター。
(写真:イメージマート)

お笑いコンビ・EXITの兼近大樹さんの過去の経歴が、連続強盗事件に関連してネット上などで取り沙汰されている。そして「テレビ番組への起用が見合わされるのではないか」などの話も飛び交っているようだ。

こうした場合に報道・情報番組の制作サイドはいったいどのようなことを考え、どういう苦悩を抱えつつ出演者の起用について決めていくのか。ニュース番組のプロデューサー経験のある筆者が解説する。

「社会的制裁を与える」というつもりは現場にはまったく無い

まず大前提として確認しておきたいことは、兼近さんは過去の犯罪についてはすでに刑事処分を受けていて、現在は立派に更生を果たしており、それについて非難したりすることにはまったくなんの合理性も正当性もない、ということだ。

だからテレビ局側が、それを理由として「起用を見合わせる」ということがもし「社会的制裁を与える」というような理由で行われるとしたら、そこにはなんの正当性もない。そんなことはしてはいけないのだ。

よく世間には誤解されがちであるが、こうしたケースでテレビ制作サイドが「社会的制裁を与えようとして」起用を見合わせるということは、ほぼ無い。むしろこうした場合にテレビマンの脳内に浮かぶのは以下の2つのことだと思う。

① その人物を起用することで、どのくらい世間から批判されるか。

② その人物を起用することで、どのくらいご本人や番組が困るか。

①については、みなさんも容易に想像がつくだろう。「ネットでの炎上」や「スポンサーサイドからのクレーム」を恐れる気持ちが制作サイドには強い。特にプロデューサーや、それよりも上の立場の人間は、自分の担当番組で「余計な問題」を起こしたくないものだ。「起用することで世間がザワつきそうなら、やめておきたい」と考える人物は結構多いと言える。

しかし、今回のようなケースでは、ご本人はかなり誠実に対応されている。自身のYouTubeで世間の質問に可能な限りで答えたりされているし、事務所のみならず同僚・先輩芸人にも「兼近さんを支えていく」と表明されている人は多い。むしろ起用を見合わせた場合のほうが、世間から非難される可能性が高いのではないか、とも思えるほどではある。

あとは気になるのは「スポンサーの意向」だ。私の経験から言うと、テレビ番組のスポンサーをするような大企業は、一般の方が想像するよりもはるかに「世間からの批判に敏感」である。ほぼ、そんなことは問題にはならないのでは? と思えるようなことでも、慎重に回避策を取ろうとするものだ。そして、正直こうした「スポンサーの慎重すぎる判断」によって、あるいはそれに「局内で忖度」して、ある人物の起用を見合わせるケースは結構ある。

ただ、今回のようなケースでは、ことは人権問題や法治国家の根幹に関わると思う。きちんと罪を償って再スタートを切り、現在何も問題を起こしておらず、さほど社会的にも非難されていない人物をテレビに出さないという判断は果たして正しいのか。テレビ局もスポンサーもむしろ「過度な自粛」をすることに慎重になるべきで、そうした出演見合わせはかえって世間の非難を浴びかねないということを念頭におくべきだ。

「出演によって本人が困るか」は大きな判断材料

②は、出演見合わせの理由として、あまり一般には認知されていないように思うが、実は我々テレビマンがかなり重視していることだ。

先日もとある「ご本人が直接問題を起こしたわけではなく、ご家族が問題を起こした出演者」のケースで、某局のワイドショー制作担当の責任者クラスの人と話をする機会があった。その出演者さんは現在番組出演を見合わせている状況にあるが、その理由としては「現在出演していただいても、ご本人に家族の問題を話していただくわけにもいかず、だからといって番組的にその問題に触れないわけにもいかないから」ということのようだった。

もし私が当該番組のプロデューサーだったとしても、きっと同じ理由でご本人サイドに「出演をお休みしませんか」と提案するだろう。「どんな状況でも番組に出演できればいい」というほど単純な問題ではないからだ。時と場合によっては、番組出演を強行してしまったが故に「傷口を大きく広げて、ご本人のこれからの活動に支障が一層出てしまう」というケースもありうるからだ。

問題の関係者が出演すると、視聴者はその人物に「問題について何か話すこと」を求めるのが普通で、だからこそ番組としても「その人物に出演してもらうならば、その問題について触れざるをえない」ということになってしまう。しかし、状況によっては、出演者自身その問題に触れたくなかったり、捜査当局など「関係者」からの要請や、その他の事情によって「何も語れない」状況に置かれたりしている場合も多いのだ。

「正解がない」からこそ現場は苦悩する

こうしたさまざまな状況を総合的に判断して、局と当事者、ないしは当事者の所属事務所との話し合いによって番組の出演見合わせは決められていくことになるのだが、悩ましいのは「これといった正解がない」ということだ。

だいたいにおいて番組出演見合わせに関する判断は、どのような結論を出しても非難される場合が多い。しかし、その判断の内容によっては、関係する人たちの人生を左右することにもなりかねない重大なものだからこそ、テレビマンたちは毎回苦しむことになる。

今回のEXIT・兼近さんのケースについて言えば、私は個人的には「いかなる番組の出演も見合わせる必要はない」と思っている。しかし、判断する制作サイドの実際の担当者たちは、いろいろな判断材料があって、そう簡単に言えるものでもないかもしれない。

ぜひ関係するテレビマンたちに、賢明で誰にとっても最良の判断をしてもらいたい、と願っている。

テレビプロデューサー・演出・ライター。

92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教を取材した後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島やアメリカ同時多発テロなどを取材。またABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、テレビ・動画制作のみならず、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)

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